第3話 『心霊より恐怖』


 私は、都会ではない地域の女子大生です。

 大学に近い祖父母の家で、面倒を見てもらっています。

 近所には、同じく実家を出て、姉妹でルームシェアをしている友人がいます。

 最近、お姉さんが彼氏を家に連れ込むようになったらしく。

 気まずいから泊りに来て欲しいと頼まれ、数日間のお泊りをする事になりました。


 お姉さんは、妹の承諾なしに合鍵まで渡しているのだそう。

 帰宅すると姉彼アネカレがひとり、リビングでくつろぎながら恋人の帰宅を待っている事も。

「お姉さんは彼氏さんを信用しきってるんだろうけどねぇ。同居してるんだから、妹の意思確認くらいは必要でしょう」

 お泊り二日目。

 一緒に大学から帰って来て、友人の部屋で一息ついたところです。

 前日には姉彼さんと出会いませんでしたが、本日は夜勤明けのお姉さんと家で待ち合わせしているとのこと。

「悪い人じゃないと思うけどぉ。普通に赤の他人だし……」

 少し、のんびりしたところのある友人。

 姉妹で住むなら安心だからと、御両親が家賃を出してくれている郊外の小さな一軒家です。

「余裕のある御両親なんでしょ? 近所のアパートも一部屋、借りてもらうとか。お姉さんとは別々の方が安心じゃない?」

 と、友人に話してはいるのですが。

「でも、お姉ちゃんは内緒だって言うからさぁ」

 両親には彼氏の事を内緒にするよう、お姉さんに頼まれているようです。

「じゃあ、この家に幽霊が出る事にしちゃうとか。それで、引っ越すなら独り暮らししてみたいって流れはどう?」

 などと、適当な提案をしていると、窓の外から、キキーッと自転車の停まる音が聞こえました。

 友人は時計に目を向けながら、

「あ、これ。お姉ちゃんの自転車。ブレーキの音がうるさいんだよね」

 と、言って、溜め息をついています。

「もう、帰って来る時間?」

「ううん。お姉ちゃんは駅まで歩き。彼氏さんが、お姉ちゃんの自転車に乗って行って、買い物とかして来るの」

「家鍵どころか、チャリ鍵まで?」

「うん……」

 ガチャガチャと、あまり丁寧ではない開錠音を立てて、姉彼さんが家に入って来ました。

 ただいまを言う事もなく、鼻歌など口ずさみながら1階のリビングへ。

「2階まで、けっこう聞こえるもんだね」

 私が言うと、友人はクッションを抱えて背を丸め、

「それなのよぉ。うるさくてぇ」

「あー。それは勉強どころじゃないね」

 すぐに、カッカッカッと、パンプスで走る足音も聞こえてきました。

「あっ、これはお姉ちゃんの靴音だ」

 静かな住宅地なので、外の音もよく聞こえます。

 お姉さんも、彼氏さんと同じような開錠音を立てて玄関に駆け込むと、

『ちょっとっ。自転車の後ろに乗せてた子、誰よ!』

 ドカドカと廊下を歩きながら、リビングへ。

「ちょっと今日は、うるさすぎ」

 と、友人が目をパチパチさせて、部屋の扉を見詰めています。

『私の自転車に、どこの子乗せてんの!』

『誰も乗せてないよ。人違いだろ。浮気でも疑ってんの?』

 ――痴話喧嘩か?

 と、様子をうかがっていると、どうやら風向きが違いました。

『小さい女の子よ! 内巻き髪で、小学生くらいの赤いスカートの子! その白いTシャツの腰に抱きついてたじゃない!』

『白Tなんて誰でも着てるだろ。お前の自転車、後ろに座れるところなんか付いてないじゃん』

『えっ……でも、確かに私の自転車と〇君だった』

『内巻きって、おかっぱ? 赤いスカートとか花子さんかよ』

『待って、妹の友だち来てる! こういうの詳しいからっ』

 ふたりの足音がバタバタと階段を上がって来ました。

 私が友人と顔を見合わせていると、ノックもなしに扉が開かれました。

 このお姉さんは、怪談好きを心霊研究家と勘違いしています。

「あのねっ、今ねっ」

「あ、はい。だいたい聞こえてました。話を整理すると、えっと……」

 私が勢いに圧倒されていると、

「え、待って待って」

 と、お姉さんに止められました。「……聞こえてたの?」

「自転車の後ろに、小さい女の子が座っているように見えたんですよね?」

 私が聞くと、お姉さんはゆっくりと友人に目を向けました。

 珍しく友人は声を尖らせ、

「うるさいって言ったじゃん。丸聞こえなんだよ、下の階もお姉ちゃんの部屋も!」

 と、言って、お姉さんと彼氏さんを睨みつけました。

 お姉さんは、絵に描いたような『顔面蒼白』という表情をしています。

 豪邸育ちの姉妹。

 お姉さんは、階下や壁越しの会話が聞こえてしまうなど、考えた事も無かったようです。

 自転車の後ろに、見知らぬ女の子が乗っているのを目撃したかも……という恐怖体験は忘れ去られ、

「お互いに頼り過ぎちゃうから、別々の部屋を借りたいって事にしていい?」

 と、お姉さんから切り出し、友人も納得。

 友人の悩みは解消に向かいました。


 忘れられてしまった自転車の女の子は、見間違いだったのか。

 何か伝えたい本物の幽霊だとしたら、可哀そうだったなぁと思ってしまいました。

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