第9話 複製体のリスベル?

 母の提案に同意するのは簡単だ。それが賢い選択だ。でも,あの天女のように美しい,完璧ともいえる美しい裸体をもう抱けないとなると,話はまったく別だ。


 千雪を連れて出ていく選択肢を選びたい。ホテル住まいして,賃貸の部屋を借りて,千雪に冒険者をさせて,なんとか半年は食べていける。


 そのあと,千雪が私を捨てたら,おれはもう死ぬしかない。この半年間で,千雪と情を深めて,離れられないようにすることができれば,母の提案に同意しないという選択をすればいい。


 つまり,2つのうち,1つを選択するのではなく,どちらも選択すればいいのだ。その秘策が,いや,禁呪法と言うべきだが,この南東領主にはある。代々受け継がれている精霊が宿す指輪だ。

 

 その能力とは,『もう1つの世界を半年間創る』というものだ。あまりに危険な能力のため,代々封印されてきた能力だ。


 もう1つの世界,いわゆるパラレルワールドを創り,リスベルは,つまり,リスベルの本体は,どちらかを選ぶことができる。


 リスベルの本体は,もちろん,千雪との逃避行だ。半年後,2つの世界が合流して1つになる。その時に,どのような矛盾が起きるのか,いっさいの記録がない。つまり,誰も知らない。


 この禁呪法は,子供のとき,父のベルダン領主がリスベルに一度説明したことがあるだけだ。でも,リスベルは,それをしっかりと覚えている。


 それに,内政を任されているリスベルは,指輪の管理もしている。指輪のある金庫のパスワードもリスベルが管理している。


 リスベルは,ためらうことなく,自分の部屋の隠し扉を開いて,金庫を取り出した。パスワードを入れて,金庫を開いた。そこには,1つの指輪があった。それは,ベルダン領主がしている指輪の複製体だ。


 精霊の指輪には,本体の指輪があり,一定の魔力を蓄えると,複製体の指輪を創る。その複製体の指輪に,奇跡とも言える能力を預けるのだ。複製体の指輪の寿命は半年だ。


 この基本的な情報は,王族なら誰でも知っている。けれど,この南東領主に受け継がれた指輪が持つ,禁呪法とものいうべき能力については,ベルダン領主,ルベット夫人,リスダン国王候補のリスダン,そしてリスベル以外,知る者はいない。


 リスベルは,この複製体の指輪をとり出して,自分の左手の薬指につけた。


 準備は整った。後は,指輪に向かってお願いするだけだ。リスベルは,指輪を自分の顔に近づけて,誠心誠意,指輪に向かって祈った。


 リスベル「指輪の精霊,エルバ様!エルバ様!お願いです。禁呪法と言われていますが,どうか,もう1つの世界を構築してください。そして,もう1つの世界に,私,リスベルの本体を導いてください。どうか,よろしくお願いします。もし,何か,代償が必要なのであれば,私,リスベルの本体が,すべて引き受けます。


 どうか,私の願いを叶えてください。よろしく,よろしく,よろしくお願いいたします!」


 リスベルは,指輪に向かって深々と頭を下げた。


 リスベルのはめた指輪は,強烈な光を発した。


 ピカーーーー!!!


 強烈な光は,数秒後に収まった。リスベルは,ゆっくりと眼を開けた。


 すると,そこには,もう1人の自分がいた。指輪は,その彼の手にあった。


 リスベルは,もう1人の自分に言った。


 リスベル「お前は,もう1人の私だ。お前は,この世界で生活しなさい。そして,母の提案に同意しなさい。私は,新しく構築されたもう1つの世界で,母の提案に反対する。千雪を連れて,この地を去ることにする。半年後,2つの世界は合流することになるが,どうなってしまうのかまったくわからん。でも,先のことを気にしても始まらん。相棒よ,この世界を頼む」

 

 もう1人のリスベル「ちぇ,私は貧乏くじを引いたみたいだ。でも,この環境でも千雪を抱く方法を考えてみせるさ」


 リスベル「ふふふ。さすがは『私』だな。その意気だ。そろそろ,私は,もう1つの世界に転移される。では,元気でな!」

  

 リスベルは,全体が金色の光に覆われて,ゆっくりと,この世界から消えた。そして,もう1人のリスベルがこの世界に残された。


 ールベット夫人の部屋ー


 1時間後,『リスベル』は,ルベット夫人の部屋にきた。


 千雪を見ると,ついさっきまで,涙顔になっていた様子だった。千雪の涙の原因は,よくわからないが,いろいろと複雑な気持ちなのだろうと思った。


 エルザとフレールの顔には,赤くなった手形の跡があった。明らかに,ルベット夫人によって,叩かれた跡だ。ルベット夫人は,エルザとフレールがリスベルの暴走を止められなかったことに対して,罰として与えたものだと,リスベルは推測した。


 ベルダン領主は,我関せずの態度で,手持無沙汰だった。

 

 ルベット夫人は,リスベルが部屋に入って来たのを見て,声をかけた。


 ルベット夫人「リスベルさん,結論はでましたか?」

 

 リスベル「はい,お母様。お母様のおっしゃることは,至極ごもっともです。私の愚かな行為を十分に反省したいと思います。そして,お母様の提案に同意いたします」


 リスベルは,深々と頭を下げた。


 ルベット夫人は,思った通りの返答に満足した。


 ルベット夫人「そうね。それが賢明な判断ですね。さっきも話していたのですけれど,千雪は,妊娠している可能性があります。ですから,当面は,妊娠の有無が判明するまで,静かな部屋で過ごしてもらうことにします。2階の右奥の部屋を使ってもらいます。リスベルさん,わかっていると思うけど,リスベルの部屋に入ることは許しません。いいですね?」


 リスベル「はい,承知しております。お母様,お父様の信頼を回復するように,これまで以上に,いっそう努力いたします」


 リスベルは,深々と頭を下げた。


 ルベット夫人「まあ,口だけは,一人前ね」

 

 ルベット夫人は,この結果に,とても満足して,この話題を終了することにした。そして,ベルダン領主に向かって言った。


 ルベット夫人「あなた。千雪さんと,魔法対決をしていただいていいですよ。でも,千雪さんには,全力ではなく,5割程度の力で対応していただきます。妊娠している可能性があるためです。千雪さん?よろしいですか?」


 千雪「はい,わかりました」


 ベルダン領主は,やっと自分の出番が来たと思った。


 ベルダン領主「千雪さん,では,中庭に移動しよう」


 その言葉で,全員が中庭に移動することになった。ベルダン領主は,自分の部屋で,鎧を身にまとってから,中庭に移動した。


ーーー


 ー 中庭 ー


 ベルダンの事前提案通り,ベルダンは,鎧に,中級レベルの魔法攻撃無効化結界を施して,所定の位置につき,そこから10mほど離れて千雪が立った。


 ベルダン領主「千雪さん,準備はいいですか? まずは,中級の火炎防御壁を作ります。OKと言ったら,魔法を発射してしてくだい」


 千雪「わかりました」


 ベルダン領主は,中級の火炎防御壁を作り,「OK」と言った。


 千雪は,ゆっくりと右手を挙げて,火炎防御壁を目掛けて,1割程度の力量で火炎を発射した。その火炎は,なんなく,火炎防御壁を貫き,ベルダンに命中した。


 ゴーーー!!!


 千雪の発射した火炎は,ベルダン領主の鎧全体をしばらく包み込んで,ゆっくりと消えていった。




 ベルダン領主は,あまく考えて,中級レベルの魔法攻撃無効化結界のみを鎧に構築したのがまずかった。


 ベルダン領主「ふー,あぶねえ,あぶねえ。自分が燃えるかと思った。中級の魔法攻撃無効化結界をなんなく突破されてしまったわ。この鎧がぎりぎり耐えてくれた」


 ベルダン領主は,体のあちらこちらで火傷を負った場所に回復魔法をかけながら,同時に,次の上級レベルの火炎防御壁を作り,さらに,鎧にS級レベルの魔法攻撃無効化結界を構築した。


 このように,並列して魔法を構築できるのが,SS級魔法士と謂われる所以だ。


 そして,千雪に声をかけた。


 ベルダン領主「千雪さん,では,次にいきます。上級の火炎防御壁を作りました。OKです。攻撃してください!!」


 千雪「はい。では,発射します」


 千雪は,同じくゆっくりと右手を挙げて,2割程度の力量で火炎を発射した。その火炎は,なんなく,上級の火炎防御壁を貫き,ベルダン領主の鎧に命中した。S級レベルの魔法攻撃無効化結界は,強力だった。千雪の発射した火炎攻撃は,見事にこのS級レベルの結界に遮られた。

 

 だが,ベルダン領主は,顔が真っ青になった。たぶん,千雪は,かなり力を抑えて,火炎攻撃を発射しているはずだ。それなのに,S級レベルの魔法攻撃無効化結界で,ぎりぎり遮れる程度だ。ということは,千雪のレベルは,S級魔法士どころではない。SS級魔法士,いや,それ以上の化け物魔法士ということになる。


 ベルダン領主は,覚悟を決めた。自分の最大魔力を以って,千雪の攻撃を防ぐことにした。


 ベルダン領主「千雪さん,では,次が最後になる。では,直接,私に攻撃しなさい。私は,最高レベルの魔法攻撃無効化結界を構築する。いまから,10秒後に,千雪さんは,無理しないで,しかし,最大の魔力で,私に向かって攻撃してください」


 千雪に異存はなかった。


 千雪「はい。わかりました。では,10秒からカウントダウンします。10,9,8,,,,」


 ベルダン領主は,自己最大の防御魔法を構築することにした。それは,同時に,SS級レベルの魔法攻撃無効化結界を3重の層で構築することだ。


 ベルダン領主は,カウントダウンに合わせて,それらの結界を最強度レベルに引き上げた。 


 千雪「5,4,3,2,1!では,発射します!!」


 千雪は,右手を挙げて,3割程度の力量で火炎を発射した。千雪は,単発で発射したつもりだった。しかし,発射されたのは,3連発だった。2発目と3発目は,いったい誰が発射したの??


 最初の火炎は,最初の層のSS級魔法攻撃無効化結界を貫いたが,2層目の結界によって遮られた。2発目の火炎は,2層目の結界を貫いたが,3層目の結界によって遮られた。3発目の火炎は,3層目の結界を貫くものと思ったが,そうではなかった。


 3発目の火炎は,3層目の結界を躱すかのように,90度で曲がり,迂回するかのようにして,ベルダン領主のしている指輪めがけて攻撃した。



 ピシューー!!!



 ベルダン領主は,一瞬,何が起こったか分からなかった。


 ベルダン領主「何事だ??」


 彼は,大きく叫んだが,もう後の祭りだった。火炎が指輪に当たり,指輪は,黒く焦げだして,真っぷたつにわかれて,地に落ちた。



 ベルダン領主は,呆然自失となった。王族が継承しなければならない,大事な指輪が真っ二つに壊れたからだ。


 

 千雪「あの,すいません。ちょっと,強く放出してしまったかもしれません。ほんとにごめんさない」


 千雪は,オーバーぎみに頭を何度も下げた。


 ベルダン領主は,黒焦げになった2つの破片を拾い上げて,手のひらに置いた。そして,指輪から眼を話さずに,千雪に話した。


 ベルダン領主「千雪さん。あなたの魔法は,ちょっと変則なようだ。千雪さんがしている指輪の精霊が,千雪さんの魔法を精霊の都合のいいように変えているようにみえる。


 千雪さん本来の魔法は,その指輪をしていない時に実施しすべきだった。私も迂闊だった」


 ベルダン領主は,千雪に心配させないように,言葉を付け加えた。


 ベルダン領主「この黒焦げの指輪のことは心配しなくていい。王府に行けば,専門で指輪を直す魔法士がいるから,お願いすればいい。ただ,ちょっと費用が高くつくけど,,,」


 千雪は,自分のしている指輪の精霊が,ほんとに他の指輪の精霊を嫌っていることを改めて認識した。


 さきほどの2回目と3回目の火炎は,間違いなく精霊の意思で発射されたものだ。ベルダンの指輪も,不意打ちを食らって防御する暇もなかったのだろう。


 魔法試合は終了した。結局,千雪の魔法のレベルは,正確に測ることはできなかった。だが,指輪をしている千雪のレベルは,SS級魔法士と同等かそれ以上であることは判明した。


 千雪は,指定された2階の右奥の部屋でしばらく休息することにした。当面,千雪はのんびりと,この部屋で過ごせばいいのだ。古代魔法書の解読を進めればいいのだ。


ーーー

 数日が経過した。


 この屋敷にも,魔法書が多く蔵書されていることがわかった。ベルダン領主の了解を得て,自由に閲覧させてもらえることになり,閲覧室で過ごす時間が多くなった。ただし,閲覧室から書籍を持ち出すことは禁止だった。


 リスベルも暇をみては,閲覧室に来た。


 閲覧机には,椅子が4脚あった。千雪とリスベル,そしてエルゼとフレールが座れた。千雪は,リスベルを無視するのも大人気ないので,古代魔法書の翻訳ができるか聞いてみた。


 その返事は,千雪によっては意外だった。リスベルは,魔法にまったく興味がないと思っていたのだが,そうではかなった。リスベルは辞典を引かなくても,解読できるレベルだった。


 千雪「リスベル様が,古代魔族語に堪能だとは知りませんでした。毎日とはいいませんけど,私の所有している書物がありますので,ここの閲覧室で翻訳を手伝っていただけますか?」


 リスベル「いいですよ。私も,勉強になりますので,一緒に解読しましょう」 


 リスベルは,丁寧な言葉使いで対応した。エルザ,フレールも,千雪とリスベルが,このように良好な関係であったなら,2人の関係を応援してあげれたのにと,ちょっと複雑な気持ちになった。


 定期的に閲覧室で千雪とリスベルが接点を持つことについては,ルベット夫人も反対しなった。



 このように,2名の関係が続いて1ヵ月が経過した。


 リスベルと護衛らに,本来の仕事が舞い込んだ。南西領域と接する辺境地域は,特に山賊が多い地域で,荷馬車の襲撃,人さらいが横行していた。


 その近くにある辺境の町で,エミールちゃん8歳がさらわれた。この子は,この町の町長,バルケルの孫だった。


 バルケル町長は,町の自営団,冒険者を集めて,この事件を解決しようとした。しかし,中級か上級冒険者ばかりで,S級冒険者がまったく集まらなかった。


 止む無く,ベルダン領主に救援を求めることにした。


 その依頼を受けて,ベルダン領主は屋敷の全員を集めて緊急会議を開いた。


 ベルダン領主は,救援依頼の内容を全員に説明した。それは,S級レベルの魔法士か剣士を1名,派遣してほしいという内容だ。


 いま,ここに,エルゼS級剣士,フレールS級魔法士,千雪S級魔法士の3名がいる。さて,誰を派遣するか,もしくは断るかの相談だ。だが,断るという選択肢はないに等しい。


 ベルダン領主「ここに,エルザ,フレールそして千雪さんの3名がいる。誰を派遣するかだ。リスベル,お前の意見を聞こう」


 リスベル「エルザかフレールを出してしまうと,私の護衛が片手落ちとなってしまいます。


 もし,千雪さんが妊娠していなければ,千雪さんがいいのではないでしょうか。前回の魔法試合をみて思ったのですが,千雪さんのはめている指輪は,指輪の意思が強く現れる特異な指輪だと思いました。もし千雪さんに何かあたったとしたら,指輪が自らの判断で千雪さんを守ってくれるのではないかと思います。そう考えると,千雪さんの身の安全性は,エルザ,フレール以上に高いのではないかと思います。


 そこで,提案ですが,お医者さんを呼んで,一度,正式に千雪さんが妊娠しているかどうか,判断してはいかがでしょうか」


 ベルダン領主「なるほど。ルベット,お前の意見は?」


 ルベット夫人「お医者さんに,妊娠の判定をしてもらうのは賛成です。その結果,妊娠していないと分かった場合,彼女を派遣するかどうかは,あなたが決めてください。私は,どちらでもかまいません」


 ベルダン領主「エルザ,フレール,君たちの意見は?」


 エルザ「リスベルさんの意見に従います」

 フレール「私も,同じ意見です」


 ベルダン領主「千雪さん,あなたの意見は?」


 千雪「はい,私もリスベル様の意見に従います」



 会議の結果,女医さんに来てもうことになった。女医さんが,千雪を診断したところ,千雪は『妊娠していない』という結果だった。


 そこで,ベルダン領主は,リスベルの意見通り,千雪を派遣することにした。



 ベルダン領主は,町長のバルケルに,その町にある常設の転移魔法陣ゲートで千雪を待つように指示し,その日の午後には,千雪が転移して行った。


 千雪は,その転移前に,もっと正確に言えば,女医に来てもら前に,自分の乳房に精神支配の魔法陣を設置させた。それは,精神支配の内容にもよるが,幻覚程度なら上級レベル,複数の行動制御をして自殺させるなどの高度な精神支配の場合は,SS級レベルの霊力を消費する。


 この魔法陣は,古代魔法書に記載されてあったもので,最近,解読に成功したものだ。千雪は,早速,この魔法陣を実践で試せるのが嬉しかった。


 精神支配の魔法陣を自分の体の一部に設置する箇所を,なぜ,千雪はわざわざ乳房という性的な場所に設置したのか??


 千雪が色気づいた,ということではない。ただ単に,すけべな相手に精神支配を実践したかっただけのことだ。



 ー 辺境の町 ー


 バルケル町長「あなたが,千雪様ですか?お若くて,とてもお美しい。おっと,失礼。わたくし,町長のバルケルと申します」


 千雪「千雪といいます。早速ですが,状況を詳しくお教えください」


 バルケル町長「はい,話しは単純です。明日の午後5時までに,身代金金貨500枚を山賊のアジト,あの山の麓にもってこいとのことです。人質の孫は,身代金を確認したら,あとで,解放すると言っています。身代金を渡すと同時に娘を開放してほしいと交渉したのですが,ダメでした。


 こちらも,お金だけとられて,娘が解放されなかったらと思うと,どうしていいかわからず,冒険者や自衛団にも依頼したのです。しかし,われわれの武力ではとても対応できない状況なのです。そこで領主様にS級レベルの冒険者に協力をお願いした訳です」


 千雪「状況はわかりました。山賊のアジトに今から連れて行ってください。もしくは,その近くでもいいです」


 バルケル町長「今からですか?一人で?」


 千雪「はい,心配しなくていいです。状況の現場確認するだけです」


 バルケル町長「では,馬車を準備しましょう。今は,山賊たちを刺激したくないので,アジトの近くまででいいですか?」


 千雪「はい,それで結構です」


 千雪は,馬車で移動して,山賊のアジトの3kmほど手前で降ろしてもらった。


 千雪「バルケルさん,ここで,ちょっと待っていただけますか?1時間ほどで戻ってきます」


 千雪は,ここから1人で山賊のアジトに向かった。



 そのアジトには,門番が二人いた。その門番に,千雪は一言言った。


 千雪「人質の生存確認をしに来ました。それが確認でき次第,お金を持ってきます」


 門番は,千雪が若くて美しい女性で,かつ手ぶらだったことから,特に警戒することもなく,ボスのところに連れていった。



 ーボスのいるアジトー


 ボスは,門番に連れてこられた千雪を見て,笑顔で声をかけた。


 ボス「いやーー,わかくて,超美人のお姉さんだね。こんなところに一人でくるなんて,勇気あるね」


 千雪「人質の生存確認したいのですけど」


 千雪は,要件のみを言った。


 ボス「お嬢さん,あなたに,魔力自縛手錠をかけさせてもいいかな??この手錠をかけると,あなた自身の魔力を使って,自分の魔力を無効化させるものだ。万が一,変な魔法をぶっぱなされたんじゃ,かなわないし,こんなところに1人で来るなんて,相当の魔法士だろうからね。


 それがOKだったら,人質を連れてこよう」


 千雪「わかりました。そのかわり,約束を守ってください。宣誓魔法陣による契約をしてください」


 ボスは了解した。千雪と契約をおこなった。


 その契約内容は,簡単なものだ。


 ①人質の安否確認までは,山賊は千雪に対して,千雪は山賊に対して,一切の魔法攻撃,もしくは,敵対的行為を行わないこと。②人質の生命は,万全の注意をもって守ること。


 以上の2点だけだ。


 この契約をした後で,ボスは,ニヤッと笑みを浮かべた。だが,実は,千雪も同様に心の中で,ニヤッと笑みを浮かべた。千雪は,魔力自縛手錠については,わざと契約の条項に入れなかった。山賊側に油断させるためだ。



 その後,千雪の両手は,体の後ろ側にまわされて,両手首に魔力自縛手錠がつけられた。


 この魔力自縛手錠は,自己の魔力を吸収して,その魔力で魔法無効化結界を築く,という,自分で自分の首を絞めるような作用を持つ手錠だ。だが,千雪にはもともと魔力はないので,まったく意味のない手錠だ。


 ボス「よし,これでいい。人質を連れてきなさい」

 

 人質が連れて来られた。8歳のその幼子は,特に縄で縛られている様子はなかった。両手を背中側で縛れている千雪を見て,悲しそうな顔をして,一言口にした。


 「おねえちゃん,,,」


 幼子の女の子は,この美人のお姉さんが,これから彼ら山賊によって,ひどい目に遭わされると思ったのだ。



 千雪「確かに,人質の無事を確認しました。では,私は山を降ります。この手錠を外してください」


 ボス「あんたは,もう分かっているのだろう?われわれの契約は,もう終了したんだよ。あんたの過ちは,契約の内容に『人質の確認後に,手錠を解く』という条項を入れなかったことだ」


 ボスは,勝ち誇ったかのように,千雪に近寄り,千雪の着ているジャージのチャックを下までずらした。そして,ジャージを腰のところまでずり下げた。


 千雪は臆することなくその場でじっとしていた。


 千雪の胸に巻かれた薄ピンク色のサラシが,山賊たちの眼に焼きついた。


 ボスは,何も言わずに,このサラシを丁寧に巻き戻して,千雪の上半身を裸にした。千雪のBカップの胸は美しい形をしていた。


 ボス「ウヒョーー!!美人の上に,なんと綺麗なおっぱいだ!!」


 周囲の山賊の仲間は,千雪の美しい胸に釘付けになった。ボスは,千雪の胸を鷲ずかみにした。


 周囲にいる部下は,ボスに声をかけた。

 

「ボス!あとで,われわれにも拝ませてくださいよ」

「ボスだけ,ずるいですよ。もう,ああそこがビンビンですよ」



 ところが,ボスは,一切,部下に返答することなく,千雪の胸に右手を接触させたまま,まったく動かなかった。


 さすがに,周囲のものが,「ボス,どうしたんですか??」と呼びかけた。


 この体勢で3分間が経過した。


 ボスは,千雪の体からゆっくりと離れた。そして,ボスは部下に命じた。


 ボス「千雪の魔力自縛手錠をはずしなさい。それから,人質を千雪に渡して,下山させなさい」


 部下は,お互い顔を見合わせた。


 「えーー?どうしてですか?」

 「ボス,おっぱいに触れて,気がおかしくなったんじゃないですか?」


 などなど,半分冗談交じりの声が飛んだ。



 ボス「馬鹿者!!言われた通りにしろ!!!これは,1つの作戦だ!後で説明する!」

 

 怒鳴られた部下達は全員,下を向いて恐縮した。


 「すいません。ボス。言われた通りにします」



 千雪は,魔力自縛手錠を外され,人質のエミールちゃんを連れて,このアジトから下山した。



 ボスは,部下に,敷地の片隅に,3m角くらいの穴を掘れと命じた。そして,1人ずつ,仲間を呼び出した。呼び出された部下は,穴の一歩手前に立たされた。


 その部下は,ボスの電撃攻撃によって,一瞬で感電死させられ,ボスの足蹴りで,背後の穴の中に蹴り飛ばされた。


 このようにして,20数名いた部下全員を感電死させて,穴に放り込んで土をかぶせた。


 ボスは,机に向かって,自分のこれまでの罪をすべて紙に書いた。さらに,その罪に対する謝罪として,仲間を全員殺し,自分は今から自殺するという内容の手紙を残して,喉元を掻っ切って自害した。



 馬車から離れて約1時間後,千雪は,人質の女の子をつれて,馬車に戻った。


 千雪「山賊の統領は,いい人でしたよ。自分の罪を反省するって,そして明日の夕方,誰でもいいから来てくださいって言ってました。これまでの罪を書いた書類を渡したいそうです」


 バルケル「え?ほんとですか?それは信じられない。でも,こうして,孫が戻ってきたのだから,信じるしかないが,,,わかった。明日の夕方,人選して訪問することにしよう」


 千雪「ふふふ。まだ,半信半疑ですね。明日になったら,はっきりするでしょう。すいませんけど,また転移魔法陣のところに戻ってください。早く,領主様の屋敷に戻りたいので」


 バルケル「わかりました。領主様には,後日,改めてお礼に伺いますとお伝えください」


 千雪「はい,領主様にはそのようにお伝えしておきます」



 千雪は,屋敷を離れてわずか2時間足らずで,また屋敷に戻った。


 千雪は,胸を触れた時に,少し性的な刺激を感じた。妊娠してから,よけいに乳房への刺激に鋭敏になってきたようだ。


 そうなのだ。千雪は妊娠していた。


 この地に派遣される前,女医に『妊娠している』と言われたとき,千雪は,『先生,ちょっと,ここに手を置いてください』と言って,自分の乳房を露わにした。


 女医は,訳も分からず,素直に自分の手を千雪の乳房にあてた。そして,3分が経過した。


 すると,女医はさきほどの話を訂正した。


 女医「さっきの妊娠していると言ったのは,間違いでした。妊娠していませんでした」


 千雪は,女医に対して,あまり強く精神支配を行わなかったので,その持続効果は,1,2時間程度で消失した。



 千雪が盗賊のボスに施した高度な精神支配は,SS級の膨大な霊力を必要とするが,その波及効果は,とても大きいことを知った。千雪は,今後も機会があれば実践で試して精神支配の魔法を極めることにした。


 千雪は,領主の屋敷に戻り,エミールちゃん8歳の誘拐事件の報告を行った。



 千雪「私が,人質の安否を確認しにいったら,山賊の統領が,罪を改心していました。すぐに人質を解放してくれました。私は,ただ,山賊のアジトに行って,人質を受け取って,戻ってきただけです。簡単な仕事でした」


 ベルダン領主「そうだったのか。わざわざ,こちらから人を派遣するまでもなかったのだな。いやいや,それは,千雪さんに悪いことをした。


 それに,さきほどお医者さんから,誤りの連絡があった。


 千雪さん,あんた,妊娠してるって訂正があったよ。その医者には,めちゃくちゃ怒ってやったけど,千雪さんがあもう出発した後だったし,,,,いやー,ほんとうに何事もなくてよかった」


 千雪「そうですか,妊娠していたんですか。契約に従い,産むことにします。リスベルさんとの契約はあと5か月で切れますが,子供が生まれるまで,こちらでお世話になってよろしいでしょうか?」


 ルベット夫人「それは当然のことです。安心してちょうだい。ほんとうは,リスベルと結婚してほしいのですけど,,,,


 千雪さん,リスベルさんのこと,徐々にでいいから,好きになるように努力してもらえると嬉しいな」


 ルベット夫人は,リスベルに向かって,怒っているかのようにして言った。


 ルベット夫人「リスベルさん!千雪さんに,好かれるように,最大限,紳士として振舞いなさい!どうすれば好きになってもらえるか,真剣に考えなさい!!」


 千雪「ルベット様,ありがとうございます。この屋敷でこのままお世話になりたいと思います。子供が生まれるまで,よろしくお願いします。


 今は,リスベル様に対しては,何の感情もありません。ですが,ルベット様のおっしゃるように,好きになる努力はしてみたいと思います」


 千雪は,ルベット夫人に,少しリップサービスをしておいた。


 リスベルは,千雪の説明に対して深い疑問を抱いていた。医者の初歩的な誤診,そして,山賊の改心という有り得ない振る舞いについて,どちらも普通には考えられないことだ。


 リスベルは,すでに,千雪が,SS級レベルの精神支配の魔法陣を使った可能性を疑った。もし,山賊が全員死亡したという,精神支配以外では,絶対にありえないような事実があったとしたら,リスベルの疑いは,確信に変わる。


 そして,翌日の夕方,町長のバルケルから通信魔法石によって,誘拐犯の山賊が全員死亡したと伝えられた。


 リスベルの疑いが確信に変わった瞬間だ。


 リスベルは,精神支配の魔法陣が存在するのは知っていた。SS級の魔力が必要になること,かつ体の接触が必要であることから,ほとんど無視されてきた魔法であり,その具体的に記載された古代魔法書は,もう存在しないと言われていた。それを,千雪は使ったのだ。


 リスベルは,千雪が半年間の修練をどこで行い,どのようなことをしてきたのか,興味が沸いた。


 それに千雪には秘密が多い。手ぶらで転移されたのに,自分の魔法書を持っていたこと。いったい,どこからそんな魔法書を隠し持っていたのか? エルザ,フレールから聞いのだが,転移された夜に千雪が転移魔法を使わずに,忽然として消失したこと。いったい,どこに消えたのか?


ーーー

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