第4話 クラゲには毒があるらしい
「ねえ、ホウカ君。クラゲって知ってる?」
太陽が頂点に達した直後。空腹と猛暑に圧倒されながらも、一歩ずつ歩みを続けていた時。聞き慣れつつある声が、背後から聞こえた。
これで四回目の質問。以前と同様に、的確な答えを考え、彼女に返す。
「……知ってる。反射的に動く海の生物の事だろ」
「……クラゲは毒棘っていうのを持ってて、毒性がある生物なんだよ。綺麗な薔薇に棘がある様に、綺麗なクラゲには毒があるんだ。そして、綺麗なあたしにも毒はあるんだよ。ホウカ君……言いたい事は分かるかな?」
「綺麗って、自分で言うのはどうかと……なんか、怒ってる?」
今までと違い、どこか不機嫌な表情の彼女は僕の言葉を聞くと、深くため息をつくと同時に、手にしている鞄を僕へと投げ渡し、不機嫌なまま足を動かし始めた。
何故、放課後僕の元に、確実に訪れることが出来るのか。何故、今日の彼女は不機嫌であるのか。浮かび上がる二つの疑問に対し、一つの答えも導き出せずにいながらも、仕方が無く、二つになった鞄を握りしめ、彼女の後を追って行く。
数秒。数十秒。数分。少しずつ時間は過ぎていくが、彼女が不機嫌な理由を話す事は一切ない。
その態度から察するに、こちら側が察し、謝罪を行えという事なのだろう。
アブラゼミの鳴き声と、地面を強く叩く音しか聞こえない、その空間に流石の僕も気まずさを感じ、状況を一変させるべく、考えを巡らせるが、彼女が不機嫌な理由は思い浮かばない。
そもそもとして、昨日の放課後以降、彼女とは一言も話していない。
それどころか、授業、休憩時間問わず、彼女とは一切関わっていない。
そうなれば、昨日何かを行ってしまったという事になるが、昨日の別れ際は非常に楽しそうだった。あの別れから、この機嫌状態になる理由が一切思い浮かばない。
仕方が無く、存在しない原因を想像し続け、彼女の機嫌を取る様に、恐る恐る言葉を放つ。
「もしかして、今日の授業中……」
「……授業中、何かあったっけ?」
「じゃあ、昨日……」
「……昨日、あたしに何かした?」
「………………」
余りにも的外れな言葉に呆れたのか、彼女は再度深くため息をついた。
そして、足を止めたかと思うと僕へと体を向け、説教するような姿勢で言葉を発した。
「……約束したよね、昨日。明日は部活を見て回ろうって。何で先に帰っちゃうのかなー?」
「あー、確かに、言ってた気がする」
「気がするー?」
予想外に仕様もない内容に、自然と肩の力が抜けるのを感じる。
正直な話、初めて目にする不機嫌な彼女に、多少の緊張を持っていた。
何か不味い行動をしてしまっていたのかと思ったが、そういう訳ではなかったらしい。
投げ渡された鞄を彼女に返すと、足を動かしながら自らの意思を彼女に伝える。
「……君が勝手に言ってただけで、僕は行くって言ってなかっただろ。僕は早く帰りたいと思ったから、早く帰っただけだよ」
「なにそれー。昨日は乗り気だったじゃん」
「それは君の気のせいだよ」
「えー……せっかく、ホウカ君と部活見るの楽しみにしてたのに。あたしのワクワクを返してほしいな」
「いや、返してと言われても……」
強引にでも連れて行きたいのか、足を進めようとすると、彼女の左手が僕の右手を完全に捕獲した。
無視して進もうとするが、女子高生とは思えない、高等学校の体育教師を彷彿とさせるほどの力に止められ、思うように動くことが出来ない。
そういえば昨日、彼女は元ソフトボール部に入っていると言っていた。普段から一般人以上に運動している分、体力や暑さへの対策だけでなく、握力などの力も増しているのだろうか。
運動部に加入している女子高生が、全員が全員彼女と同様の力を保持していると考えると、多少恐ろしいように感じる。
そんな事を適当に考えながらも、僕自身の力では彼女の魔の手から抜け出すことが出来ない事を悟ると、小さくため息を吐いたのちに、抵抗の一切を辞める。
「……はあ、分かった。埋め合わせは何かでするよ。それで良いだろ」
「いや、そうじゃなくて……あ、そうだ。じゃあさ、今日の昼食奢ってよ。ホウカ君もまだでしょ」
「まだだけど……」
「よし。じゃあ、そこまっすぐ行った先にあるファミレスでどう? 良いよね、それじゃあ、いこっか!」
彼女はそう言うと、自らの筋力を使い、半強制的に僕の事を連れて行く。
本当に人の話を聞かないなと感じながらも、今回ばかりは自分にも非はあったのかもしれないと考え、仕方が無く彼女に連れて行かれる形でファミレスへと向かい始める。
ファミレスへの道中、彼女の言葉を適当に聞き流しながら、ふと周囲を見渡すと、春の面影は消え去り、真夏の一歩手前であるという事を、より一層自覚させる情景が広がっていた。
道端に生え並ぶ木々が有している葉は緑一色で、その隙間から見える太い枝には毎年のように目にしているアブラゼミが五月蠅い鳴き声を放っている。
そんな木々の根元には夏特有の花植物なのか、夏にのみ発見することが出来ている、ピンク色の花植物が大量に咲いており、そこから少し離れた場所には、夏によく見る白い花が小さく存在していた。
その猛暑と時々耳にする虫の鳴き声から、夏が近い事は感じていたが、僕が想像している以上に時が流れるのは早く、真夏本番というのも近づいているのかもしれない。
真夏だからと言って、特に何か行動を起こす予定はないが、真夏というだけで自然と心が高揚し、楽しみに近い感情が浮き出てきているのが分かる。人間の本能によるものだろうか。
そんな事を感じ取っていると、気付かぬうちに目的地であるファミレスが瞳に映り込んでいた。
目的地に到着したのが余程嬉しかったのか、ファミレスを確認すると同時に駆け出した彼女に連れられ、入店音を響かせながら店内に一歩踏み入れる。
その次の瞬間。ここが天国であると錯覚するほどに、幸せな感情を発生させる冷気が身を包んだ。
未だ真夏ではないとはいえ、最近の平均気温は日本とは思えない程に高温になっている。今日も例外ではなく、体を溶かす勢いで、太陽の光が僕らへと降り注いでいる。
そんな状況下にいると、ファミレス内の環境はまさに極楽浄土。
一気に身体のエネルギーを回復する冷気に、思わずにやけてしまいそうになりながらも、店員の指示に従う形でテーブル席へと腰を下ろした。
少し重く感じ始めていた荷物を下ろし、疲れた体を癒すべく、全体重を背凭れに任せ始めながら顔を前方へと向けると、焦ったような表情を見せながら、素早い動作でメニュー表を捲り続けている彼女の姿が目に映った。その様子から察するに、極力早く昼食にありつくために、素早くメニューを選択しているようだ。
昼食を急ぐ彼女の気持ちは分からなくはない。
説明を適当に聞いていたため、理由などは覚えていないが、今日の授業は四時間目までで昼食なし。
早く帰宅する事が出来るのは嬉しいが、普段昼食がある時間に昼食がないため、お腹の虫がなり続けている。
逸る気持ちを抑えながら、彼女と同様にメニュー表へと目をやる。
大量に並ぶ食欲をそそるメニューの数々に、思わず腹の虫を鳴らしながらも、最も輝かしく見えたハンバーグ定食を昼食に決め、メニューを置く。
目の前の彼女は僕の行動を確認すると、店員を呼び出し、注文を行った。
彼女が選んだ昼食はハンバーグ定食。僕と同じ内容のメニューを選択したようだ。
店員がこの場を去ったのを確認すると、彼女はニンマリと笑った後に口を開いた。
「ホウカ君もハンバーグ定食にしたんだ。美味しそうだよねー」
「……うん。一番おいしそうに見えたからね」
「分かる。なんでか、凄く輝いて見えて、思わず選んじゃった。ちーなーみーにー……ここのお代はー……」
「分かったよ。奢ればいいんだろ」
「やった。後でデザートも頼もー」
嬉しそうに再びメニューを流れる彼女に、意外に単純で現金な女子高生なのかもしれないと思いながら、彼女同様にデザートを眺める。
プリンにケーキ。ティラミスに苺パフェ。様々なデザートが並ぶ中、最も目を引いたのは期間限定のかき氷。
夏の風物詩の一つと言っても過言ではないかき氷。
刻まれた氷の上に、甘いシロップをかけ、そこに果物などをトッピングする、夏だからこそ美味しく味わうことが出来る、思考のデザート。
真夏直前に口にするデザートとなると、これ以外の選択肢はないだろう。
食後のデザートを確定させ、再びメニューを置いた瞬間。十数分前とは違い、聞き覚えのない女性の声が、僕らの席目掛けて放たれた。
声の大きさに驚きながら、誰だと思い顔を上げると、そこには綺麗な黒い短髪を保持している、日焼けが目立つ女子高生が立っていた。
彼女の制服は僕達が通う高等学校指定の物であり、学年ごとに変化するリボンの色から察するに、一学年下の女子高性で間違いはないだろうが、低学年の学生と交流がない事もあり、彼女の見た目に心当たりはない。
彼女は急ぎ足で僕らの元へと近づくと、僕ではなく、僕のクラスメイトへと早口で言葉を放った。
「鏑木先輩、お久しぶりです。部長から聞きましたよ! ……なんで部活辞めるんですか!」
突然すぎる状況と、余りの勢いに驚愕し、状況をいまいち理解出来ずにいると、目の前で寛いでいるクラスメイトが口を開いた。
その様子から察するに、彼女達は知り合いというので間違いはないようだ。
「……久しぶりだね、夏帆ちゃん。最後の部活以来だよね。部活はどう?」
「どうって……大変ですよ。いろいろ纏めてくれてた鏑木先輩がいなくなって、まとまりもなくなってってるし……。ていうか、なんで部活辞めたんですか!」
「んー、いろいろあってさ。部活続けられなくなっちゃったんだよねー」
「いろいろってなんですか……もしかして、この男ですか?」
「え、いや、ホウカ君は関係ないよ。あたしが勝手に考えて、勝手に辞めただけだよ」
そんな言葉を聞きながらも、仁王立ちしている彼女は鋭い眼光で僕へと睨みを利かせてきた。
初対面であり、一切面識のない後輩女子高生からの攻撃に動揺しながらも、脳内で状況を整理する。
会話の内容から察するに、夏帆と呼ばれた女子高生は目の前で腹を空かせている彼女の、部活内での後輩のようだ。
後輩の言葉から察するに、部活は少し前に辞めたと言っていたが、そのことに関して後輩は詳しい理由を伝えられていなかったのだろう。
クラスでの様子や、数日前からの様子からして、目の前の彼女は性格が良く、後輩からも慕われていた。
つまり、後輩からすれば、慕っていた先輩が、理由も話さるまま、突然部活動を引退したということになる。
後輩の身からすれば、声を大にし、彼女の元へと駆け寄ってしまう気持ちも分からなくはない。
問題は、何故僕の事を睨みつけているか。
ただ、半強制的に昼飯に付き合わされているだけなのにも関わらず、何故睨まれなくてはならないのだろうか。
そもそもとして、僕と彼女とは出会ったばかりで、クラスメイト程度の関係性である。
そんな関係性である僕を巻き込まないでもらいたいというのが本音だ。
思考を回し、状況を理解しながら、自らの思いを確定させていると、彼女の表情から何かを察したのか、後輩は苦虫を噛みしめたような顔をした後に、小さく言葉を残した。
「……分かりました。今は深くは聞きません。だけど、私は戻ってくるの待ってますから。先輩ならきっと、日本一も夢じゃないですから!」
「……ありがと。けど、もう戻る気はないよ。部活、頑張ってね!」
「……はい、ありがとうございます」
後輩はそう答えると、尊敬する先輩に軽く会釈をし、僕には一睨みを利かせたのちに、その場を後にした。
それとほぼ同時。数分前に注文していた定食が運ばれて来た。
湯気と食欲をそそる香りを話ながら運ばれてきたそれは、非常に美味しそうで、自然と涎が分泌されていくのが感じ取れる。
彼女も同様の感情を抱いているだろうかと、彼女の表情を確認すると、その表情は微かに寂しく、悲しみを持ったものであることが見て取れた。
彼女に対し、色々と言いたい事はあったものの、その表情から暫く声を掛けるべきではない事を、本能的に理解すると、一先ずはと定食へと箸をつける。
流石は日本で最も展開されているファミレスチェーン店。そのハンバーグには肉汁が詰まっており、かけられたソースとハンバーグが合わさり、家では作る事の出来ない、最高の味を作り出している。
しかし、どこか詰まるような、違和感がある様にも感じた。
彼女へと目をやると、目の前で大きく口を開いては、彼女の口と同サイズの肉片を頬張っている。その様子はどこか幼く、可愛らしく、幸せそうに見える。
余りにも美味しそうに食事を勧める彼女に、数秒間見惚れかけていると、それに気づいたのか、彼女はニッコリと笑みを浮かべ、美味しいねと一言だけ呟いた。
その一言を言い終えると、再び肉片を口へと運ぶ。
その表情からは寂しさのようなものが消え去っており、普段の表情と大きな変化は見られない。その様子に安心に近い感情を抱きながらも、自分のペースで定食を食べ進めている。
腹の虫がすいていたからか、料理が美味しすぎたからかは分からないが、物の数分で米一粒まで食べ終えた。
デザートには先程目を付けていた、かき氷を選択。
彼女はチーズケーキを選択すると、至福のデザートを待つ、焦らされ続ける時間が始まった。
それと同時に、ハンバーグ効果か、満面の笑顔に戻っていた彼女がゆっくりと口を開いた。
「それでさ、ホウカ君は部活やらないの? 高校の部活動はさ、凄く楽しいんだよ」
「僕は良いよ。別に、興味ある部活ないし。今の生活で満足してるしね」
「えー……まあ、無理強いはしないけどさ。楽しいと思うんだけどなー。ホウカ君って、家帰った後はなにやってるの?」
「……普通に過ごしてるだけだよ。そっちこそ、最近何してるの」
「普通ってー……あ、あたしは最近これかな!」
脇に置かれたバックを手に取ったかと思うと、そこに付けられたぬいぐるみを前に出した。
いや、正確にはぬいぐるみとは違う。数日前に、最近の流行としてテレビで流れていたのを覚えている。
確か名前はフェルト人形。羊毛を専用の針で刺す事によって形作っていく、人形の総称らしい。
「どう、可愛いでしょー」
「うん。確か……ミズクラゲ」
「あ、覚えててくれたんだ。そう、この子はミズクラゲのフェルト人形。あたしが作ったんだよー」
彼女は幸せそうな表情でそう言うと、更に人形を見せびらかしてくる。
反応から察するに、ミズクラゲの存在を覚えていたのが相当嬉しかったらしい。
しかし、流石に僕の事を嘗め過ぎなのではないだろうか。昨日聞いたばかりの事を忘れるわけがないだろ。
個人的にはそれなりに記憶力は良いと思っている。
夕食なら一週間まで覚えているし、授業内容も一度覚えれば数週間の間は忘れない。
まあ、その理由は日常的にそれくらいしか覚えるような出来事が起きてないという、ある意味可哀想とも捉えられる理由だが。
そんな事を奥底で考えながらも、人形の精密性に感心していると、数分前に注文していたデザートが到着した。
温かみのある天井にハマったライトに照らされ、輝かしい色に染まる氷粒の数々。赤と白が混じり合う、苺と練乳のソース。極めつけに、頂点に乗っかった大粒の苺。全てが食欲をそそり、気分を向上させる要因になっている。
氷塊を口に運ぶと口内が一気に冷やされ、それと同時に苺ソースの甘味が一気に広がるのを感じる。
程よい甘さに、苺と練乳の混ざった最高の味。自然と口角が上がっていくのを感じる。
「うーん……おいしい。ファミレスのチーズケーキは格別に美味しいよねー。そっちのかき氷も美味しそう」
「うん。甘くて、凄く美味しいよ」
「いいねー、美味しいなら何よりです!」
何故か得意げな彼女に呆れながらも、次々に輝かしい氷塊を口へと運んでいく。
運ばれるたびに口内は幸せで満たされ、自然と口角が上がっていく。
彼女も同様の感情を持っているのか、幸せそうにケーキを口へと運んでいる。
余りにも美味しそうに食べるその様子から、チーズケーキも良かったかもと考えながら、数分前に現れた人物を思い出す。
「そういえば、さっきの人って後輩で良いんだよね?」
「うん、ソフト部の後輩だったんだー。さっきは機嫌悪かったけど、普段は素直で良い子なんだよー」
「へー……そういえば、何で部活辞めたの?」
質問を耳にすると同時、彼女はフォークを持つ右手を止めた。
その様子を目にし、一瞬にして我に返ると、完全に質問を間違えたと後悔し、状況を挽回する言葉を考える。
これまでの情報から察するに、彼女が部活動で何かがあったというのは理解できていた。
流石に、その何かまでは深入りするのは辞めようと思ってはいたが、かき氷の余りの美味しさのせいで、理性が抜けかけてしまっていた。
思わず、流れで何も考えずに質問してしまった。
言葉を考えながら、こっそりと彼女の表情を確認するが、そこまで怒っているような、嫌な思いをしているような表情には見えない。
どちらかといえば、不満のあるような表情に見える。
「……ごめん、答えたくないなら答えなくて良いよ。そこまで興味ないし」
「え、ああ……別に質問の内容自体には怒ってないよ。あたしが文句言いたいのはさ……ホウカ君が聞いてばかりでずるいと思うの」
「え……そうかな?」
「そうだよ。ホウカ君は夏帆ちゃんの事聞いたでしょ。今度はあたしが聞く番。……物事には順番ってものが存在するの。ホウカ君が質問した次はあたしが質問する。その次は、ホウカ君が質問するようにして。分かった?」
何も言わずに首を縦に降ると、彼女はにっこりと笑って、再びチーズケーキに手を着けた。
食事を勧める彼女の様子は数十秒前と変わらず、只管に幸せな表情で手を動かしている。
その様子に少し安心すると、数分前同様に氷塊を口へと運ぶ。
かき氷の味は変わらず甘く、非常に美味しい。しかし、数十秒前と比べると、より一層冷たく感じた。
それでも変わる事無くかき氷を食べ進めながら、彼女が質問を繰り出すのを待つが、彼女が口を開くのはケーキを口に運ぶ時のみで、それ以外の用途で口を開くことは一切ない。
軽い頭痛に襲われるまで食べ進めるが、それでも彼女から質問が繰り出されることはない。
「……あの、それでそっちからの質問って?」
「うーん……そう言われると……」
「ないのかよ。ないなら、別に質問してよくない?」
「だめだよ。そうだなー……あ、ホウカ君はさ。何であたしの事、名前で呼んでくれないの? そういえば、ちゃんと名前で呼ばれた事ないよ思うんだけど」
「それは……呼ぶタイミング無かったし」
「いやいや、結構あったでしょ。友達なんだから、ちゃんと呼んで」
「……友達? いや、別に僕達は友達じゃないでしょ。この間話したばかりだし。僕らはただのクラスメイ……」
「いや、友達でしょ」
数秒の沈黙の後、互いの認識の違いに、同時に首を傾げた。
友達というが、僕達は今だ互いを認識してから間もない。
互いの事も良く知らない上に、話し始めてからの期間も短いとなれば、友達といえなくて当然ではないだろうか。
「……ねえ、ホウカ君って友達少ないでしょ」
突然の真直ぐな質問に動揺しながらも、濁した返答でその場を凌ぐ。
「まあ、君に比べれば少ないかもしれないね」
「よし……はい、手だして。右手」
彼女はそう言いながら自らの右手を前に出した。
何事分からず、頭上にはてなマークを浮かべながらも、彼女に従う形で右手を前へと出す。
その直後、彼女は自らの右手で僕の右手の握りしめると、笑顔でその手を上下に振った。
理解の及ばない行動に、頭上に浮かぶはてなマークを増やしていると、そのマークを取り払うように彼女笑顔で言葉を放った。
「はい、握手。これであたし達友達ね!」
「は、握手って……小学生じゃあるまいし」
「じゃあ、どうすればあたし達は友達になれるのかな?」
「それは……えっと……」
「分からないなら、これで友達ね! ってことで、今後はあたしを呼ぶときは、名前をちゃんと呼ぶように!」
多少不満に思いながらも、仕方が無くその命令を承諾する。
彼女は命令が通った事を喜ぶと、残り少なくなったケーキを口の中へと放り入れた。
残り少ないとはいえ、そこそこの大きさのケーキを頬張る彼女はハムスターのようで、どこか可愛らしく、どこか間抜けに見える。
この数日間で分かった事だが、彼女は他の人と比べ、喜びの感情が表に出やすいのかもしれない。
美味しいものを食べた時や、自分の思うようにいった時。
毎回幸せな顔をしているように思える。恐らくは、これも彼女の周りに人がいる理由なのだろう。
「……さて、それじゃあ、今度は僕の質問良いかな」
「んー……ちょっと待って。さっきの流れでふと思ったんだけどさ。毎回、あたしの方から話しかけていない?」
「え……まあ、僕は君に……」
「君じゃなくて千歌!」
「……鏑木さんに話すようなことはないからね」
「苗字か……まあ、よし。……それならさ、次のホウカ君の質問は、明日にしよう。明日、学校でホウカ君から話しかけてよ。そしたら、あたしも質問に答えるからさ」
「え……いや、僕から話しかけるのはちょっと……。そもそもとして、僕から関わる理由がない」
「だーめ。今、決定しちゃいました。関わる理由なら、友達ってだけで十分でしょ。それに、ホウカ君もあたしのこと知りたいでしょ? という訳で、また明日ね、ホウカ君。今日はごちになります!」
彼女はそう言うと、鞄を片手に、勢い良く席を立った。
こちらの言い分を一切聞くことなく、急ぎ足でファミレス内を進んで行くと、あっという間に店内から姿を消した。
僕はしばらく出入り口を眺めたのちに、かき氷に向き直り、スプーンを手に取る。
本当に、人の話を聞かず、自分の意見のみを押し通す女。
こちらの意見を一切受け付ける事無く、自分自身の主張を伝えるだけ伝え、目の前から風の様に消え去ってしまった。
確かに、僕は彼女の大半の事を知らない。一クラスメイトであり、クラゲが好きであり、甘いものが好物。後は、屋上での出来事を知っているというだけ。
だからといって、今以上に彼女に拘わり、彼女事を知りたいといった気持ちは一切存在しない。
何故、クラゲになりたいのか。何故、屋上での行動を起こしたのか。何故、部活動を引退したのか。
それらの事を知りたいとは思わないし、深く興味が湧くと言った事もない。
……興味が湧くなんてことはない。
多少言い聞かせるようにしながらも、自らの気持ちを完結させると、溶けつつあるかき氷を完食するべく、一人、手を動かすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます