第11話 『アクアリウム』


 若いころ、アクアリウムを趣味にしていました。

 様々な水草や流木などを使って、水中世界をレイアウトするんです。

 酷暑過ぎる夏も雪降る冬も、エアコンの効いた屋内で楽しむ事が出来るアクアリウム。

 水草の緑が目に優しく、水音にも癒されるものですが、ある理由で止めてしまいました。



 イングリッシュガーデン風だった水槽が、種類によって成長速度の異なる水草に手を焼いている内にジャングルになってしまったり。

 またそこから水草を植え直して、高原の自然公園風に変化させてみたり。

 キレイに保つのはなかなか難しいですが、小さな水中の庭いじりを楽しんでいたんです。


 ある時、水草だけでは淋しくなり、初心者向けのネオンテトラを数匹、水草水槽に迎え入れました。

 熱帯魚の本などにも書かれている通りに、水合わせをしてから小さなネオンテトラたちを水槽の中へ。

 その日は明かりを消したまま様子を見て、翌日に水槽のライトをつけました。

 でも、1匹も姿が見えません。

 水草の影に隠れているのだろうと思っていましたが、一向にエサを食べに出てくる様子がないのです。

 熱帯魚の飼育がNGな、水草用の薬剤などは使っていないはず。

 それでも何か見落としがあったり、飼育用の水作りが整う前に入れてしまったのかもしれません。

 ネオンテトラたちには可哀そうな事をしましたが、もう一度。

 本やインターネットでも調べながら、出来る限りの準備をやり直しました。

 そして今度は、アカヒレという熱帯魚を買ってみました。別名、コッピーとも呼ばれ、コップでも飼えるほど丈夫な種類です。

 水槽へ入れる前の水合わせもしっかり。

 移し入れ直後、元気に泳ぎ回っている姿が見られたので安心していましたが、翌朝にはアカヒレも姿を消してしまいました。

 1匹だけ水草の奥に隠れていましたが、その日の内に見えなくなりました。



 子どもの頃、祖父母があれこれ飼っていた熱帯魚と、全く様子が違います。

 不思議なのは死骸が無いこと。跡形もなく消えてしまうのです。


 濾過槽ろかそうやモーターの吸い上げ口も細かい編み目になっているので、熱帯魚が巻き込まれる事はありません。

 水から飛び出して水槽の裏にでも出てしまったかと探しましたが、やはり見当たりません。

 もちろん、熱帯魚を狙いそうな猫なども飼っていない独り暮らしです。



 熱帯魚との相性が悪いのだろうと諦めればよかったのに、どうしても原因が知りたくなってしまったのです。

 水質も小まめにチェックしながら、もう一度だけ。

 思い切って、少し大きめのエンゼルフィッシュMサイズを数匹、入れてみました。

 菱形に似た熱帯魚です。

 黒や銀色で、5センチほどの個体が4匹。しばらく眺めていましたが、落ち着いた様子で泳いでいました。

 ……そして夜になって。原因がわかったのです。

 1匹が突然、パニックでも起こしたようにガラス面へぶつかりながら暴れ出しました。

 一瞬、水草用の底砂利が原因かと思ったんです。

 熱帯魚には美味しそうに見えて、喉に詰まらせて苦しがっているのでは、と。

 でも、違いました。

 菱形のエンゼルフィッシュに、切符を切られたような穴が開いています。

 何事かと思い、そっと様子を覗っていると、現れたのです。


 緑色の長い生物でした。

 水草の裏からニョロリと飛び出し、逃げまどっていた1匹を捕まえると、引きずり込むように水草の裏へ隠れました。

 ワニの頭にウナギの胴体。イカのような足が数本、頭の後ろから伸びていました。


 熱帯魚たちは、謎の生物に食べられていたのです。

 すぐに残っているエンゼルフィッシュをバケツにでも移すべきでしたが、怖くて近付けず。

 そんなものが居るはずないと思い直した時には、もう何も動くもののいない水槽に戻っていました。



 そもそも、そんな生物は見た事がありません。

 今まで水草の手入れをしていても、熱帯魚用にレイアウトを変えていても。

 あんなに大きくて不気味なものがいたら、気付かないはずがありません。

 それでも、いま思えば……毎年、部屋で蚊を見かける事はあっても、水槽内でボウフラを見かけたことは無かったのです。


 現在は、アクアリウムをやめてしまいました。

 落雷による数分の停電があって。その時、ヒーターが故障していた事に気付かなかったんです。

 25度に設定されているはずが、40度近いお湯になってしまったまま数日。

 水草がドロドロに溶けてしまい、どう見ても何もいない水槽の水は網を通しながら排水溝へ流しました。

 もちろん、謎の生物の痕跡も残っていませんでした。

 そのまま、水槽周りの濾過槽なども一緒に片付けてしまったんです。



 熱帯魚たちを食べていた生物は何だったのか、どうなったのか。

 当然、わからず仕舞いです。

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