第10話 『忠犬』


 近所では珍しく、犬が騒いでいたんです。

 散歩中の犬が吠えているのだと思ったら、同じ辺りからずーっと聞こえていて。

 気になったので窓から外を見たら、お向かいさんが庭に出て来ていて、目が合ったので会釈したんです。

 僕も外に出て、お向かいさんに聞いたら、斜向かいのお宅で飼われているワンちゃんだったようで。

 僕はそこで犬が飼われていた事も知らなかったくらい、普段は静かだったんです。

 お向かいさんは、庭に犬小屋があるのを知っていて。

 こんなに騒いでいるのは珍しいから、お爺さんに何かあったんじゃないかって。

 そこは、独居老人のお宅なので。

 お向かいさんが庭へ入って行くと、本当にお爺さんが倒れているのが窓から見えたんです。

 すぐに救急車を呼びましたよ。

 庭向きの窓が網戸になっていたので、救急隊の人たちがそこから入っていました。

 そのお爺さんは病院に運ばれて、命に別状はなかったとのこと。


 飼い主の危機を救った忠犬の美談、だと思っていたんですけどね。



 その後、お爺さんは退院後に施設入所が決まったそうで。

 元々通っていたヘルパーさんや後見人さんが、必要なものをまとめに来たりしていました。

 その時に、お向かいさんが聞いたそうなんですけど。

 あれだけ騒いでいたワンちゃん。

 数か月前に、病死していたそうなんです。

 姿を見ないので、ヘルパーさんが家の中でお世話しているのかと思ってたんですけど。

 ヘルパーさんは、飼い主であるお爺さんと一緒に、庭へお墓を作ったそうで。

 言われてみれば庭の隅に、盛り上がった土の上へ大きい丸石を置いたお墓がありました。


 そんな事もあるんですねーって、いい話っぽく言っていたみたいですけど。

 いやいや、けっこうな鳴き声が聞こえてたよねって。

 近所のみんな聞いているんです。

 でも、外で鳴いてるっぽかったのに、犬の姿が見えなくても誰も気にならなかったのも不思議だよねとか。

 飼い主のお爺さんは施設に入ってしまうし、ワンちゃんの霊は、この辺りを彷徨っているんじゃないか、とか。

 近所ではしばらく、怖い話として噂されていました。



 どちらにしろ、飼い主の危機を救った事には違いありません。

 ワンちゃんの冥福を祈っています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る