第14話 『カブトムシ』
夜勤明けで、昼過ぎの帰宅途中に緑地公園を通りました。
そこで、女性に呼び止められたんです。
植え込みの中で、大木の幹を見詰めているおばさんが居るなと思っていました。
『ちょっと、お兄さん!』
と、おばさんが僕に手招きするんです。
なんだろうと思って近付いてみると、おばさんが見ていた木の幹に、特大のカブトムシがとまっていました。
「コーカサスオオカブトですか」
かなり存在感があるサイズの、3本角のコーカサスオオカブト。
子どもの頃は友達と図鑑を見て盛り上がったものです。
『あら、詳しいのね』
「いえ、僕も男の子だったんで」
なんて、よくわからない返答をしてしまいました。
『買ったものの飼い続けられなくて、適当に逃がしたんじゃないかしらねぇ』
「あぁ、なるほど」
『これって外来種でしょ。ほら、生態系崩すやつ。近くに昆虫博物館があるから、訳を話して連れてってくれないかしら』
と、おばさんが言うんです。
「僕がですか?」
『こんなに大きいの、あたしは触れないもん』
そう言って、笑っています。
近所に、夏場だけ一般開放されている昆虫博物館があるのは知っていたんです。
でも僕が嘘ついて、飼えなくなった虫を引き取ってもらおうとしていると思われそうじゃないですか。なので、
「いやぁ、でも……」
なんて、渋っていたら、
『じゃあ、ほら。このおばさんが見付けたって言っていいわよ』
と、コーカサスオオカブトに顔を近付けて、ピースサインをするんです。
そんなに顔を近付けられるなら、捕まえるのも簡単なんじゃないかって思いましたけどね。
「……あ、はい」
おばさんがポーズを取ったまま待っているので、仕方なく幹にとまるカブトムシと一緒におばさんを写真に撮りました。
僕の職場は、コンビニ弁当のプラゴミは持ち帰り義務なので。
仕方なく、油汚れと食べ残しパセリの残るコンビニ弁当パックに、高価そうなカブトムシを入れたんです。
昆虫の生態調査をしている研究者が、地元の子どもたちの学びになるならと。
コレクションの昆虫標本や生体展示をしている、小規模な昆虫博物館です。
僕も、子どもの頃に何度か訪れた事がありました。
狭い展示室に、スーツ姿の男性が数人来ていました。
僕が入って行くと全員がこちらに目を向けたので、弁当パックを取り出して、緑地公園での状況を伝えました。
「今度はコーカサスか」
と、スーツのひとりが言いました。
他にも、高級カブトムシが届けられているそうで驚きました。
でも、それだけではない様子。
聞けば、希少な昆虫標本が盗まれたようで、スーツ姿の男性たちは刑事とのこと。
場所や状況よりも、おばさんについて詳しく聞かれたんです。
気になる挙動はなかったか、とか。
カブトムシと一緒に、ピースサインをするおばさんの写真を撮っていたので、
「この人です」
と、スマホを見せると、
「ちょっと、すいません」
と、スーツのひとりが僕のスマホを持って、奥に居た中年男性に見せていました。
「確かに、妻です」
「これ、いつですか」
「つい、さっきですけど」
僕が答えるとスーツの男性の内、ふたりが駆け出して行きました。
もうひとり、残ったスーツ男性が、スマホの写真を自分のスマホに取り込んだり書類に書き込んだりしていて。
撮った時には気付かなかったのですが、写真はピンボケになっていました。
緑地公園の裏に駐車場があって、おばさんの後ろに写る乗用車のナンバーにピントが合ってしまっていたんです。
僕が首を傾げていると、中年男性と目が合いました。
「私は、この昆虫館の館長なんです。そこに写っているのは私の妻で、先月、昆虫館の受付を任せていた時に、強盗に入られて、殺されてしまったんです」
「へっ? いえ、ついさっき、あっちの緑地公園で撮った写真ですよ」
僕が答えても、館長は頷きながら、
「同じような写真を撮って来られた方は、あなたで3人目なんです。前の2人では、ヘラクレスオオカブトと、オオツノメンガタカブトと一緒に妻が写っていました」
と、言っています。
「それも、生きた状態で屋外に?」
「ええ。きっと妻が、犯人の特定を手伝ってくれているんでしょうねぇ」
「……犯人、捕まると良いですね」
「本当に。今日はご面倒をおかけしましたね」
「いえ」
その日は、何かの間違いだろうと思いつつ、帰宅したんですけどね。
後日、昆虫博物館の館長さんから連絡があって、写真に写り込んでいた車の持ち主が、標本を盗んで館長の奥さんを殺した犯人だとわかったそうです。
先に届いていたカブトムシの写真にも、館長の奥さんと一緒に車のナンバーが写り込んでいたそうで。
あのピースサインのおばさんが幽霊だったと言う事も驚きですけど。
警察もその状況を信じて、犯人を特定したって事ですよね。
案外、その手の不思議が絡む事件って、否定できないものがあるのかも知れません。
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