第3話 大臣の暗殺
隣の席では,太り気味の,すけべそうな初老の男性と,30代そこそこの女性が,楽しそうに食事していて,時々笑い声が聞こえた。
千雪は,バロッサの話に目をかかがしていたが,左手をテーブルの下に置いて,バロッサの視界から逃れるようにした。そして,袖口から何かが飛び降りた。
バロッサの座席からは,それが何かはまったく見えなかった。それは,小さな灰色のネズミだった。それは,地面に降り立って,隣席に座っている初老の男性の傍に行き,見えるか見えないかの,ごく小さな魔法陣のところで動きを止めた。
そこで,そのネズミは,床に設置された微細な魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。その作業が終わると,また,千雪の元にもどってきて,人知れず千雪の袖口から侵入して,千雪の胸元の裏ポケットにチョコンと隠れた。
そして,5分が経過した。
バロッサは,次の面白い話のネタを話はじめたときだった。
隣席にいる初老の男性の足元から,パーーと,光が発光した。それと同時に,男性の座席の真下に直径2mほどの魔法陣が浮き出た。
バーーン!!
ほぼ真上方向に,鈍い音をたてて爆発が起こった。その男性はその勢いで,斜め45度の角度で数mほど,千雪のややななめ後ろの方向に飛ばされた。さらに,爆風でばらばらになった椅子の木片が四方八方に飛散した。
バロッサは,バーーンという爆発音を聞いて,とっさに自分の顔を両腕で防いだ。だが,その腕に,4個所ほど木片が刺さった。
千雪は,霊力による防御によって,木片をすべて跳ねのけた。そして,あの初老の男性と同じ方向に自らを飛ばせた。その結果,千雪はその男性と空中で並んで飛ぶような状況になった。
この空中で,千雪は意外な行動に出た。
千雪は,霊力で手のひらを手刀に変化させて,男性の喉を掻っ切たのだ。
それは,一瞬のことだった。その動作を見たものは誰もいない。そして,千雪は爆風に飛ばされて,床に激突されたかのように装った。
レストランの控え室で待機していた数人の護衛が大声で叫んだ。
大臣ーー!大臣ーー!
護衛らは,大急ぎで初老の男性のもとに駆け寄った。
だが,その初老の男性はすでに事切れていた。体中に木片がささっており,喉も切られていた。どれが致命傷なのかわからないくらいほどだった。
この初老の老人は,この国の行政を統括する大臣であり,隠密裏に愛人と逢引している最中だったのだ。
バロッサは,自分が無事であることを確認し,腕にささった木片を腕から抜いた。多少は回復魔法が使えるので,しばらく回復魔法で腕の傷を回復させた。
千雪のほうをみると,床に倒れていて,動いていなかった。腕の応急措置をしてからでないと,千雪を助けることもできないのが,もどかしかった。
異変をかきつけて,多少とも回復魔法が使える者たち数名が現場に駆けつけてきた。そして,重症者から手当を始めた。
初老の男性と相席していた女性が一番重症だった。幸いにも,命に別状はなかった。そのほか,5,6名が大きな怪我だったが,回復魔法を使えば,数日で回復する程度のものだった。
バロッサは,自分の腕の措置を終わらせて,急ぎ,千雪のもとに行き,彼女の外傷を詳しく調べた。木片が刺さっているようなことはなく,何ヵ所か切り傷がある程度だった。
バロッサは,やさしく声をかけて抱きかかえた。
バロッサ「サリーさん,サリーさん,大丈夫ですか?」
千雪はゆっくりと目をあけて,バロッサを見た。
千雪「大丈夫です。爆風に飛ばされたようですけど,それがかえってよかったようです。かすり傷程度ですみました」
バロッサ「それはよかった。少し安心しました。隣にいた男性は,この国の大臣のだったようです。その大臣を爆死させるのに,われわれが巻き込まれたようです」
千雪「そうだったのですか? でも,お互い無事で幸いでした」
バロッサと千雪は,お互いの無事を喜んだ。
一方で,大臣が暗殺されたことで,大臣の護衛らは,急ぎ,このレストランを封鎖した。レストラン内の,すべてのスタッフ,顧客そして飛び入りで援護にかけつけた回復魔法士らは,その場で拘束されることになった。
護衛隊長は,急ぎ,通信連絡用の魔法石で,緊急状況を王府に伝えた。そして,すぐに,レストランの玄関部分に,転移座標点にする魔法陣を描いた。そして,長距離転移が可能なように,魔力が十分に満ちた魔法石をその魔法陣の6カ所の角に配置した。
ーーー
その後しばらくして,王府から,多くの高官,騎士,魔法士ら一団が転移されてきた。この魔法士の中には,この王国で最高の魔導士であり,かつ魔法中央研究所の特別顧問でもあるナタリーがいた。彼女は,年齢不詳だが,外見から,30歳そこそこで,大変グラマラスな体つきをしていて,かなりの美人でもあった。
ナタリーは,まず,このレストラン全体を結界で覆って,人,物の移動を完全に遮断した。次に,大臣の死体を詳しく調べて死因を探った。無数の木片が深く体内にささっているが,心臓部に到達していないため,それが直接の死因になる可能性低い。喉部にある切り傷が直接の死因だと判断した。喉を切り裂いたと思われるナイフは,どこに飛ばされたのかまでは特定できなかった。ある重症者は,木片のほかに,ステーキナイフが足に突き刺さっていていたこともあり,ステーキナイフが喉を突き刺した可能性も考えられた。
爆破現場を調べて分かったことは,この魔法陣は特別な魔法陣で,高位の魔法士でもその存在に気付くことはできないものだ。極めて小さな起爆魔法陣で誘発されて発動する仕組みとなっていた。さらに,この魔法陣は,このレストランのすべての座席に,事前に設置されていることもわかった。大臣がどこの椅子に座っても,その場所を限定的に爆破できるようにしていた。
この極小の起爆魔法陣を誰が起動させたのか?犯人は用意周到であり,すでに大臣の行動計画を十分に把握していたようだ。このレストランで食事をとることを事前に知っていて,爆破計画を実行した。
犯人は,まだこのレストランの中にいるとナタリーは判断した。というのも,大臣の護衛は,2か所あるレストランの出入り口に待機していて,爆破した後に,レストランから去った人物はいない。かつ,レストランの中から,転移魔法で姿を消した人物もいない。転移魔法を使うと,しばらくは転移魔法を使った痕跡が残るのだが,その痕跡もない。
ナタリーは,死んだ大臣が嫌いだった。大臣を殺した犯人に喝采を送りたいくらいだ。自分に対しても,いつもいやらしい目つきをしてくる。もう何人も妾がいるのに,いまだに,10代の妾を娶ろうとする折り紙付きのエロ爺だ。それに,それだけの妾を賄う資金はいったいどこから出てくるのか?
もちろん,きな臭い賄賂をもらっていることは明白だ。王府も内密に,賄賂の証拠を見つけようとしたのだが,その都度,失敗に終わっている。立ち回りのうまい大臣だった。
そんな思いもあり,ナタリーは,無理に犯人を突き止めるつもりはない。実は,あの芸術ともいえる微細起爆式魔法陣を精緻に構築できる魔法士は限定されてくる。それに,この魔界の最果ての町を拠点にしている人物といえば,あの尊師,エスカルガーしかいない。
尊師,エスカルガーは,昔から王宮の『影の死刑執行人』とのうわさがある。彼は,決して証拠を残すことなく暗殺を実行する。
今回の現場検証も,大臣だったという立場上,大々的に現場検証を実施しなければならないのだが,実は,形式的なものでいい。というのも,ほぼ間違いなく,この暗殺命令者は,国王から出されたものだからだ。
大臣の直接の死因が,爆風によるステーキーナイフだったのか,人為的になされたものなのか,無理に追及しなくていい。ナタリーは,もちろん,後者であると考えているが,いったい誰がどうやって実施したのかなど追及するのも煩わしいと感じた。
レストラン内に閉じ込めた全員の背景,素性,などを調べなければならず,それだけで膨大な時間がかかってしまう。たとえ詳細に調査したとしても,尊師が犯人であるという証拠は決して見つかることはない。
ナタリーには,そんな無駄に費やす時間はまったくない。そんな時間があれば,のんびり,コーヒーでも飲んでいるほうがよっぽどいい。
ただ,微細起爆式魔法陣を爆破直前に起動した人物を見つけ出すのが現実的だ。爆破直前に大臣のそばにいた人物は誰なのか?せめて,それだけでも見つかれば,今回の現場検証の恰好はつくというものだ。
あの微細起爆式魔法陣に,魔力を注入できる人物は,上級かS級魔法士に限定される。魔水晶で,このレストランにいるスタッフ,客そして飛び入り回復魔法士の全員が容疑者となっているが,容疑者全員の魔力を調べれば,即わかるというものだ。
ナタリーは,部下に容疑者全員に魔力量を調べるようにいいつけた。重傷者や,千雪,バラッサなど,爆破による被害をある程度受けた者は,その場から動けない状態だ。止む無く,ナタリーの部下は,魔水晶を持ち歩き,容疑者全員に,名前,年齢,出身,職業,このレストランを選んだ理由と,魔水晶で魔力量を測定して回った。
その間,ナタリーは,こんな形式的な現場検証なんて,面倒くさいと内心思いつつも,優雅にコーヒーを飲みだした。自分だけ優雅にコーヒーを飲んでいるのも気が引けたので,レストランのスタッフに,治療にあたっている治癒魔法師や,部下達,さらに,容疑者全員にも,コーヒーを出すように命じた。
2時間くらい経過して,やっと全員の身元調査と魔力測定が終了した。
ナタリーはその結果を見た。上級以上の魔法士は一名のみ。S級魔法士のバロッサだけだった。しかも,その座っている場所は,まさに大臣の隣の席だったのだ。ナタリーは,口元をほころばせて,内心ほほ笑んだ。
『これで今回の事件は,解決したわ』
ーーー
もう一人,注意を引く人物がいた。サリーと名乗る女性だ。つまり,千雪だ。魔力量がゼロはいいとして,出身が『道場』で,保護者が『師匠』? 師匠って,何?尊師?エスカルガーのこと?
ナタリーは部下に,有力容疑者として,バロッサを,魔法無効化拘束鎖で拘束するように命じた。併せて,千雪に,ここに来るようにも命じた。
バロッサは,訳も分からず,魔力を無効化されて拘束されてしました。千雪は,内心,自分の犯行がばれてしまったのかとびくびくしつつも,いざとなれば,刺し違えても,なんとか切り抜ける覚悟を決めていた。
ただ,あのナタリーというこの現場指揮官は,この魔界でもトップクラスの魔導士だと,バロッサから聞いていたので,戦って切り抜ける可能性は低い。ここは,なんとか,おとなしくして,師匠が助けてくれるのを待つのが得策と判断した。
千雪「あの,私がサリーですけど。なんでしょうか?」
ナタリー「そう,あなたが,サリーさん?あなた,魔族ではないわね。少し魔族語がぎこちないわ」
千雪「はい,異界人です。5か月前に地球界から来ました。師匠のもとで,身の回りの世話をしています」
ナタリー「師匠って,だれのこと?名前は?」
千雪「名前は知りません。師匠と呼べと言われたので,それ以外の呼び方はしりません。村はずれの道場に住んでいる人です。ここの村の人は,尊師と呼んでいる方もいます」
ナタリー「そうだったのね。あなたが尊師の弟子なのね。尊師は弟子を採らないって有名だったのに,気が変わったのかしら?師匠と呼ぶからには,魔法とか指導を受けているの?」
千雪「はい。魔法書の解読を指導してもらっています。いずれは,地球界に戻って,魔術師になりたいと思っています。ですが,私は魔力ゼロなので,魔法は使えませんし,魔法陣も扱えません。なので,なんとか,魔法の知識で魔術師になりたいと考えています」
ナタリー「レベルがゼロなら,いくら地球界でも魔術師としてやっていけなのじゃないの?」
千雪「でも魔法書を理解することで,悪魔祓いの方法とか,呪詛の解除方法など,知識で解決できることも多いと聞いています」
ナタリー「そうなの?わかったわ。今回の爆破では,あなたはどうも無関係のようね。でも,あなたと相席していたバロッサとは,どうゆう関係?彼は今回の爆破事件の最大の容疑者よ」
千雪はバロッサと出会った経緯をこと細かく述べた。
ナタリー「そうなのね? どうも,最初の出会いは,事前に仕組まれた感じがするわね。でもそれはどうでもいいわ。ともかく,あなたとバロッサとは関係ないようね。もう帰っていいわ。あなたの師匠に,ナタリーがよろしく,と言ってあげてね」
千雪「あの,ひとつ聞いていいですか?」
ナタリー「どうぞ」
千雪「私,師匠のこと,魔法の先生とだけしか知らないのです。ナタリーさんは,師匠のこと詳しいようですけど,よろしかったら,師匠のこと,何でもいいので,少し教えてほしいのです」
ナタリー「え?なに?あなた師匠に気があるの?地球人と魔族とでは,結婚生活は大変よ。近場で,一件,その事例を見ているけど,どちらも大変みたいよ。幸い,まだ離婚までしていないけど。いいわ。簡単に教えてあげる。
あんたの師匠,世間では,尊師って呼ばれているけど,私とは,王立魔法学院で第一期学生として同期だったの。学生といっても,先生はいなかったから,実質,私たちが先生だったみたなものね,後輩を二人で手分けして指導していたから。
魔法実技では,私のほうがかなり上だったけど,彼は,魔法学,魔法理論,魔法陣研究では,魔界でNo.1と言ってもいいわ。特に,彼の構築する魔法陣は,だれも解読することができず,もうお手上げ状態よ。例えば,今回の微細起爆式魔法陣のようにね。彼のそばで長年いた私だからこそ,この魔法陣が,なんなのかが分かるけど,ほかの者なら,まったく理解不能でしょうね。まあ,尊師がこの魔法陣を設置したっていう証拠はどこにもないから,お手上げだし,そのことは王府には報告するつもりないから,安心してちょうだい,と,あんたの師匠にはいってもらって結構よ」
ナタリーは,ここで一息ついて,言葉をつないだ。
ナタリー「何時だったかしら?10年も前のことになるわね。精霊の宿した指輪を見つけた,といって,喜んでいたわ。その後,地方反乱の制圧で,魔法部隊として,私たちも駆り出されたけど,その時に,彼,敵の罠にはまって,何十人もの魔法士の一斉攻撃になって,死ぬ一歩手前までいったの。後で聞いた話だけど,そのとき,指輪の精霊が尊師に語りかけたの。『命を助けるかわりに,精霊の願いを叶えなさい』と。彼は,精霊の提案を受け入れたわ。そしたら,雨雲が現れて,雷で敵の魔法士たちは,一瞬で黒墨になったと聞いたわ。
当時,私は,彼と結婚したかったの。彼も私の気持ちはわかっていたと思う。でも,彼,言ったわ,もう少し待ってくれって。命を助けてくれた精霊様の約束を果たしてからにしてくれと。その約束の内容は言ってくれなかった。ただ,10年待ってくれって。そして今年が10年目なのよ。今,あなたを見て分かったわ。彼と精霊様との約束の内容が。
あなた,精霊様にここに連れてこられたのね。そして,今は途絶えた霊力の習得を実践しているのでしょう? 霊力って,あの魔水晶では,いっさい反応しないって,以前,彼から聞いたことがあるわ」
ナタリーは,ここで,ため息をついて,独り言のように言葉をつなげた。
ナタリー「でも,今の私の勝手な推測がほんとうかうそか,どうでもいいわ。私もそろそろ子どもが作れる限界の年齢だし,早く彼と一緒になりたいわ。あなた,早く一人前になって,弟子を卒業しなさい。そして,彼を精霊様との約束から解放してあげなさい。それが,今の私の願いだわ。
これでだいたいわかったでしょう?彼には,私という婚約者がいるの。あなた,若さとその美貌で,彼を誘惑してはだめよ。誘惑したら,私が承知しないわよ。でも,実際,あなたと戦ったら,精霊様の庇護のあるあなたには,私でも勝てないでしょうね」
ナタリーは,10年前の尊師との会話内容を思い出しながら言った。
ナタリー「精霊様は,霊力が現代魔法より優れていることを,証明したいって,言っていたようだけど,指輪をつけたあなたが私に勝っても,霊力が優れているという証拠にはならないわ。その古びた指輪を外したあなたと戦えば,,,いや,もうやめましょうか。独り言になってしまうわね。あなたも,精霊様に見込まれて,幸せなのか,不幸なのか? どうかしらね? あ,そうそう,彼は当時,何も言ってくれなかったけど,あなたにその指輪を渡した人は誰?どこかの王族だと思うけど?」
千雪は,ここまで,師匠のことを詳しく語ってくれたことに感謝した。魔王さまからは,内密にしてと,言われたけど,ブレスレットを見せてはいけないとはいわれていなかったので,無言でブレスレットした腕を彼女の前に示した。
彼女は,ブレスレットをしばく見て,一言言った。
ナタリー「あなた,このことは口止めされていたのでしょう?こんなこと聞いてほんとうに悪かったわね。このことは,私も口外しないから安心して。あなたは,まだ約束は破っていないから安心していいわよ。あなたに会えてよかったわ。じゃあ,もうここから出て行っていいわよ。尊師によろしくね」
千雪「はい,わかりました。ナタリーお姉さま,いろいろと教えていただいてありがとうございました。とても感謝しています」
千雪はそう言って,レストランの結界を超えて出て行った。そこには,かわいいネズミを撫でている師匠が待っていた。
ーーー
ナタリーは,次の難問を抱えていた。つまり,バロッサに無理やりではなく,できれば,微細起爆式魔法陣に,魔力を流したことを自ら自白してもらうのが一番スムーズな形だ。いい案が特に浮かばず,コーヒーをもう一杯注文した。
コーヒーを飲んでもいい案が浮かばず,結局『脅す』ことにした。死刑という言葉で脅して,自白を強要させるのだ。
魔法無力化拘束鎖で拘束されたバロッサが呼ばれた。千雪と同じように,傍聴防止の防音結界を張った。
ナタリー「さて,バロッサ。あなたは,微細起爆式魔法陣に魔力を注入した犯人の最有力容疑者です。このまま何も自白しないと,確実に有罪になって死刑は免れないわね。なにせ殺したのは大臣だからね。ふふふ」
ナタリーは,予定通り『死刑は免れない』と脅すことから話を始めた。
ナタリー「それに,サリーと初対面の時,なんか偶然を装った節があるわね。サリーをものにしようとでも思ったの?確かに美人だけど,ちょっと若すぎるわね。まだ15歳でしょう?私ね,サリーにとても興味を持っているの。だからね?バロッサ,サリーについて,そして,どうしてここに来たのかについて話てちょうだい。もちろん,自分の自己紹介からでもいいわよ。全部,ぜーーんぶ,話してちょうだい」
バロッサは,『死刑』という言葉を聞いて,自分がどのような状況に置かれているかを理解した。正直に話せば,疑惑は晴れると信じるしかなかった。
バロッサ「わかった。全部話すよ。俺は,この爆破事件とはまったく無関係だ」
ナタリー「あなた,アホじゃないの?自分の立場がわかっているの?犯人はいつもそういうのよ。誰があなたの言うことを信じるの?そんなばかなことを言うと,この場であんたを殺して,犯人自殺,とかでこの事件,終わらしてもいいのよ。どうするの?私にとっては,そのほうが楽できるから,それが一番なんだけど」
バロッサ「この拘束を少し緩めてくれ。この拘束がなくても,魔界No.1の実力者であるあんたには,到底勝てるわけないし,間違ってもあんたを殺そうなんて思わないよ」
ナタリー「そうね。拘束を解いてあげるわ。このコーヒーも飲んでいいわよ。あなたのこと,この町に来たこと,サリーと接触したこと,このレストランに来たこと,などなど,時間はたっぷりあるから,ゆっくりと語ってちょうだいね」
拘束を解かれたバロッサは,コーヒーを一口飲んで,自分の生い立ちから語り始めた。
バロッサ「ここから100kmほど離れた都市キャロットで俺は生まれた。現在,23歳。俺には3歳年下の弟,ジョセフがいる。いや,『いた』と言ったほうがいい。弟は気が弱く,よくいじめっ子にあっていた。俺は,弟を守るために強くならなきゃと思って,小さいころから,格闘技,特に剣術を一生懸命に学んだ。幸い魔力にも恵まれていたので,魔法の訓練もよくした。今では,S級の火炎魔法が扱えるまでになった。
両親は,近くの工場で働く工員で,あまり裕福な家庭ではなかったが,幸いなことに,両親の愛情に恵まれ,親子関係,兄弟関係はとてもよかった。
私は15歳から冒険者として仕事を始めた。そのころは,まだ初級の火炎魔法しか使えなかったが,剣技はかなりの腕前だった。
冒険者仲間に恵まれて,順調に実績を積み上げてきた。今では,都市キャロットの中でも,1,2位を争うくらいのパーティーになった。弟も私を見習って16歳から冒険者を始めた。弟は私と一緒に剣技も習ったが,あまり上達しなかった。でも訓練を怠けるということなく,真面目に鍛えた。魔法系統は雷で,上級レベルに達していたから,魔法の才能は私同様に恵まれていた。
1年前から,私のもとだと,甘えがでてしまうと思ったのか,弟は私から独立して,一人でこの町,ベラルーレに来て,冒険者を始めた。最近では,3名のパーティでリーダーを務めていたと聞いている。
その弟が死んだという報告が職業紹介所からあった。また,事件の加害者の可能性があるので,その死体も見せてくれなかった。しかも,被害者が,この町ベラルーレで尊敬を集めており,かつ魔界でも1,2位をあらそう魔法士である尊師のお弟子さんだ,というのだ。
この町の人たちの,加害者側の家族,つまり,私たち家族への対応は,大変冷たいものだった。しかも,お弟子さんへの性的な被害を加えた可能性があるというだけで,何の情報も開示してくれなかった。
私の両親は,ジョセフがそんなことはするはずがないと信じていた。両親は私に,この町に来て,ジョセフの死因と,お弟子さんに対してほんとうに被害を与えたのかどうかを調べてくれと依頼されたので,2週間ほど前からこの町ベラルーレに来た」
バロッサの話は,まだまだ続いた。
事件が起きた時の第一発見者である村人に,お金を渡して,現場状況を聞き出したこと,千雪に近づくため,偶然を装って顔見知りになったこと,そして,魔法陣の話をするから,今日の夕方,このレストランで待ち合わせの時間を午後8時にしたこと,千雪は約束の時間に30分も遅れたこと,などなど,すべての状況をつぶさに述べた。
ナタリーは,頻繁に,相槌を打って,時々,笑みを浮かべながら,特に,ブラック・ウルフ事件の現場状況を何度も詳しくバロッサから聞き出した。
ナタリー「あなたにとって,真相を知る,ということは,どれだけの価値があるの?もっと,具体的に言うわね。あなた,このままの状況では,たとえ無実でも確実に死刑よ。だって,あの魔法陣を起動させるには,上級魔法士以上でないと無理だし,このレストランでは,それに該当するのはあなただけ。誰がどう叫んだって無駄ね。
でも,もし,あなたが自分がやりましたと,自白すれば,そうね,せめて,死刑にはならないようにしてあげる。いや,相手を殺す意図でなく,善意でしたことにする。
例えば,大臣のために,走馬灯を映す魔法陣だと言われて,大臣のために善意でした行為だ,とでもいえば,そうね,3年か5年くらいの刑で,なんとかしてあげる。おまけに,かなり自由度の高い牢獄に入れてあげることもできるわ。ときどきは,外出だってできるでしょうね。どう?自白する気になった?私もここに来た以上,ある程度,辻褄を合わせないといけないのよ」
バロッサ「無実を主張して死刑,自白して3から5年の牢獄なら,後者を選ぶしかないが,どうも納得がいかない。さっき,ナタリーさんは,真相を知ることの価値を聞いたね。ナタリーさんには,ブラック・ウルフ事件,そして,今回の爆破事件の真相が,すべて解明できたのですか?」
バロッサは,一息ついて,きっぱりと,大きい声で言った。
バロッサ「もし,その真相を正直に話してくれるなら,俺はナタリーさんのいう自白をしよう。そして,爆破事件で,善意で魔力を注入したことを進んで認めよう。しかし,私は無実だ。なんとか,刑期を1年か2年に短縮してもらえないだろうか?」
ナタリー「あなたにとっては,ずいぶんと都合のいい話だわね。でも,刑期の短縮については,約束できないけど,努力するわ。魔力を注入するようにと指示した人は,生きずりの仮面をかぶった人で,カップルの祝福を祝う走馬灯を映し出す映像魔法陣であると説明を受けて,サプライズの祝いのために行ったことにすれば,裁判官の印象もよくなるでしょう」
バロッサ「じゃあ,さっそく,真相を解明しておくれ」
ナタリー「その前に,今からいうことは,絶対に内密にすること。そして,もうこれ以上,ブラック・ウルフ事件と今回の爆破事件については,いっさいかかわらないこと。サリーと尊師に関するいっさいの情報を伝えたり,紙などに記載したりしないこと。
すべてバロッサ,あなた一人の腹の中にしまうこと。爆破事件で自分が魔法を注入したことを自ら認めること。これらを,宣誓魔法陣で誓いなさい。これらに違反した場合,即座にその場で霧となって,魂ごと消えることを誓いなさい」
この『宣誓魔法陣』で誓う,ということは,非常に重い言葉だ。この宣誓魔法陣は,霊体に刻み込まれる。宣誓した内容に違反した場合,つまり,宣誓した人物が,その内容を破ったと認識した時に,この魔方陣は発動して,霊体を消滅させてしまうのだ。肉体の死よりも恐ろしいことになる。
だが,バロッサは,意外とあっさりと同意した。
ナタリーは,宣誓魔法陣を起動させ,バロッサに宣誓させた。そして,自分の推理を語りだした。その推理は,見事なまでに真実に差し迫ったものだった。
ーーー
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