第40話 ノーマルエンド『変わらぬ犠牲』

 ミヤのいる居場所にボク達を案内しながら、陽彩ひいろちゃんは語り始めた。


「このゲームを始めたのは、周りの友達がみんなやってたからなの。流行について行けないと友達と会話できなくなっちゃうしね」


 陽彩ちゃんは困ったように笑った。


「でも恋愛ゲームなんて全然興味なかったし、面白くなかったんだ。……あの子を見つけるまでは」


 真堂ミヤのことは原作でもメシア博物館に行けば少しだけ話が聞ける。

 ヒカルの顔見せイベントの一枚絵スチルでは小さいけれど全身絵を見ることもできる。


「ミヤちゃんはゲームだと何も喋らないけど、ずっと気になってた。すごい力を持ってたみたいだけど、幸せだったのかな? とか、自己犠牲を選んで本当に満足してたのかな? とか、色々考察してたの」


 陽彩ちゃんは家族のために義理の兄から性的な目で見られていることを我慢していた。

 学校でも、友達との会話はいつも相手を優先している。

 自己犠牲的なところがある子だから、ミヤに共感したんだろうか。


「ミヤちゃんを救えるルートが無いか探して、何週もくり返したの。でも見つからなかった。当たり前だよね、乙女ゲームだし、ミヤちゃんはモブの女の子キャラだし」


 与えられた役割キャラクター運命シナリオを生きるしかないのは、ゲームキャラも現実の人間ボクたちも同じかもしれない。


「……だけどそういうキャラクターだからこそ……彼女が救われたら私も、頑張って生きようと思えるんだ」


 ミヤは自らの役割を呪い、運命を変えようとした。やり方はともかく気持ちは理解できる。

 ボクたちだって運命を変えたいと思っているんだから。



 永遠に続くかと思われた暗闇の先に、ぼんやりと扉が浮かび上がった。


「ここがミヤちゃんの部屋」


 陽彩ちゃんがドアノブを回すと静かに扉は開いた。


 ボクたちはミヤに気づかれないように、そっと彼女の自室のカーペットを踏んだ。

 ミヤの部屋は以前見たのと同じ状態だった。相変わらず置かれている調度品は高そうだ。


 陽彩ちゃんは部屋の真ん中にある天蓋付きベッドに向かって行った。

 ミヤの名前を呼びながら、眠っている彼女の頭を撫でようとした。ミヤに触れると人間は壊れると聞く。


「陽彩ちゃん、そんなことしたら体が……」


 心配したものの、陽彩ちゃんは何ともないみたいだった。


【内藤宗護さん。セカイのマギアは、すべての属性のマギアを無効にする力があるのよ】


 なるほど、それでか。

 ミヤはヒカル以外の人間と触れ合えないことを嘆いていた。だとすれば、セカイに入った陽彩ちゃんは彼女の救いになったことだろう。


 再び陽彩ちゃんがミヤの名前を呼ぶと、ベッドに横たわる彼女は反応を見せた。


「ん……陽彩、ちゃん」


 ミヤが目覚め、ゆっくりと起き上がった。


「……どうして兄さまと、あの子と一緒にいるの?」


 不安そうな顔で陽彩ちゃんをミヤは見つめた。


「陽彩ちゃんも私のことが嫌になっちゃったんだ」

「違うわ! ミヤちゃんを助けに来たのよ」

「助けなんていらない。陽彩ちゃんがいて、この世界を壊して、私はもう十分に幸せだったんだよ」


 陽彩ちゃんは言いづらそうに、口を開いた。


「私はこのままゲームの中にいたら死んじゃうんだって。ずっとミヤちゃんの側にはいられないの」

「それ、本当?」


 陽彩ちゃんは重々しく頷いた。

 ミヤは己の運命を呪うような顔をする。

 彼女はずっとこんな表情をして生きて来たのだろう。


「……いつもそうだ。今度こそ、やっと幸せになれると思ったのに」

 こうやって自分の運命を呪い続けて来たんだろう。


 ミヤは立ち上がり、窓の方に歩を進めた。陽彩ちゃんは彼女を追いかけようとした。


「来ないで!」


 ミヤは鋭く言い放ち、窓を開け放った。窓の向こうにはまた暗闇ばかりが広がっている。


「この世界を全部壊すから、陽彩ちゃんは元の世界に帰って」

「そんなことしたらミヤちゃんまで消えちゃうじゃない」

「……いいんだよ、もう。諦めたから」


 ボクはミヤに苛ついていた。過去の自分を見ているようだ。

 与えられた環境と運命に流されるまま、命を投げ捨てようとしていたあの頃の自分。


「まだ諦めるな、ミヤ。お前は諦めていいほどやり切ってない」


 ボクの発言にミヤは振り返り、不愉快そうな表情を浮かべる。


「私は頑張ったよ。みんなのために魔物をやっつけて、だけどこの世界は私を犠牲にしただけだ」

「世界に復讐するために今度は壊そうっていうんだな」

「そうだよ」

「……お前はそれを、心の底からやりたかったのか?」


 ボクはミヤに近づいた。彼女は怯えた顔になり、一歩後退した。


「やりたかったよ。誰かを壊すしかできなかったけど、魔物を倒せばみんな喜んでくれた。私の力で世界の安寧が保たれるのも嬉しかったよ」

「それはお前じゃない誰かの望みだろ」


 ミヤの金色の瞳は迷いに揺れている。


「お前が心から望んだことで、お前は『犠牲』になんかならない」


 望みを叶えるためならば、それは幸福な献身になる。


「……だって役に立たないと、みんな愛してくれなかったんだもん」

「陽彩ちゃんはお前を愛していた。他にもいただろう。存在するだけでお前を愛してくれた奴ら。お前が見えてなかっただけで」


 ミヤはちらりとヒカルに一瞥をくれ、床に視線を落とした。

 クラシカルメイド服を着た、暫定ミヤのお世話係だってミヤの身を案じていた。


「お前が身を削らないと愛してくれない奴らなんか、どうでもいいんだよ」


 ボクはお前が羨ましいよ。陽彩ちゃんに愛されているんだから。


「本当に大切なのは……身を削ってでも構わない程愛した人間だ」


 ボクは誰かに説教できるほど立派な人間じゃない。

 だけどミヤの好感度を上げる「正解」の選択肢がわからない以上、心からミヤを思って言葉を放つしかできない。


「見返りなんて求めずに心から誰かを愛したら、幸せになれるとボクは思う」

「……今さらそんなこと言われても遅いよ」


 ミヤは窓の外に向かって詠唱した。暗闇がすぅっと消えて行く。


「見てみなよ」


 薄い膜を通してボクは見たのは、ほとんど壊された『ヤミマギ』の世界だ。

 マギア・アカデミーやメシア博物館も大変なことになっていたが、その他の場所も酷い有様だった。


「こんなにも世界を壊したんだよ。ひともいっぱい殺した。たくさん『犠牲』にしたんだから、私はもう幸せになっちゃ駄目なんだよ」


 そんな風に考える真堂ミヤは心からの悪人じゃない。


「そもそも俺とお前が犠牲にならなければ、この世界は終わっていた。今いる奴らも全員生まれて来なかっただろうな」

「だから殺してもいいって?」


 ヒカルの慰めの言葉にミヤは納得していないようだった。

 ミヤは元々RPGの主人公として作られた。本来は勇者気質なのだろう。


「私と兄さまが『犠牲』にならないと現代がなかったなら、やっぱりこういう運命しかなかったんだろうね」


 ミヤはこちらに振り返り、唇の両端を上げた。

 ボクはこういう笑顔をよく見ていた。

 陽彩ちゃんがよくしていたもので、かつて母さんがしていたもの。無理矢理作った笑顔。


 この顔は嫌いだ。


「プレイヤー。貴方と陽彩ちゃんを元の世界に返すね」

「いきなりどうしたんだよ」


 ボクの問いかけにミヤは「プレイヤーの言ったこと、ちょっとわかったんだ」と、返した。


「プレイヤーが陽彩ちゃんのことを大好きなことも、わかった。私も陽彩ちゃんのこと大好きだから、幸せになって欲しいんだよ」


 そう言いたかったんでしょ? と、ミヤは言った。


「この世界を元に戻す方法はあるよ。そうだよね、兄さま」


 ヒカルは頷き答える。


「『最初から始める』だ。攻略対象キャラクターの記憶は無くなるが、すべて元に戻る。だが……」


 ヒカルはミヤに視線をやった。


「何もかも元通りのままだ。お前はそれでいいのか?」


 ヒカルの言葉にミヤは頷いた。


「いいも何も、それしか選択肢がないでしょ」


 ボクが呼ぶと、ミヤは反応した。


「それはお前が本当にやりたいことなのか?」

「陽彩ちゃんには幸せになって貰いたいし、世界やひとを『犠牲』にしたのも本当は後悔してる。前より世界の『犠牲』になることを納得できるよ」


 奥歯にものが引っかかっている気分だ。


 思考するボクの耳に、何かが壊れる音が遠くから――窓の向こう側から響いた。


「兄さまの肉体を復活させたでしょう。この世界を守る結界が全部なくなったから、私が何もしなくても世界は魔物に滅ぼされるよ。プレイヤーと陽彩ちゃんが帰れなくなっちゃう」

「ミヤちゃん、私……永遠には一緒にいられないけど、死ぬまでの間だったら一緒にいられる」


 陽彩ちゃんがミヤに訴えかける。


「陽彩ちゃんには長生きして欲しいな。……それで何度もゲームで遊んで、私に会いに来て。ゲームだとセリフはないけど……陽彩ちゃんが遊んでくれるのは嬉しいから」


 再び何かが壊れる音が響く。


【プレイヤーさん。中途半端な感じになったけれど、これまでありがとう】


 マモリが珍しく柔和な口調で言った。


「まだトゥルーエンドは見つかってないし、セカイを救ってないだろう」

【だけど陽彩さんを助けたのだから、貴方の目的は達成したはずよ】

「だが……」


 ミナセを現実世界に連れて行ってやると約束したのも、またみんなで遊びに行こうと言ったことも果たせないじゃないか。


【この世界とわたし達に愛着を持ってくれてありがとう】


 マモリの言葉を聞いて、ボクはいつの間にか陽彩ちゃん以外どうでもよかった自分が変わっていたのに気がついた。


【現実世界に戻ったら、貴方もまたゲームをプレイし……】


 マモリは怪訝な顔を浮かべた。


「どうした?」

【……王侍ミナセ達の気配が消えたわ】

「魔物にやられて死んだのか?」

【いえ……それなら死んだ状態として認識できるのよ。……まぁ、リセットされるのだから些細な問題ね。最初から始めれば彼らはまた学園に出現するもの】


 些細な問題……か?


「誰と話しているの?」


 ミヤは不思議そうに首を傾げた。


「まぁいいや。プレイヤー、陽彩ちゃんと手を繋いで」


 照れくさくて躊躇していると、陽彩ちゃんが握って来た。


「それじゃあ元の世界に戻すね」


 ミヤは詠唱した。

 魂が体から剥がれて行くような感覚になった。

 幽体離脱するとすればこんな感じだろうか。


 意識が遠のく。抗えない眠気に襲われた時みたいだ。


 耳元でジジッ……。と、ノイズが鳴った。

 ミナセ達と四人でレジャーランドに言った時に聞いたのと同じものだった。


 ボクはこのゲームを攻略したと言いきれない。

 こんな消化不良な本当に終わりでいいのか?


 まさに意識が途絶えると思ったその時、頭の中にこんな文字が浮かび上がった。


『隠し要素が解放されました』

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