第16話 『コオロギ』


 庭に大きなケヤキの木があるんです。

 私が子どもの頃には、すでに大木になっていたので、樹齢50年は過ぎているのでしょう。

 秋には落ち葉がご近所にも飛んでしまうし、大木なので日当たりも悪いし。

 そろそろ、業者さんを呼んで切ってもらおうと思っているんです。



 住宅地で大木を切るには、重機を使う必要があるのだそう。

 業者さんに相談してみたら、秋も深まって葉が落ちてからが良いと言われました。

 落ち葉掃除も、今年で最後になりそうです。

 落ち葉が風で飛ぶのは当たり前だとか。時代遅れな言い訳で見て見ぬふりをして何十年も、こんな大木にしてしまった家族が悪いですよ。

 落ち葉掃除を手伝う訳でもないのに。

 でも、最後と思うと、若い頃からよく自分ひとりで頑張ったものだなぁ、なんて。

 惜しげもなく枯葉を散らす大木を見上げると、木の上からもコオロギの鳴き声が聞こえました。

 たぶん、コオロギ。

 鈴虫ではないと思いますが、秋の虫の鳴き声の聞き分けは出来ません。

 何にしても、大木の上まで登って鳴いている事もあるのですね。

 最後の記念に、秋の虫の鳴くケヤキの大木の姿を動画に納めました。


 その夜の事。

 庭でガサゴソと音が聞こえたんです。

 集めた落ち葉を入れたゴミ袋に、ネズミでも入り込んで枯葉を散らしているような。そんな音でした。

 窓から庭を見てみると、ケヤキの大木の根元に人影が揺れています。

 酔っ払いでも入って来たのかと思いましたが、夜なのでよく見えません。

 部屋の明かりを消して街灯の明かりを頼りに、ジーッと様子を覗ってみました。

 人間の大きさですが、影が妙にゴツゴツしています。

 暗さに目が慣れてくると、はっきりとわかりました。

 人間大のコオロギです。

 どう見ても、コオロギ。

 一瞬、エイリアンかと思ってしまいましたけど。

 ケヤキの幹に掴まっているのか、こちらからは2本足立ちしているように見えます。

 跳ねるための後ろあし。がに股ですが意外と長く見えます。

 なんだか横揺れを始めたと思ったら、ジョロジョロと水音が聞こえました。

 2足立ちした人間大のコオロギが、ケヤキの幹に向かって立ちションを始めたんです。

 ――私、疲れているのでしょうか。

 なんだあれ、とは思いましたけど。

 怖いとは思わなかったんです。コオロギなら、まぁ良いかと。

 泥棒ではなさそうだし、見なかった事にしようって。

 そのまま自分の寝室へ行って寝てしまったんです。

 翌朝、庭へ出てみると、いつも通りの落ち葉と、ケヤキの根元に濡れたような跡が残っていました。


 そんな事もあって。

 庭のケヤキの大木は、早く切ってしまおうと思っているんです。

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