ミジカイダン 第2

天西 照実

第1話 『人形?』


 大きな公園を、ぼんやりと歩いていた時のこと。


 ガシャンっという音が聞こえて、足を止めました。

 音のした方角を見ると、ベビーカーが引っ繰り返っていたんです。

 大事おおごとかと思いましたけど、すぐ横でお婆ちゃんと思われる女性が、赤ちゃんを抱っこしていました。

 僕は呑気に、赤ちゃんは無事の様子で良かったなーなんて眺めていたんです。

 ベビーカーに付いているS字フックに、お婆ちゃんのバッグの金具が引っ掛かって倒れたようでした。

 なんて、僕がジロジロ見ていたら、

「ちょっとちょっと、すいませんけど!」

 って、お婆ちゃんに声を掛けられました。

 普段は利用者の多い公園なんですが、たまたまその時は周りに他の人が居なくて。

 まあ、見てないで手伝えって、自分でも思っていたところだったので。すぐに駆け寄りました。

 ベビーカーを起こして欲しいのだと思っていたら、お婆ちゃんは僕に赤ちゃんを差し出してきたんです。

「ちょっと抱っこしてて下さい!」

 って。そりゃないだろって、驚きました。

 僕はまだ、そんな話も先の事でしたけど。友だちには早々に父親になった奴もいます。

 赤ちゃんの居る生活の大変さを、色々と聞いていたんです。

 その赤ちゃんも、見た目よりは月齢が上だったのかも知れないですけどね。

 不衛生かも知れない他人に抱っこさせるの、抵抗がある保護者も多いんじゃないかなって。

 まぁ、バッグが引っかかったままだから、下手にベビーカーを動かされても困る状況だったのかな。

 とにかく目の前に赤ちゃんを差し出されたから、

「あ、はい」

 って。抱っこしちゃったんです。

 赤ちゃんはキャッキャ笑ってて、なんだかご機嫌そうでした。

 だけど、赤ちゃんに目を向けている間に、お婆ちゃんの姿が消えてしまったんです。

 倒れていたベビーカーを起こす気配もない内に、ベビーカーごと消えていました。

 何が起きたか、わかりませんでした。

 辺りを見ても誰も居ません。

 さっきまで聞こえていた、都会のざわめきも消えています。

 遠くの大通りを行き交う人の姿まで、見えなくなっていました。

 腕の中の赤ちゃんだけがズッシリしていて、無音の中でキャッキャと笑っています。

 本当に、何がなんだかわかりませんでした。

 もう一度、周囲を見回しても誰も居ない。また赤ちゃんに視線を戻すと、それも、赤ちゃんじゃなくなっていたんです。

 ……重い木の板。

 黒ペンで顔の書かれた木の板が、雛人形のような着物を着ていました。

 思わず、放り投げてしまったんです。

 一瞬、自分が幻覚でも見ていて、本物の赤ちゃんを投げてしまったのではないかと。頭をよぎりましたけどね。

 そのまま、僕の意識は途切れました。


 気が付いたら、僕は病院のベッドで寝ていました。

 公園を歩いている途中で、急に倒れたらしく。

 過労だろうと言われました。


 あれが夢だったとしても、どこからが夢だったんでしょう。

 今まで、こんなにクッキリと覚えている夢は見た事がありません。

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