第2話 『置き引き』


 最近は公共のトイレ側が対策をしてくれていて、被害は少なくなったのかな。

 トイレでの置き引き。

 トイレの個室に入って、ドアの内側に付いているフックにバッグを掛けて用を足しますよね。

 すると静かにやって来た犯人がドアの上から腕を伸ばし、フックに掛けていたバッグを持ち去ってしまうのです。

 最近は、ドア側ではない場所に荷物用フックが用意されていたり、ドア側の壁自体が手の届かない高さになっていたり。

 そういった対策の難しいトイレでも『置き引き多発』など、注意喚起の貼り紙を見かけます。


 ずいぶん前ですが一度、置き引きされそうになった事がありました。

 突然、ドアに体当たりでもしたような衝撃があったと思ったら、フックに掛けていたハンドバッグがドサッと落ちて来たんです。

 どうやら私のバッグが重すぎて、ドアの上に手を伸ばした状態で引き上げる事は出来なかった様子。

 盗まれなかったものの、バッグをトイレの床に落とされたのも嫌な気持ちでした。

 そんな事があって以来、トイレに入る時の手荷物には気を付けているんです。



 これは、つい先日のこと。

 私が百貨店でトイレに入っていると突然、ドアがガチャガチャと音を立てたんです。

 使用中ではないつもりで開けようとして、開かない開かないとガチャガチャ押し続けているような。

 人違いとしても、ノックをすれば良いのに。

 百貨店の婦人服売り場の女性用トイレに、酔っ払いが迷い込む事もないでしょう。

 他の個室も開いているはず。後から人が入って来た気配もありませんでした。

 そう……足音もなく、突然ドアがガチャガチャと音を立てたんです。

 新手の置き引きかと思いました。

 ひとりがドアに注意を向けさせておき、もうひとりが隣の個室側から腕を伸ばして荷物を持ち去るとか。

 でも、設備も重要な百貨店のトイレです。

 置き引き対策だと思いますが、個室の囲いはかなり高く作られています。

 とにかく私は、ドアの上を見あげました。

 天井近く、個室の囲いの上。

 小さい子どもの顔が3つ、横に並んでいました。

「……」

 無表情の黒い瞳と目が合いました。

 こちらを見下ろす3つの顔は、すぐに引っ込んでしまい、

『ちがった』

『ちがった』

『にげろにげろ』

 子どもたちの囁く声だけが、どこかへ散って行きました。

 壁によじ登るような音も無く、逃げる足音も聞こえませんでしたね。

 そもそも、あんな天井近くに小さい子どもが顔を出すなら、台でも無ければ不可能でしょう。

 恐るおそる個室のドアを開けると、誰の気配もありません。

 台のようなものも見当たりませんでした。



 置き引きや、覗きとも違いますよね。

 でも、あの子どもたちがどういう存在だったのか。

 いまだに謎のままです。

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