第5話 卒業試験

 まもなく,レストランの結界は解除され,今回の事件に関係したメンバー,すなわち,ナタリーら現場検証人,犯行の自白に同意したバロッサ,そして大臣の遺体を運ぶ大臣の護衛らは,転移魔法陣で王都に戻った。



 それから数日が経過した。


 千雪はバロッサが微細起爆式魔法陣を起動した罪で,懲役5年の判決が出たこと,しかし,実際は1,2年程度で恩赦が出されて,釈放されるだろうとの話を,師匠から聞いた。


 千雪「師匠,バロッサさんが,無実の罪で服役しているなんて,なんか,かわいそうですよ。なんとか,助ける方法ないんですか?」


 師匠「あの爆破現場の状況からでは,ナタリーとしても無理やりバロッサに罪を被ってもらうしか他に方法がなかっただろうな。バロッサもよくあっさりと無実の罪を自白したものだね。ナタリーと何らかの取引があったのかもしれん」


 千雪「何らかの取引って?」

 師匠「バロッサは,あの,ブラック・ウルフ事件で死亡したジョセフの兄だったんだよ」

 千雪「えーーー?それって,もしかして,弟の死因の調査ですか?私と知り合いになったのも,偶然ではなかった,ってことですか?」


 師匠「そうなるな。あのナタリーのことだ。ほぼ正確にお前の隠された能力を見抜いていたのかもしれん。そして,ジョセフは,お前の指輪の精霊によって殺されたことをネタにして,バロッサに素直に自白するように迫った,というところだろうな」


 千雪「え,え??ジョセフって,この指輪に殺されたのですか?この指輪にそんな力があるんですか?」


 師匠「お前が考えている以上に,指輪の精霊にとって,お前はとても大事な存在なのだよ」


 師匠は,千雪の修練で,次のステップに移る時期が来たと判断した。それは,魔法陣の修得だ。


 師匠「サリーよ。古代魔法陣の解読はどの程度までいっているのだ?」


 千雪「興味のある魔法陣については,すべて解読して覚えました。回復魔法陣,魔法攻撃無効化魔法陣,バリア形成魔法陣,転送魔法陣,転送防止魔法陣,亜空間領域形成魔法陣,火炎攻撃と氷結攻撃魔法陣もばっちり覚えました。あとは,もう少し死霊魔法陣について解読を進めれば,重要な魔法陣は網羅できると思います」



 師匠「なるほど。基本的な魔法陣は覚えたようだな。前にも説明したかもしれんが,霊力は,魔力と同じように,魔法陣を起動させることができる。魔法陣にとっては,霊力も魔力も,共に魔法陣を起動させるための燃料みたいなものだ」


 千雪「師匠,では,覚えた魔法陣に霊力を流して,魔法陣を起動していいのですね?」

 師匠「許可しよう。だが,今一度,霊力と魔力の違いをしっかりと理解しなさい」


 千雪「はい,わかりました。ですが,まだ詳しく説明してもらっていません」

 師匠「そうだっかな?それはすまなかった。では,今から詳しく説明すので,しっかり覚えなさい」

 

 千雪「はい。お願いします」


 師匠「もともと,この魔界では,大気中に魔力が漂っている。われわれ魔族は,生まれながらにして,魔力を呼吸と共に摂取している。それゆえ,われわれ魔族は魔力を使うのが得意なのだ」


 千雪「じゃあ,地球界生まれの私は,魔力はもともとないのですか?」

 師匠「地球界にも魔力は存在するし,魔法石もあるはずだ。しかし,地球界は,歴史的に魔力というものを使っていなかったから,地球界の大気中には魔力がまったく存在していない状態だ。だから,地球界生まれのサリーには,魔力を修得するのは困難といえよう」

 

 千雪「そうなんですか。地球生まれの私は,魔力が使えないのですね?」


 師匠「まあ,端的に言うとそういうことだ」

 千雪「じゃあ,霊力は?」


 師匠「霊力は,以前にも言ったように,体内の『気』を感じ,自由に操れるようになり,かつ,それをさらに発展させて,自由自在に変化させれるようにしたものが霊力だ。


 もともと霊力は,体内から発生するので,体内に留まって,体の外に放出されにくいという性質を持つ。逆に,魔力は,体の外に放出されやすいという性質を持つ。そのため,火炎攻撃,氷結攻撃など,遠距離からの攻撃に向く」


 千雪「なんか,攻撃に向く魔力の方が,霊力よりも強そうなイメージがしますね。魔力と霊力が戦ったら,いったいどっちが勝つのですか?」


 師匠「いい質問だ。単純な攻撃力だけなら,魔力が勝るだろう」

 

 千雪は,ちょっとがっかりした。


 千雪「魔力のほうが強いのですね。ちょっとがっかりです」


 師匠「魔法の攻撃力としては,霊力は弱いかもしれん。しかし,総合力としては,霊力が優れると思う。何せ,霊力は,防御と加速に特化した能力だからな。


 霊力を扱う能力者,つまり『霊力使い』は,魔法士というよりも,『超一流の剣士』に近いと言えよう。魔界で,超一流の剣士は,3倍から5倍の加速をすることが可能だ。霊力使いは,その剣士が,魔法攻撃を無効化できる鎧を着ているのと同じ意味あいを持つ」


 千雪「そうなんですね。私は,魔法士というよりも,剣士になったのですね?」

 師匠「そう理解してよい。今のサリーは,超一流の剣士と言える。さらに,魔法陣を操れるようになると,晴れて,魔法が使える剣士,つまり『魔剣士』となったと言えるだろう」


 千雪の顔に,微笑みが浮かんだ。


 千雪「じゃあ,私はその魔剣士と名乗ってもいいのですね?」


 師匠「そうだ。だから,何もがっかりすることはない。でも,魔剣士という言葉は馴染みがないから,魔法士と名乗るのが無難だ。優れた魔法士となるように,魔法陣の修得をしていきなさい。ただし,その修練の期間は,今から1ヶ月とする」


 千雪は,魔法陣を修得する期間が,あまりに短いことに驚いた。


 千雪「え?たったの1ヶ月ですか??」


 

 師匠は,少し残念な顔をして答えた。


 師匠「サリーよ。本来なら,あと半年は私の傍にいて,より多くの魔法陣を習得させてやりたかった。



 だが,死亡した大臣の側近は,大臣を暗殺したのが私だとすぐに分かるだろう。そして,1ヶ月もしないうちに,私を討伐しに来るに違いない。その時は,私の弟子であるサリー,お前もターゲットになるはずだ」


 千雪「実際,大臣を殺したのは私ですから,命を狙われても当然ですけど」


 師匠「サリーよ。意外と落ち着いているな。命を狙われるのが,恐ろしくないのか?」


 千雪「師匠と一緒なら恐ろしくありません。師匠を信じています。それに,師匠が言ってくれたじゃないですか。今の私は,超一流の剣士に相当するって。もし,誰かが襲って来ても,パパッとやっつけてあげますよ」


 師匠「ふふふ。頼もしいな。だが,パパッとやっつけるには,今の10倍速ではまだ不足だ。20倍速まで引き上げたほうがよい。できるか?この1ヶ月で?」


 千雪「はい。できます。20倍速を達成してみせます。それに,魔法陣を操ることも修得してみせましょう」


 師匠「よく言った。よし。この1ヶ月間,サリーは修業に集中しなさい。結界で守られているこの敷地外に出ることは禁止とするが,よいな?」


 千雪「はい,状況を理解しました。まったく問題ありません。これからの1ヵ月,これまで以上に修業に集中します」



 師匠は,大きく頷いた。


 師匠「よし,いい覚悟だ。では,1ヶ月後に,卒業試験を実施する。ただし結果がどうであれ,サリーはここから出ていかなければならん」


 千雪は,ここから追い出されることに,寂しさを覚えた。


 千雪「師匠,私を追い出さないでください。師匠の行くところに,私も連れて行ってください」


 師匠「私は,いつでも王立魔法学院に帰ることができる。だが,サリーは,別に行くべきところがあるだろう?」


 千雪は,師匠が何を言ってのかわからなかった。


 千雪「行くべきところ?え?どこへ?」


 師匠「ふふふ。サリーにその指輪を与えた王族のところだよ。忘れたのか?」


 千雪「あ!あの,自分のことを『魔王』って言っていた人?今思えば,あの人は,魔王ではないのでしょう?だいたい,この国に魔王はいないのでしょう?」


 師匠「そうだ。この国には,国王はいるが,魔王はいない。地球界で魔王とは,悪役で一番強いイメージを持つから,魔王という表現を使っただけだ」


 千雪「やっぱりね。では,卒業したら,私は,その『魔王』さんのところに行けばいいのですね?」


 師匠「そうなるな。卒業の時に,サリーのしているブレスレットが,『魔王』のところに連れていってくれるから,安心しなさい」


 千雪「えー?でも,私は,魔力がゼロなんでしょう?このブレスレットは,霊力には反応しないんでしょう?」


 師匠「その理解は正しい。だから,卒業の日には,サリーの体に,霊力から魔力へ変換できる魔法陣を刻んであげよう。放出系攻撃魔法を起動する時には,その変換魔法陣によって,霊力が魔力に変わるので,ブレスレットが反応することになる」


 千雪「そんな方法があったのですね。なんか,嬉しくもあり,悲しくもあります。師匠との別れが,現実味を帯びてきました」


 千雪の瞳から,ポロポロと涙がこぼれてきた。


 師匠「泣くなら,今のうちに泣きなさい。卒業の時は,間違いなく,われわれが襲撃される日になる。泣く時間さえもないだろう」


 千雪は,涙を拭った。


 千雪「そうですね。今晩は,思いっきり泣きます。でも,明日からは,修練に集中します。もう泣きません。1ヶ月後には,師匠の期待に答えれるような霊力使いになってみせます!!」


 師匠「そうだ。その意気だ。明日からの修練に期待している」


 

 翌日から,千雪は魔法陣の修練を始めた。



 魔法陣の修得は,まさに夢の扉だった。注入した霊力がその魔法陣によって,いろいろな特性を持ったものに変化する。


 回復魔法は,敷地内のネズミを使って実験した。傷は一瞬で回復する。切断された腕も接続させることができた。内臓修復については,イメージが具体化できず無理だった。正確な医学知識が必要だとわかった。死亡したネズミの蘇生も無理だった。


 火炎,氷結などの放出系魔法は,魔力転換魔法陣を体に刻んでから,習得することにした。火炎,氷結魔法陣を起動してなくても,放出できるようにさせるためだ。


 死霊魔法陣は,動物の死体,骨格などに残る霊体の抜け殻を魔法陣の核にして,生前の動きを実現させるものだ。道場の敷地内にある動物の死体,骨格でいろいろと実験して,修得していった。簡単な動作であれば,動かすことができるようになったが,実用性レベルにはまだまだ届かなかった。


 亜空間領域形成魔法陣では,小さな亜空間を作り,そこにいろいろなものを収納できることがわかった。その亜空間への開閉魔法陣を指輪に刻むことで,いつでも出し入れが自由にできた。


 千雪は,今住んでいる家すべてをそのまま収納できないかと,いろいろと実験した。そして,それを可能にした。


 次に,自分自身を亜空間への出入りする方法を試行錯誤して,実現させることができた。師匠に,家ごと亜区間に収納したいと相談したことろ,意外な返事が返ってきた。


 師匠曰く,『家だけでなく,敷地内にあるものすべて収納しなさい。この場所は,サリーのためだけに長年かけて準備したものなので,すべてお前のものだ。今後,さらに修業していくうえでも,この場所は必要になるから』と。千雪にとっては,とてもありがたい話だ。


 このように,大規模な空間も収納でき,自分自身もその中に入れるのは,千雪が発動する亜空間領域形成魔法陣が優れていて,才能に恵まれているからだと思った。しかし,後にそれは間違いで,指輪の持つ特別な力のせいだとわかるのは,ずっと後のことだった。


 他にもさまざまな魔法陣を起動しては試していった。例えば,魔法力をA地点からB地点に人や物を転移させる魔法陣だ。もっとも,敷地内での実験なので,実用性に乏しい。だが,これをうまく使えば,テレボートのように移動できて敵を倒すのにも使えそうだ。ただし,かなりの霊力を消費してしまう。


 一番練習したのは風魔法だ。自分を浮遊させ,空中移動させるというものだ。空中に留まっているとき,攻撃魔法も使いたい。そこで,同時に数種類もの魔法陣を並列使用する修練も開始した。


 この1ヵ月間で,魔法陣の完全な修得には無理があるが,基礎的なレベルはマスターできたと思った。


 また,霊力による防御能力と加速についても,着実にレベルアップさせた。



 そして,卒業試験の日を迎えた。


 ーーー

 魔界に来て6カ月が経過した。千雪と師匠は,道場の中庭に立っていた。


 師匠「ナタリーからの情報では,最高ランククラスの冒険者をかなり集めて,この道場への総攻撃を準備しているそうだ。いつわれわれへの襲撃が始まるかわからないが,2,3日後になると思う。その襲撃を受ける日を,サリーの卒業日としよう」


 千雪「あと,数日で卒業ですか,,,早いですね」

 師匠「確かに早かったな。卒業日は数日後になるが,卒業試験は,今から行う。準備しなさい」

 千雪「はい。お待ちください」


 千雪は,その場で,服を脱いで全裸となった。相変わらず,見事なプロポーションだ。


 服といっても、いつものジャージだ。だが、この魔界で入手するのは難しく、大事にしなくてはならないので、亜空間領域に収納した。次に,裸体の表層に霊力を流し,外の景色に合うように保護色にした。もう肉眼では,千雪がどこにいるのかまったくわからない。


 師匠は,千雪の美しい裸体を見れなくなって,ちょっと残念だった。


 千雪「師匠,準備できました。いつでもどうぞ」


 師匠の霊力は,5ヵ月前に千雪に与えてしまったので,回復しないものと思っていた。しかし,5ヵ月も経過すると,多少は霊力が回復することを知った。


 師匠は,霊力を眼底に流して,千雪の霊力を感じるようにして,千雪の所在を認識した。


 師匠「サリーの保護色にする能力も,ほんとうに堂にいったものだな。感心する。では,SS級レベルの連続攻撃を,みごとに受け切りなさい。では,参る」


 千雪には,自信があった。すでに,自分でSS級レベルの魔法攻撃を起動させて,自分の体に向けて何度も発射させて試したことがあるからだ。


 その成果を,今,師匠に示す時が来たのだ。師匠が千雪のために費やした10年の歳月が,決して無駄ではなかったことを証明してあげれる。それは,最大の師匠への恩返しとなるはずだ。


 千雪は,大きな声をあげて師匠に言った。


 千雪「はい,よろしくお願いします!!」



 師匠は,すでに何個もの魔法陣を並列に構築していた。それは,火炎,雷,氷結の矢,そして鋼鉄の剣を生成する魔法陣だ。



 SS級魔法士は,3種類以上もの魔法攻撃魔法陣を,同時に構築できるかどうかが判断基準となる。それができるということは,それだけ膨大な魔力を保持し,かつその魔力を精緻に操れるという証だ。


 例えば,火炎攻撃を例に挙げると,初級レベルでは,野球のボールくらいの火炎を10mほど発射できる。中級レベルは,火炎球をサッカーボールの大きさにできる。上級レベルになると,直径50㎝もの火炎球を50m先まで発射できる。S級レベルでは,直径1m以上の火炎を100m先まで発射することが可能となるのだ。そして,この魔界でも10人足らずしかいないSS級魔法士では,S級レベルの攻撃魔法を,並列的に3種類以上操れる能力を有するのだ。もし,1種類だけの火炎攻撃魔法に集中するならば,その火炎球は,直径3m以上の膨大なものになってしまう。


 そのSS級魔法士の中でも,魔法陣の扱いにかけては,魔界でもトップレベルなのが尊師だ。以前,国王が不治の病に罹患したことがあり,唯一,尊師の特殊な治癒魔法陣で,国王を救ったことがあった。その恩賞として,国王から『尊師』の呼称を頂戴した経緯がある。


 その尊師が並列に起動する攻撃魔法陣の威力は,どれも通常のSS級魔法士が1種類だけの攻撃魔法に集中することによって達成できるほどのレベルのものだ。



 師匠「SS級火炎連続攻撃!」


 ゴゴゴゴゴゴー----!!


 すべての火炎攻撃が千雪の体を直撃した。その熱度は,地表の土壌さえも消滅させてしまい,クレーターが千雪の周囲にできてしまうほどだった。




 師匠「SS級雷連続攻撃!!」


 ピーカー,ピーカー,ピーカー,ピーカー!!


 火炎の連続攻撃が終わる否や,雷撃が千雪を直撃した。千雪の周囲に焦げ臭いが濛々と立ち込めた。


 師匠「SS級氷結の矢連続攻撃!!」


 ビューー,ビューー,ビューー,ビューー,ビューー!!


 雷撃に続いて,氷結の矢攻撃が千雪を襲った。それと同時に,千雪の周囲の温度がマイナス50℃程度にまで低下していった。だが,千雪の裸体は凍結しなかった。霊力は,千雪の体表面全体を完全に覆っていた。その層は,3重になっていて,層と層の間に真空の層が2カ所あり,それが,超高温でも超低温でも,温度の伝達を遮断させた。


 師匠「SS級氷結の剣連続攻撃!!」


 ヒューッ,ヒューッ,ヒューッ,ヒューッ,ヒューッ,ヒューッ,ヒューッ,ヒューッ,ヒューッ,ヒューッ!!


 氷結の硬度は,ダイヤモンドに相当する硬度10に相当した。つまり,ダイヤモンドで造られた剣だ。それも一本だけではない。10本もの剣が連続的に千雪の体を直撃した。


 ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!


 千雪には,避けるという行為は許されていない。これまでの修練で鍛えた霊力を駆使して,この剣を防御しなければならないのだ。


 千雪の裸体を覆う霊力による防御層は,なんと,ダイヤモンドよりも3倍硬いといわれているカルビンに相当する硬度に達してした。現在,知られている物質の中で,最も硬い物質のレベルにまで達することができたのだ。


 その防御層は,10本もの連続的な氷結の剣攻撃をことごとくはじき返した。


 師匠のSS級レベルの攻撃は,SS級レベルの中でも,最上レベルの攻撃だ。その連続的攻撃を,千雪はことごとく防御したのだ。


 正直言って,防御に失敗して,深手とは言わないまでも,少しくらいは,傷を負うのが当然の結果だと師匠は思っていた。それが,まったくの無傷の状態で防御し得たのだ。この結果には,師匠としても驚かされた。


 師匠「サリーには,ほんとうに驚かされる。この魔界でサリーの霊力の防御を突き破れる魔法士や剣士は,もはや誰もおるまい」


 千雪「ありがとうございます。ところで,師匠,この霊力による防御と,魔法陣を使って魔法攻撃無効化結界を構築するのとでは,どう違うのでしょう?」


 師匠「サリーの場合は,安全のため,両方の防御を同時に行うべきだ。自分の服を破損や焼滅するのを防ぐために,魔法攻撃無効化結界を張る方がよい。もし,この結界が破られた場合でも,霊力の防御で防げばよい。


 防御性能からいえば,霊力による防御の方が数段優れている。服がボロボロになって裸にされたとしても,保護色になれるから,心配はあるまい。


 それに,もし,サリーの裸を見るものがいれば,ましてや,サリーの体に触るものがいれば,そやつらを全員皆殺しにすればいい」



 千雪は,師匠の言葉に至極納得した。今後,千雪の裸体を見るものは,まだいいとしても,触るものは,全員皆殺しにすることに決めた。例外として,女性が触るなら,許すことにしよう。


 千雪「師匠を殺したくないので,私の裸を見るだけなら,殺すことはしないことにします。でも,私の体に触ったものは,必ず,全員皆殺しにすることにしましょう」


 師匠は,自分の言った言葉を後悔した。今の千雪なら,例外なく実行してしまうからだ。


 師匠「さっきの言葉は,冗談だよ。サリーの体を触ったくらいで,殺されては,殺される人がかわいそうだ」


 千雪は,地球界でこれまで何度も痴漢に会ってきて,いやな思いを経験したことをまざまざと思い出した。


 もうあのような嫌な思いを味わいたくない。この嫌な思いを打ち消す方法は,ゴキブリを踏みつぶす爽快感を味わうことだ。つまり,体を触った人を,ゴキブリと思って殺してしまうことだ。


 千雪「師匠,安心してください。師匠は殺しませんから。でも,私の体を触った人は,ゴキブリと見なすことにします。例外なくです!」


 千雪は,きっぱりと言い放った。師匠は,もうこれ以上この話題を続けるべきではないと感じた。

 

 師匠「まあよい。この話題はもう終わりにしよう。次に,48式の演舞だ。始めなさい!」


 千雪「はい。演舞を始めます!」


 千雨は,48式の演舞を開始して,ほどなくして終了した。


 師匠には,すでに自分の眼で,千雪の動作を追うことができないレベルになっていた。


 師匠「そこまで。わずか18秒か。20倍速が達成できたな」


 千雪「はい,できるようになりました。でも,とてもキツイです。30秒持続できるかどうかです。10倍速なら,1分くらいはなんとかいけそうですが」


 師匠「敵を倒すのに,何十秒も必要はあるまい。よし,卒業試験は合格だな。敵の襲撃まで,数日はあると思うので,それまで,体を調整しておきなさい」


 千雪は,師匠に軽く礼をして,自分の部屋に戻った。師匠が,まだ2,3日は余裕がある,と思っていたが,実際は,一日しか余裕がなかった。


 敵の襲撃は,翌日の夜9時から始まった。


ーーー

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