第2話 仕事紹介所

 翌日の午後,千雪はさっそく仕事紹介所に顔を出した。


 千雪「あの,ここで,仕事の紹介を受けたいのですけど。初めてなので,どうすればいいですか?」

 受付嬢は,ニコッと笑って応対した。

 受付嬢「あら?あの有名な魔法士のお弟子さんね。ここ10年,姿見なかったけどね。あなた,あの魔法士の新しい愛人さんですか?」

 千雪は,おおよその意味は理解した。

 千雪「いいえ。愛人ではありません。私は師匠のお手伝いさんです」

 受付嬢「まあいいわ。まず,レベル測定ね。あなたの魔力量を測定するわね。この水晶玉に手をあててみて。数字がでてくるわ」

 千雪は言われた通り,手をあてた。すると,0の数字がでてきた。

 受付嬢「あら,魔力量ゼロなのね。まだ,魔力を引き出せていないのかしら。でも20以下はレベルEランクなので,そこから始めることになわるね。ペットの散歩,掃除,ネズミ駆除くらいかな。あなたは女性だから,ウェイトレスの仕事もあると思うわ。どこかのチームに入れてもらって,一緒に仕事する方法もあるけどね。でも,レベルEだと難しいわね」


 そういいつつ,手際よく登録証を準備してくれた。千雪は,年会費の銀貨3枚を払って,登録書を入手した。


 仕事募集の張り紙のところで,仕事を探していると,ロビーでたむろしていて,ひそひそと話していた男性3人連れのパーティの一人,ジョージが,千雪に話かけてきた。


 ジョージ「あなた,新人さんですね?一緒にチーム組まない?報酬は山分けでどう?」

 千雪は,そのパーティに女性がいないのに少々気になった。しかし,そこはためらってもしょうがない。師匠が一人でやっていけるいと判断したのだから,ここは,警戒しつつ,慎重に行動しよう。


 千雪「私は魔法使えないけど,いいですか? 体力は少しだけ自身があるくらいで,なにもできないです。それと,仕事の時間ですが,午後の2時から夜の10時までって決めているんです。それでもいいですか?」

 ジョージ「それでいいですよ。危険なことは,われわれがするので,見張りの仕事をしてくれればいいのです。今日の仕事は,ときどき家畜を襲うブラック・ウルフの討伐です。午後4時ごろから3時間くらいで終わる仕事だから,十分に余裕あると思うよ」


 3人組のリーダーはジョセフで,No.2がジョンだ。声をかけてきた男は,ジョージと名乗った。


 待ち合わせの場所は,村外れで森の入口だった。そこから森に入り,ブラック・ウルフの巣を探すことになる。普通,群れを成しているが,一匹だけ群れから外れて,この辺りで,たむろして,ときどき家畜を襲っているのだった。


 ブラック・ウルフは多少魔力をもっており,小動物を金縛りにして,動きを止める能力を持っていると聞かされた。ブラック・ウルフは犬の大型というイメージなので,群れでない限り,あまり脅威になることはない。


 また,このパーティメンバーの詳しい紹介も,このとき千雪に説明した。


 リーダーのジョセフは魔法はあまり得意でないけど,剣技が得意であること。ジョンは火炎魔法が得意であり,声をかけてきた男だ。ジョージは土魔法が得意とのことだった。


 千雪は自分のことを,師匠の食事など,身の回りの世話をするお手伝いさんで,午後はときどき時間ができるので,簡単な仕事を探しているという簡単な自己紹介をした。


 ジョセフが魔法に反応する羅針盤を取り出して,ブラック・ウルフがいると思われる方向をしめした。

 ジョセフ「ここから2キロくらいで,うろうろしているな。あなたは女性だから,この松明を持っていなさい。やつは火を恐れるので,それを持っていれば,襲われることはないから安心してください。サリーさん、ジョージそしてジョンが松明を持って,三箇所から追い詰めて、ブラック・ウルフを私の方に追い出すのが作戦だ。私一人だと,ブラック・ウルフも私に勝てると思って,攻撃してくるはずだからね」


 千雪は言われた通り,松明をもって,ゆっくりとほかの2人と歩調を合わせて,歩みをつめていった。ブラック・ウルフも,炎が3箇所から近づいてくるので,危険を感じたのか,徐々に後ずさりして,早足で逃げ去った。だが,逃げ去るその方向には,予定通り,ジョセフが待ち受けていた。ジョセフは武器を持っていなかった。


 ブラック・ウルフはジョセフが武器を持っていないことに安心したのか,金縛りの魔法を放し,そのままジョセフに襲いかかった。金縛りの魔法は,すでに対策済だ。その効果は,事前にジョセフの服に設置した解除魔法によって,打ち消された。ジョセフの両手から雷の塊を出現させて、ブラック・ウルフに向けて発射された。


 ピカーーーー!


 一瞬だった。ブラック・ウルフは,その電撃を受けてあっけなく即死した。


 実はジョセフが得意なのは,剣技ではなく電撃魔法だった。


 しばらくして,松明を持った3人がジョセフと合流した。彼らは作戦が成功したことを知った。すでに,ブラック・ウルフの頭部が切断されて,血抜き作業をしていたからだ。この頭部は,討伐成功の証として,仕事紹介所に持ち込まれることになる。


ーーー

 千雪は恐縮して言った。

 千雪「ほんとにうまくいくのですね。私,なにも役に立たなくてすいません。申し訳ないです」


 ジョージ「いやいや,サリーさん。松明での作業はたいしたものでしたよ。とても勇気ある行動でした。こんな人気のいないところで,女性一人だけでいるなんて,ほんとうに勇気ある行動です」

 

 千雪は,ちょっと嫌な予感を感じた。もしかしたら,彼らは,よからぬことを考えているか?


 ジョンも言葉を足した。

 ジョン「そうですよ。魔法の使えないような,か弱い女性が,こんな人気のいないところで一人でいるって,どうゆうことかわかるでしょう?」


 そういいながら,ジョンは,千雪の肩を軽く触った。


 千雪「あの,私に触るの,止めていただけませんか?」

 千雪は,ジョンの手を払いのけようとした。しかし,ジョンの手から小さな炎がでて,千雪の着ているジャージに着火した。


 千雪は,この着火を見ても,落ち着いていた。しかし,ここはか弱い女性を演じるほうがよいと判断した。


 千雪「キャー!」

 千雪は,慌てる素振りを示して,燃えてるジャージを脱ぎ捨てた。幸い,サラシや髪には引火しなかった。ここは,逃げるのが先決だと判断し,急いで逃げ出だそうとした。


 その時だった。足元の土が10cmほど急に隆起して,それにひかかって転んでしまった。


 千雪は『これが土魔法なのね』と内心感心した。それと同時に,千雪は,ここで覚悟を決めた。3人をゴキブリとみなすことに。全くためらうことなく,彼らの首をはねることを決意した。



 まだ,起き上がれない千雪に向かって,リーダーのジョセフは言った。

 ジョセフ「俺の得意なのは,実は剣技でなく,雷魔法なのだよ。その威力を調節すれば,サリーさん,あなたを気絶させることも容易だ。別に,あなたの命まで取ろうなんて思っていない。ちょっとだけ,気絶してもらうだけだからね」


 そう言って,威力をかなり抑えた電撃魔法を千雪に向かって放出された。まだ立ち上がれていない状態では,それを躱すことができなかった。電撃魔法は千雪の体にぶつかった。


 バババーー!


 だが,千雪は何事もなかったかのように,ゆっくりと体を起こし始めた。


 3人は,『え,なんで動けるの?』と不思議がった。


 ジョン「ボス,なにを威力の弱い電撃魔法を使っているんですか。ぜんぜん効いていないじゃないですか」

 ジョセフ「そ,っそうだな。あんまり強くすると,殺してしまうので,弱くしすぎたのかもな」


 今度は,人を殺せるレベルの電撃魔法を発射した。


 バババババババババーー!!!!


 千雪は,2発目の電撃魔法を食らった。しかし,何事もなかったかのように,彼女の立ち上がる動作を止めることはできなかった。


 ジョン「ボス!遊んでいないで,真面目にしてください!」

 ジョセフ「いや,2発目は,普通の人なら死んでしまうレベルだったぞ!」


 そんな会話を聞きながら,千雪は完全に立ち上がった。次の瞬間,脱兎のごとく,目にもとまらぬ速さで,手の平を鋼鉄の硬さに変えた手刀が,彼女の近くにいたジョンとジュージの首をはねた。


 シュパーー!シュパーー!


 2人の首は胴体から離れた。そして,コントロールを失った首無し胴体は,ゆっくりと地に倒れた。


 血しぶきは,千雪の体に全身を覆った。だが,千雪の皮膚に到達することなく,雨ガッパに雨水が垂れるが如く,きれいに地面に落ちていった。


 少し離れていたジョセフはその光景をみて,即座に全力で攻撃するしかないと悟った。


 彼は全魔力を両腕に集中させた。そのわずか1,2秒の間に,千雪は次のターゲットをジョセフに設定し,彼に向かって直線的に駆け出した。


 ジョセフの全力による電撃魔法の発射と千雪の首部への手刀攻撃はほぼ同時だった。


 ジョセフは,千雪が首を狙ってくるのはわかっていた。電撃発射と同時に首を水平に傾けて,千雪の右手からの手刀をギリギリ躱すのに成功した。


 48式を骨の髄まで体得している千雪には,次の左足からのキックでジョセフの首を飛ばすつもりだった。


 その刹那,上級レベルの魔法に達していたジョセフの全力の電撃威力は,一時的にS級,それもSS級にせまるレベルの電撃に達した!


バババババババババーーバババババババババーーバババババババババーー!!!!!!!!!!!!


ーーー

 その電撃は,千雪の体を直撃した。SS級に迫る電撃は強烈だった。千雪は,さすがにそれに耐えることができず,その場で意識を失った。


 千雪の手刀を躱すため,ジョセフは無理な体制で大きく水平に後方に飛んた。そのため,その体勢のまま転倒した。受け身も取ることもできなかった。かつ,自分の実力以上の魔力を放出したため,まったく体を動かす力もない。彼も,転倒による激痛と枯渇した魔力により,意識を失った。


 ーーー 10分が経過した。


 先に目覚めたのは,ジョセフだった。


 彼は,はいずるようにして体を起こした。千雪は,まだ気絶しているのがわかった。だが,彼女が目を覚ますと,自分は確実に殺されてしまう。彼女が目覚めないうちに,彼女の手を縛り付けなければならない。


 彼は必死で,なけなしの体力をふり絞り,四つん這いで,千雪のもとに歩みよった。


 周囲にロープのようなものはない。ふと,仰向けに気絶している千雪のサラシが目についた。彼はサラシをロープ代わりにすることを思いついた。


 千雪の体になるべく刺激を与えないように,やさしくサラシを外していった。その過程で,彼は千雪の美しい裸体を見た。


 彼は,美しい裸体だと思ったものの,今はゆっくりと鑑賞する時間はない。


 千雪に刺激を与えないように,サラシを使って彼女の両手首を合わせてしっかりと結ぶんだ。


 そこで,ジョセフはやっと少し安心して,その場で体を横にして呼吸を整え始めた。


 彼は,冷静になった頭で,千雪がなぜ女性一人で,われわれのチームに恐れることもなく参加したのかを考えた。彼は心の中で呟いた。


 ジョセフ『お前はこんなにも強かったんだな。だから,女性一人でも恐れることなく,俺たちのチームに入ってきたのか? お前が意識を取り戻す前に,両手を縛れてよかった。これで少しは時間を稼げる』


 この時,月が雲に隠れ始め,月明りだったのが,急に暗闇に近い状態になった。


 ジョセフは,この場で彼女を辱めることも考えた。でも,仲間の死体があるこんな状況では,とても性欲などあるはずもない。


 彼は,雨が降るのを恐れた。雨が降ると,千雪は確実に目を覚ますだろう。すぐにはサラシで縛った両手首の拘束は解けないと思うが,それでも時間の問題だ。彼女は,なんら躊躇わずに自分を殺すだろう。


 ならば,,,やられる前にやる!


 彼は,すぐに千雪を殺すことを決意した。すでに,小雨がパラパラと降り始めた。一刻の猶予もない。


 剣はブラック・ウルフのそばにころがっていた。ジョセフは這ってそこまで移動して剣を拾い上げて,千雪の元に戻ってきた。


 数秒ほど,千雪の気絶している美麗な顔と形の整った乳房を見た。

 

 ジョセフ「惜しいが,お前もここまでだ。さらばだ」


 そう言って,彼は剣を上段に構えた。彼は剣の重さを借りて,千雪の喉元に振り下ろそうとした。


ーーー

 その刹那,千雪の指輪から,雷光が一瞬放たれた。


 それと同時に,月を覆った雷雲から,雷撃が,剣をめがけてけて落下した。


 ピカーーーーーッ!!!

 ゴロゴロゴロゴローーー!!!


 一瞬の出来事だった。ジョセフは,黒焦げとなって,その場に倒れた。



 ーーー


 翌日,千雪は,大きな欠伸をあげて,自分のベッドから起きた。なんで,自分がここにいるのかわからなかった。彼女は自分の最後の記憶をひも解いた。


 『そうだ,ジョセフに手刀を浴びせようして,電撃を浴びたわ。電撃は防御できると思ったけど,予想を超えて電撃の威力が強かったみたい。でもなんで私は助かっているの?』

 

 のちに師匠に聞いたところ,事の顛末はこうだった。


 雷の後,雨が降り出した。犬の遠吠えが異様に多くなりだした。


 討伐を依頼した村人は,ブラック・ウルフの討伐に行ったパーティが,その森に入ったことを知っていた。異常事態を察知して,自衛団の隊員らを連れて,森を恐る恐る森の中に入った。

 

 すると,数匹の野犬が,ブラック・ウルフと二人の死体を食いちぎっている状況を目にした。しかも,そのそばには,手首の縛られた半裸の女性と黒焦げの死体があるではないか。


 自衛団の隊員は,野犬を退けさせ,急ぎ女性を助けた。その後,3名の死体は残っていた登録証から,ジョセフをリーダーとする冒険者パーティだと判明した。手足を縛られた半裸の女性は,ズボンのポケットからでてきた登録証から,そのパーティにその日から合流したサリー(千雪のこと)という新人だと判明し,師匠のもとに届けられた。


 彼らは状況から判断し,まず,4人でブラック・ウルフを撃退したあと,千雪を裸にして縛り上げたが,仲間割れして3人とも死亡したものと推定した。


 師匠はその話を聞いて,実際の状況とはかなり異なるのではないかと思ったが,師匠からは,以下のことを述べるだけだった。


 師匠「まだ,右も左も知らない弟子です。たまたま,自分の技量もわきまえずに,そのパーティに合流して,こんな目にあったのでしょう。自業自得です。今後は,私も十分にサリーを監督したいと思います。ただ,本人はすごいショックを受けています。どうか,今後は,この話題を持ち出して,本人を煩わすようなことはしないでいただきたい。よろしくお願いしたい」


 自衛団の団長は,至極もっともな意見だと思った。

 団長「尊師の言う通りです。ほんとうに,本人はショックだと思います。われわれもその点は十分に留意したいと思います。本人が早く精神的ショックから回復されるのを願っております」


 こうして,本件は解決をみた。


 千雪は,人を殺したことによるショックはさほどなかった。あの状況で,自分を殺人機械に変えるという行動が,すんなりとできることに驚いた。


 一方で,自分の防御能力がまだまだ不十分であることを痛感した。また,この経験でこの魔族の冒険者のレベルがどの程度のものかが,感覚で理解できるようになった。まだ一流の冒険者には会っていないが,なんとかく,そのレベルを予測することができる気がした。


 まずは,霊力による防御能力のアップだ。この霊力を鍛えることで,魔族の魔法にも十分に対抗できることを身をもって体験することができた。


 その日から,千雪の修行の仕方が,大きく変わった。今までは,師匠から言われたことだけを確実にこなすという姿勢だった。それが,その日を境に,師匠に自分の強化したい点を明確にして,その修行方法を師匠に提案して,師匠からアドバイスを受けるという姿勢に変わった。


 強化レベルは,少しずつレベルをあげていき,2か月後には,SS級魔法でも防御できるようにすることを目標設定にした。そのための訓練方法は,師匠からのアドバイスをベースに,自分なりの工夫を加えていった。


ーーー

 ブラック・ウルフ事件から1ヵ月後。魔界に来てから5ヵ月目。


 千雪は,48式を行うのに40秒,ほぼ10倍速が可能となった。千雪は,本来100mを17秒で走るのだが,それが,1.7秒で走れるということだ。


 霊力による防御能力については,単発的なSS級魔法攻撃なら,耐えられるようになってきた。また,古代魔法書の翻訳スピードが増していき,だんだんと,辞典を引く回数が減り,自分に有益と思われる個所がどこなのかが,選択できるようになってきた。頭では,すでに明確に何十種類もの魔法陣を描くことができるようになった。


 ただ,まだ,頭で描いた魔法陣に霊力を流して起動するかどうかは,試しておらず,その辺は,師匠からのゴーサインがでてからのお楽しみとした。


 ただ,魔法陣を暗記するだけで,なぜこのような魔法陣になるのか,その魔法陣の解析は,まだ手をつけていないが,とても興味のある分野だ。


 この頃から,霊力を匕首の形にして,それを持った状態で,48式の修練を開始した。自分が,だんだんと暗殺者になるのではないかと疑った。


 そろそろ,仕事紹介所にも顔を出したいと師匠に願いでたところ,すんなり許可が降りた。特になんら注意されることもなかった。自己防御能力がアップしたためなのかな?


 ブラック・ウルフ事件については,被害者が若い女性ということもあり,うわさを控えるように徹底された。この世界でも,その辺は女性にやさしい社会のようだ。久しぶりに仕事紹介所に顔を出し,受付のお姉さんに挨拶した。


 千雪「ご無沙汰していました。なんとか,傷も回復しましたので,また仕事探したいと思います。ほんとうに,いろいろとご迷惑をおかけしましたけど,今後ともよろしくお願いします」


 受付嬢「あら,もうよくなったの? 大変だったわね。今度は,一人でできる仕事をするか,または女性のパーティと組んで仕事するようにしましょうね。私も,いい仕事があったら,紹介するようにしますね」


 受付のお姉さんは,大変気を使って応対してくれた。


 千雪「はい,ありがとうございます」


 千雪は,掲示板の仕事内容をあさり始めた。


 Eランクでは,危険な仕事はまずない。女性にできる仕事といえば,料理助手,ウェイトレス,掃除,皿洗い,そんな程度だ。


 その千雪を遠目に見ている一人の男がいた。彼は,ここ数日,毎日この紹介所で,午後からずーっと机の片隅で,魔導書を読んで時間をつぶしていた。その彼が,千雪が紹介所に入ってきてから,ずーっと彼女に視線を追っていた。


 彼は,ジョセフの兄で,バロッサというS級火炎魔法と優れた剣技を扱う,Aランクの冒険者だ。


 普段は,この村よりももっと大きな町で,冒険者をしているのだが,弟が不審な死を遂げたため,隠密裏に事件の真相を探っていた。


 ただ,この村では,被害者のことを気遣って,あの事件のことは,誰も口にしなかった。バロッサは,やっと第1発見者の村人を見つけて,かなりのお金を渡して,やっと現場の状況を詳しく聞き出すことができた。


 ジョンとジョージの死因はまったく不明だが,首が離れていたこと。現場に行ったときは,野良犬でかなり死体が食い荒らされていたこと。そして何よりもおかしいのは,弟のジョセフが,あの上級雷撃魔法の使い手が,黒焦げ死体となっていることだ。


 被害者の千雪は,半裸で手首が縛られていて,気絶していたことから,少なくとも,千雪は犯人ではない。じゃあ,ほかの仲間の2名が犯人なのか?


 それも違う。確かに,ジョーンは火炎魔法を使う。しかし,その黒焦げ死体は,強い雷撃によるものだ。真犯人は別にいるとバロッサは確信している。それもS級レベル,いやSS級の魔法士だ!そんな魔法士は,この辺では,あの被害者の師匠くらいしか思いつかない。


 第一発見者の村人が,千雪を師匠のところに連れて行ったら,師匠は,ベッドから出てきた,という証言からも,師匠が当時,現場にいた可能性はまずない。


 そこで推理は止まったままだ。


 被害者の千雪とうまく接点をもち,当時の状況を聞き出すのが一番だと判断した。


ーーー

 千雪は清掃の仕事の張り紙を取り外し,受付に渡した。

 千雪「あの,この清掃の仕事をお願いします。一人でできる仕事ですし,時間帯も,午4時から3時間程度でいいので,ちょうどいいかなと思って」


 受付嬢「そうね。最初から,このような仕事を選ぶべきだったのかもしれませんね」

 受付のお姉さんは笑顔で答えた。


 精霊の指輪に殺されたジョセフの兄,バロッサは,事前に撮っておいた掲示板の写真と照らし合わせて,千雨がどの仕事を選んだかをすぐに特定した。先回りして,その仕事を先に確保するためだ。


 バロッサは,一足先に,A工場の掃除の仕事を確保した。そして,工場の清掃管理人にある依頼をした。


 バロッサ「もしほかの人がこの仕事をしたい,と言ってきたら,私に一声かけるように言ってください。場合によって,その方に仕事を譲ってもいいので」


 彼は,そう言って,仕事開始時間の午後4時よりも1時間も早く掃除の仕事を始めた。


 午後4時の20分前に,掃除管理人から声がかかった。さっそく管理人室に行ってみると,あの千雪がそこにいた。


 管理人「彼女が清掃の仕事をしたいと言っているのだが,ちょうど,先約で君を雇ってしまったし,,,」


 バロッサ「私は小さいころから女性にはやさしくするように母親に言わていました。実は,ちょうど,ほかの約束があるのを忘れていました。ちょうどよかったです。管理人さん,この仕事,この方に譲ってください。お願いします。私は,別の約束があるの忘れていました。申し訳ありませんでした」


 管理人「そうですか?では,この仕事をこのお嬢さんに譲りますね」


 千雪は,バロッサに向かっていった。


 千雪「あの,ほんとうにすいません。お仕事を奪うような形になってしまって」

 バロッサ「いえいえ,ほんとうにちょうどあなたが来てくださってよかった。ついさっき,先約のあることを思い出しまして,私のほうこそ,大変助かりました」


 バロッサはそう言って,笑顔で軽くお辞儀をして,その場を去った。


 バロッサは,『初対面の時は,これくらいそっけないほうがいい。それに,あの仕事は単発の仕事なので,また,何度も彼女は紹介所に足を運ぶはず。再会のチャンスはいくらでもあるはず』と独り言をいいつつ,自分の泊っている旅館に戻った。


 それから3日後の午後,千雪はまた紹介所に足を運んだ。

 

 紹介所のロビーの片隅で,1人の青年が,魔法書を読んでした。千雪は,その青年があの仕事を譲ってくれた青年だとすぐにわかった。


 千雪は彼のもとにゆき,挨拶した。

 千雪「あのすいません,先日,わたくしに仕事を譲ってくれた方ではありませんか?」

 バロッサ「あ,あの時のお嬢さんでしたか。また,仕事をさがしているのですか?」

 千雪「はい,時々,午後になると時間ができるので,短時間でできる仕事を探しにくるのです」

 バロッサ「そうなんですか。私もたまたま今日は,暇でときどきここで仕事を探しにきたんです。ちょっと探す前に,気になる魔法の記述があって,この片隅で,魔法書を読んで時間を忘れてしまていました」

 千雪「まあ,魔法がお出来になるのですか? うらやましいです。わたしなんか,ここで登録するとき,魔力をはかったら,魔力ゼロって言われて,落ち込んじゃいました。でも魔法陣にはとても興味があります。だって,とても美しい形状していますでしょう。見ているだけでうっとりしていまいます」


 バロッサ「魔法陣の美しさに興味があるのですか。それは奇遇ですね。私も小さいころから魔法陣のその美しい模様に心を奪われてしまい,それからいろいろと研究しているんですよ」

 千雪「そうなんですか?今度,一度,魔法陣について,教えていただけませんか? 私なんか,魔法陣って,そもそもなんなのかもわからないのですけど,その美しさには,何か秘密があるような気がするんです。その秘密がもし少しでもわかるととてもうれしいです」


 バロッサ「それはそれは。秘密が何かは,私にも分かりませんが,魔法陣に関わる面白い話なら,いろいろ知っています。もし,よろしければ,今日のお仕事が終わったあとでも,ご一緒に,食事しながら,魔法陣についてお話するのはどうですか?」


 千雪「えーー!!うれしいです。ぜひ,そうさせてくだい。では,先に,お仕事すぐにみつけてきますね。何時に仕事終わるか,すぐに連絡しますから,あの,ちょっと,ここで待っていただけますか?」


 バロッサ「そんなにあせらくてもいいですよ。落ち着いて仕事探してください。私は魔導書を読んでいますから」


 そして,バロッサはうまい具合に,千雪と夕方8時にこの紹介所の向かい側にあるレストランで食事をとる約束をした。


 ーーー


 バロッサは,その後,いったん旅館にもどり,千雪の感心を買うため,魔法陣について復習した。バロッサは,別に魔法陣に詳しいわけではない。S級火炎魔法を扱うのに,特にわざわざ面倒くさい魔法陣を構築する必要はまったくなかったからだ。


 バロッサはこの会食で彼女の感心をいかに買うことができるかが,勝負だと感じた。今後,もっと親しくなれるのか,または,簡単な挨拶でだけで終わり,疎遠になってしまうのかの大事な分かれ道だ。万全の準備をしなくてはならない。


 バロッサのパーティ仲間で魔法陣を得意とする者に,魔法石による通信機能を使って,魔法陣の面白いエピソードなどをいくつか聞きだした。さらに,村にある私設図書館に行って,魔法陣の書籍を閲覧して,話のネタになりそうな面白そうな部分をメモ書きしていった。


 バロッサは自問自答した。『これで,なんとかなるか?魔法陣の話をしながら,自分の得意分野である火炎魔法に話を振っていこうか?それとも,剣技についても話していこうか?』


 バロッサは,女性と話しをするのは別に苦手というわけではない。でも,このようにある目的をもって親しくなるという経験はしたことがない。


 バロッサの千雪に対する印象は,あんな事件があった後なのに,男性に対して,さほど警戒心を持っておらず,どちらかというと無防備状態と言ってもいいほどだ。ブラック・ウルフ事件の後遺症はまったく受けていないように見えた。


 千雪との会話があまりスムーズにいかなかった場合,食事のうまさでなんとかごまかそうか,などなど,バロッサは頭の中で,食事会の会話シミュレーションを何度も何度も繰り返した。


 バロッサは,レストランに約束の時間の30分前に席についた。コーヒーを注文して,その間,魔法陣の面白話の小ネタをレビューして,再度,頭の中に叩き込んだ。こんなに暗記に集中したのは生まれて初めてだった。



 千雪は,約束の時間から30分も遅れて姿を現した。


 千雪「ごめんなさい。ちょっと遅れてしまって」


 バロッサは,内心,約束をすっぽかされたか,と何度も気が気でなかったが,そんなことはお首にも出さなかった。

 

 バロッサ「いえいえ,コーヒーのみながら,魔導書を読んでいましたので,充実した時間をすごしていましたよ」


 千雪「そうならよかったですけど。ほんとうに,すいません。走ってきたのですけど,それでもこんなに遅れでしまいました」

 バロッサ「まずは,料理を注文しましょう。どうぞ,好きなものを選んでください。今日は,わたくしのおごりですから,遠慮なく注文なさってください」

 千雪「えー?それは申し訳ないですよ。遅刻までして,おまけにおごってもらうなんて,ほんとうに申し訳ないです。でも,でも,ほんとうにいいんですか?」

 

 バロッサは,ニコニコして言った。

 バロッサ「そうですよ。あなたのように,ほんとうに若くて美しい天女のような方とご一緒させていただけるのですから,当然のことですよ」

 千雪「うそでも,そういわれるとうれしいです。なんか,もう何人も女性の方を泣かしていらっしゃるんじゃありませんか?」

 バロッサ「ハ,ハ,ハッ。そんなことは全然ありませんよ。さきほどのセリフは,千雪さんにしか似合いませんよ。まあ,その話はおいといて,まずは料理を注文しましょう」

 千雪「あの,ここの料理,よくわかりませんので,バロッサさんが代わりに注文していただけますか。わたくし,特に,好き嫌いはありまんので」


 バロッサは値段がそこそこ安く,見栄えがよい料理をいくつか選んだ。千雪はアルコールが飲めないので,ミルクティーを注文した。


 千雪「バロッサさん,ふふふ。あの約束,覚えていますか?」


 千雪は,最高の笑みを浮かべてほほえんだ。ソバカスがなければ,ほんとに,絶世の美女といってもいいのだが,ソバカスと,その周囲の不要な赤い点が邪魔をして,美しさを半減させていた。そのため,前髪を目にかかるくらいにして,修練の時以外には,オデコを隠していた。


 バロッサ「魔法陣のことですね?そう,何から話そうかな?最初に,ちょっと変わった使い方をがあるのを紹介してみましょうか?」

 千雪「ええ,魔法陣のことならなんでもいいですわ。ぜひぜひ,お話をきかせてくだい。もう,魔法陣のことで,今日の仕事はぜんぜん身がはいりませんでしたわ?」


 バロッサは,これまで集めた魔法陣の面白い話の中から,特に興味を引く話を最初に持ってきた。


 バロッサ「人には,魂ってあるの,知っていますか? 魂と肉体は別ものなんですよ。魂は,捕まえることも,できなないし,そもそも見ることもできないんです。だけど,この世の中には,その魂を捕獲し,かつ見えるようにできる魔法陣があるですよ」


 千雪「えーーー!!うっそーー!!ほんとですか??信じられないー-??」


 千雪は,何も知らない女の子のふりをして,オーバーぎみにリアクションをした。


 バロッサ「実は,私も実際にその魔法陣を見たことはないのですけど,その魔法陣は,間違いなく存在します。よく考えると,骸骨を魔法陣で動かすネクロマンサーなんかは,その魔法陣を基礎にして,開発したらしいんです」


 千雪「ネクロマンサー? 死霊魔術師のことですか? そうなんですね。そう言われたら,存在してもおかしくないですね」


 バロッサ「ちょっと前までは,魔法中央研究所の魔法陣基礎研究部門では,魔法陣を駆使して,死者を完全に生き返らせる研究をしていたらしいんです。魂を肉体に固定させる魔法陣,止まった心臓を継続的に動かす魔法陣,肺活筋を動かす魔法陣など,百種類以上もの魔法陣を組み合わせて,死者をよみがえらせる研究を行っていたらしい。結局,どこかで歯車が合わずに破綻したという噂は聞いたことがあります。不死不老は,どこの国でも,どこの時代でも永遠のテーマだからね」


 千雪は,目をかがやせて,聞き入っていた。


 ーーー

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