第41話 【番外編】あるゲーム制作者の愚痴(※別キャラ視点)

 生存者の救出を終えたミナセ達は、ダイチの発見した『空間の裂け目』に向かっていた。


 ホムラはミナセの体調を鑑みて明日にすることを提案したが、ダイチは「一人でも探索する!」と、言い張った。


「なんかさぁ、今あそこに行かねぇと駄目な気がするんだよなー」


 ダイチは勘が鋭い。

 それに真堂ヒカルの肉体を復活させて以来、何かが壊れる音があちこちで何度も響いている。


「神の復活が解かれた今、世界は間もなく崩壊するだろう」

「うへぇ、どっかに安全な場所はねぇのかな」

「お前が見つけた空間の裂け目が一番安全な可能性がある」

「んじゃ三人……と、二匹で行こうぜ!」


 ダイチはファイアーウルフとミナセの子犬に視線をやった。


 ミナセは渋っていた。


「みんなを放っておけないよ」


 助けた生存者達を気にしていた。


「おれらが側にいても全員は守れねぇじゃん。ミナは怪我を治してやったんだし、あとは自分たちで何とかできるだろ」


 ダイチは冷たいことを言っているように聞こえるが、現実的な発言であるとミナセも理解していた。


「それより『ダンジョン』にワンチャンかけようぜ!」

「……うん」


 地下に降り、水槽の並んでいるエリアに向かった。

 ダイチが持って来たピンクのリュックサックの中に非常食と水はたっぷり入れてある。


「探検ってワクワクするなぁ!」


 絶望的な状況のはずなのにダイチは明るかった。

 ミナセは親友のこういう切り替えの早い部分を尊敬している。

 祈りの間で魔物が復活した際も、驚いて動けなくなった自分と違ってダイチはすぐに状況に適応していた。


「ミナは無理すんなよー。魔物が出たらおれと狩人で何とかしてやるからな。な? 狩人」

「ああ」

「二人のおかげで元気になったから、僕も戦えるよ!」

「王侍しか回復のマギアが使えない。温存してくれ」

「そーそ、こーゆー時は木材関所って奴な!」


 適材適所って言いたかったのだろう。


「ありがとう、ダイチ、狩人君」


 再び何かが壊れる音が響いた。今までで一番大きい。


 ミナセは宗護しゅうごのことが心配になった。

 ヒカルと共にデバックルームに向かった彼は無事だろうか。

 自分の与えたリジェネは役に立っただろうか。

 子犬の魔成獣はミナセの不安を察し、足元に纏わりついた。


 ダイチは不服そうな表情をしている。


「あいつのこと考えてんのか?」


 ダイチは勘が鋭く、幼馴染のミナセのことはとりわけよくわかる。


「あんな奴気にかけることねーのに」


 ダイチは唇を尖らせながらミナセの腕に抱き着いた。


「おれ達のこと騙して、ミナのこと傷つけた。あいつ、ぜってぇ許さねぇー!」


 口ではそう言っているが、ダイチが単純に宗護のことを嫌っているわけではないのはミナセにはわかった。

 ダイチは宗護を羨ましいとも思っている。ひとりで幸せになれる彼が。


 自分たちはひとりでは幸せになれないように「創られている」。

 恋愛ゲームのキャラクターとして、主人公に選ばれて愛を貰わないと満たされないようにできている。

 宗護の説明と、説明から想像するに、こういうことだった。


 この世界を変えようとしたミヤの気持ちも理解できる。

 主要キャラクターとして生まれた自分でさえ、与えられた役割に満足しているわけじゃない。


「宗護君は石だから」

「はぁ? 何それ」

「淀んだ池に投げられた石。止まった水を動かしてくれるんだよ」


 この世界は何度も同じ時を繰り返し、同じような結末――宗護いわくどれもろくでもないエンディングだそうだ――ばかり迎えて来た。

 異物である彼は、良くも悪くもこの世界と自分たちを変えるだろう。既に彼が来たことにより変わっている。


 ホムラにはミナセの言いたいことが伝わったらしい。

 宗護がどこまで彼に説明したのかはわからないが、ホムラが事情を知っていることはわかった。


 ダイチはよくわかっていない様子だ。


「……なんかおれ、やっぱ蚊帳の外な気がする」


 そう言って頬を膨らませた。


 ダイチは自分たちがゲーム世界のキャラクターだと知らない。

 ミナセがそのことは黙っていてくれと宗護に頼んだからだ。

 親友が傷つく姿は見たくなかった。ダイチは心が傷つくと、いつも体を傷つける。


 水槽の並んでいるエリアに到着した。破壊された水槽を見ながらダイチは言った。


「さっきも思ったけどさー、ここの水槽なんで割れてるんだろうなー」

「ま、魔物が来て壊しちゃったんだよ!」


 ミナセは自分が破壊したことを誤魔化した。

 あの時は魔物が突然現れたこと、好きな女の子を傷つけてしまったこと、自分もこの世界もすべて作り物だと聞かされたショックで心が不安定になっていた。

 随分落ち着いた今、思い出すと少し恥ずかしい。


 ホムラは空間の裂け目に視線をやった。


「これか」

「おう! これがダンジョンだ!」


 ホムラは空間の裂け目に近づき、何かを確かめた。


「……神の妹君のマギアを感じない」


 ミナセも空間の裂け目に近づいた。ホムラの言うように、ここからは闇のマギアは感じなかった。

 そもそもマギアを感じない。


「ここ、ミヤちゃんが作ったんじゃないのかな?」


 不思議と懐かしいような気配もする。


「いいから入ってみようぜ!」


 ダイチはずんずんと空間の裂け目の中に入って行った。


「待って、ひとりじゃ危ないよ!」


 ミナセが慌てて追いかけ、子犬の魔成獣とホムラ、ファイアーウルフが続いた。

 全員が空間の裂け目に入った途端、入り口は閉ざされた。


「えぇっ……! ど、どうしよ……」


 気づいたミナセは不安な気持ちになった。


「なんかやばかったかも! 二人とも悪い!」

「……起きたことは仕方がない」

「んー、そーだよなぁ。取り合えず探索してみるかー!」

「ああ」


 ミナセは閉じてしまった入口に未練を感じたが、再び開くことは無さそうだったので前に進むことにした。


 空間の裂け目の向こうには、真っ白な世界が広がっていた。

 地下室のリノリウムの床とも違う材質の床と壁だ。

 不思議なのはところどころに「欠け」があることだった。

 床と壁にぽっかりと穴が開いているように見える。

 作りかけの世界という単語が思い浮かぶ。


 ミナセが以前水槽の並んでいるエリアに来た時は空間の裂け目などなかった。

 何らかのきっかけでこの場所は生まれたのだろう。あるいは、隠されていたこの場所が露出したのだろう。


 これも宗護が原因だろうか。


 ダイチはこの中にお宝を期待していたようだが、そういうものは無さそうだ。

 危惧していた強い魔物との遭遇も無さそうなので安堵した。


「もしかしてここ、何もねぇのかな?」


 数十分歩いたが何も見つからず、ダイチはすでに飽きている。けれど入り口が閉じてしまった以上、進むしかない。


 やがて行き止まりにたどり着いた。


「やっぱり何もねーじゃん!」

「少し調べてみようよ」


 ミナセの提案にホムラは従った。

 ダイチも他にやりようがないので辺りを調べ始めた。


 突き当りの壁も、ここに来るまでに散々見た床や壁と同じ材質だったが、一ヵ所だけ違和感を覚える部分がある。

 ミナセはその部分を観察した。ここだけ材質が少し異なるようだ。


「ねぇ、二人とも。ここ何か変じゃない?」


 ダイチとホムラはミナセの指差した場所を見た。


「あー、確かにそうだよなぁ」


 ダイチはまったく躊躇せず、その場所に触れた。


「うわっ、何だ?!」


 地面が揺れた。そう認識した途端、床がゆっくりと下降し始めた。


 子犬の魔成獣は怯え、ミナセにしがみ付いて震えている。

 ミナセは魔成獣を抱きかかえた。自分も怖かったが、怖がっていては子犬に不安を与えるだろう。

 行き止まりに居ても仕方なかった以上、別の道に行けそうな方がいい。と、自分に言い聞かせる。


 がこんと激しい音がして、床の下降が止まった。


 目の前には、四方が黒い小さな部屋がある。

 前方の壁には映画館みたいな巨大なスクリーンが飾ってあった。

 その下に黒いテーブルがあって、書き置きと、何かのスイッチが置かれていた。


 ホムラは書き置きを手に取った。


「なんて書いてあるの?」


 そう尋ねるミナセに向かい、ホムラは読み上げた。


「『隠し要素を解放したければ、スイッチを押せ』」

「隠し要素って、何だよー。なぁ、わかるかミナ」

「多分、世界の何かを変えるものだと思う」


 具体的には、スイッチを押すまでわからない。


「どうする」


 問いかけたホムラに、ダイチは迷うようにミナセに視線をやった。


「おれのせいでお前ら閉じ込めちまったし、変な場所に来たし、おれ何もしねぇ方がいいかも……」


 弱気な発言だ。ダイチなりに反省しているらしい。


「押してみようか。何が起きるかわからないけど、このままじゃ何処にも行けないしね」


 二人に異論はなかった。


 ミナセがスイッチを押すと、前方のスクリーンが反応した。文字が浮かび上がった。


『ここに辿り着いたプレイヤーがいたことを嬉しく思います。貴方にはこっそりと伝えますが、私はこのゲームの発表に反対でした』


 ゲームという単語に、ダイチは眉を寄せてミナセの方を見た。

 ホムラは特に反応せずスクリーンを見つめたままだ。


『作りたかったストーリーや描きたかったキャラクターを捻じ曲げることになってしまった。商業作品として発表する以上、売り上げは大切です。これは完全に私の我がまま。だけど一人のクリエイターとして、悔しい思いでいっぱいです』


 スクリーンは感情的な文章を、無機質なフォントで映し出し続ける。


『んっとに悔しいっっ!! むっきぃぃぃ!! 私達の作ったキャラクターは、あの子たちは本当はあんなに弱い子たちじゃなかった。なんだよ、ヤンデレって。クソが。しかも話題性作りのためにろくでもないエンディングばかり用意させられたしよー。あー、クソクソ。マージ―デー資本主義はクソっ。あんなもん全部本当のエンディングじゃねぇから!! そんなにバズりたいのかよ!!!』


 しばらく目も当てられない罵詈雑言が続いた。


「な、なぁ……なにこれ?」


 ダイチはおずおずとミナセに尋ねたが、ミナセにもわかるはずはない。

 だけど宗護の話から察するに、これはこの世界と自分たちを作った存在――神?――の愚痴だろう。


『こんなんどこにも書けないからさ、見つけてくれたプレイヤー、マジあんがと。これほんのお礼』


 文字が切り替わる。


『隠し要素が解放されました』


 ずれていた世界が元に戻るような、不思議な感覚を覚えた。そして、これまで心を覆っていた重たい物が剥がれて行く感覚。


 だが次の瞬間、体がどこかに引っ張らそうになった。ダイチとホムラも同じらしい。


 この感覚には覚えがある。何千回……何万回と繰り返したような気がする。


「……王侍、咲衣。新しい『時間』が始まる」


 ミナセはホムラの言葉に頷いた。


「狩人、何のことだよ。なぁ、これやばい奴?」

「大丈夫だよダイチ。次の『時間』でもまたみんな一緒だから」


 意識が薄れて行く。

 これまでの記憶も全部忘れてしまうんだろうか。みんなでまた遊びに行きたいと思ったことも、宗護の世界に行ってみたいと思ったことも。


 自分たちはそういう風に「創られている」から。


 創造物は結局、自分たちを創った存在の意のままなんだろうか。


「悔しいなぁ」


 ミナセは思わず呟いた。


 スクリーンに写っていた文字が切り替わった。


『私達の子ども達、幸せに生きてくれ。どうか、自由に……』

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