第29話 三人目の男の『闇』を払え
ボクは現代日本の人間でただの高校生だ。
現実世界で戦ったのは、陽彩ちゃんを兄から助けようとしたあの時だけ。
なるべく目立たないように生きているおかげで喧嘩を売られたこともない。
『ヤミマギ』以外にも色んなゲームをして来たし、特にRPGはよくプレイしたから戦闘についての話はするっと理解できた。
だけど実際に戦うとなると話は別だ。
ミナセと戦った時は必死だったから何も考えられなかったが、正直今は……。
【怖い?】
マモリが現れた。
【ごめんなさいね。わたしがもっと強かったらよかったのだけれど】
姫野マモリはただのサポートキャラクターだ。
攻略対象の男たちほどのスペックは当然ない。
戦闘中にいきなり覚醒したりなんてヒロインムーブもしないはずだ。
ヒカルのようなチートキャラに入っていれば、俺tueeeeeってな具合にさくさく勝てただろう。
ありもしないことを考えても仕方ない。
今はこの状況で頑張るしかないんだ。
「しおらしいのはお前らしくないな。だいたい、謝るなら陽彩ちゃんを巻き込んだことについてが先だろ」
【……ええ。まさかこんなことになるなんて思わなかった……というのは言い訳に過ぎないわね】
「乙女ゲームで恋愛以外のバトルをさせられるとはボクも思わなかったけどな。殺されるにしても、修羅場になって刃傷沙汰になるとか、無理心中させられるとか……そういうのだと高をくくっていた」
【慰めてくれているの?】
「……そんなわけないだろ」
マモリの表情が厳しくなり、鋭く【止まって!】と、叫んだ。
【咲衣ダイチと狩人ホムラの気配が近いわ。警戒して!】
ボクは足を止め、もう一度自分の体の状態をマモリに確認した。
能力強化は限界までしてある。
ミナセのリジェネもかかっている。
ヒカルのクリスタルも、痺れ薬も落としていない。
現時点でできる準備はすべて行った。
【必ず海までの最短ルートを通って頂戴】
ボクは頷き、頭の中に地図を描いた。
今ボクが果たすべき役割は海まで奴らを誘い出すことだ。
なるべく建物から離れ、警戒しながら進む。
ダイチのマギアはレンガやコンクリートにも有効だからだ。
建物を壊して攻撃されてはたまらない。
【来るわ!】
マモリが言うが早いか、向こうから炎が飛んで来た。
ボクは海に向かって走り出した。
先程マモリから、マギアの相性について聞いていた。
予想通り水のマギアは火に強かった。
風のマギアは地に強い。
そして火のマギアは風に強い。
絶対にホムラを相手にしてはいけない。
あいつの戦闘力はヒカルに次ぐ上に、相性最悪だ。
ボクは無心で走り続けた。
恐怖が心に浸食して来ないように。
「っ……!」
突如、ボクの足元が隆起した。
強化した速度で走っていたせいで盛大な勢いで転び、地面に叩きつけられた。
痛みで起き上がれない。
嫌な気配を感じる。
見ると炎が眼前に迫っていた。
避けられない。
思わず目を瞑る。
予想していた焼かれる痛みは来なかった。
赤い物体がボクを守るように前方に立っていたから。
あれは……ファイアーウルフ?
奴は咆哮すると、ホムラに飛びかかって突進を食らわせた。
ファイアーウルフはボクを一瞥した。
行けと言っているようだった。
何故こんなことになったのかはわからないが、チャンスだ。
リジェネのおかげで痛みも少しマシになって来た。
体を起こして再び海に向かおうとすると、今度はダイチが立ちふさがった。
ミヤに支配された瞳の色をしている。
「ミヤちゃんの邪魔すなよ、マモリちゃん」
地面から巨大な
迂回しようとすると、ダイチが片足で地面を叩いた。
ぴしりと音が鳴ってボクの足元に向かって亀裂が走る。
ホムラはファイアーウルフが相手をしてくれている。
ダイチだけならボクでもまだ勝機はある。
ボクは最大出力で突風を解き放った。
筍は全滅した。
ダイチは地面を盛り上げてガードしており、ダメージは入っていないようだった。
構わない。
今は海に向かう。
ボクが走り出したその時、背中に衝撃を受けた。
見ると、ダイチは盾にしていた地面をマギアで分割して投石にしていた。
いくつもの投石がマギアによって一気にこちらに放たれた。
再び突風を巻き起こす。
投石はすべて消し飛んだ。
攻撃していたせいで防御が間に合わなかったようだ。
ダイチはボクの風をもろに受けた。
「うっ……」
そいつには痺れ薬を混ぜてある。
しばらくは動けないはずだ。
ホムラがファイアーウルフを抑え込み、こちらに向かって来た。
好都合。
これでダイチとホムラを分断できる。
ボクは後ろを振り向くことなく、最短ルートで海に向かった。
やがて砂浜まで辿り着いた。
さぁ、ミナセ。
そろそろお前の出番だ。
【内藤宗護さん。ぎりぎりまで引き付けて】
ボクは波打ち際まで走った。
ホムラは追って来ている。
海水が回転しながら空に登る。
やがてそれは蛇行しながらこちらに向かって来た。
その姿はまさに水のドラゴンだ。
ドラゴンはボクを避け、後ろにいたホムラに襲い掛かった。
さすがにこんな大技相手じゃホムラも苦戦するだろう。
そう思っていたが、見事にドラゴンの攻撃を避けている。
図体がでかいのに動きに無駄がないせいで軽やかだ。
子どもの頃から戦士として訓練されて来たって設定だから当たり前だが、戦い慣れしている。
ホムラは銃を構えるような仕草をした。
その手に、炎で出来たクロスボウが出現する。
勢いよく発射された矢は、正確にミナセに向かって行く。
ドラゴンが今度は守備に回る。
二の矢、三の矢が放たれる。
それを体で受け止めたドラゴンは水蒸気になって消えた。
相性不利かつ
強すぎるだろこいつ。
フィールドの有利もボクの強化も無かったら、即座に決着がついていただろうな。
ホムラはすぐにボクに狙いを変えて矢を放って来た。
速度を強化していたおかげですんでのところで避けられた。
だが防戦一方だ。
ボクの攻撃なんて、こいつの前じゃそよ風にしかならない。
「狩人君! 君の相手は僕だよ、こっち見て!」
ミナセは海水を操り、ホムラを水の中に閉じ込めようとした。
ホムラは辺り一帯を炎で包み込む。
水はまた気化した。
「お前さえ倒せば邪魔はない……」
ホムラは武器をコンバットナイフに変化させ、ミナセに突っ込んで行った。
ミナセは盾を作ろうとしたが、ホムラの動きが速すぎて詠唱が間に合わない。
水の代わりに盾になったのは子犬の魔成獣だった。
コンバットナイフが子犬を突き刺した。
ピンク色の液体が噴き出す。
ミナセと、ホムラまでが一瞬狼狽えた。
子犬の傷口がみるみる広がって行く。
そこからミミズを巨大にしたみたいな触手が幾本も飛び出し、ホムラの足と腕に巻きつき奴を拘束した。
ぐ、グロい……。
ミナセはその隙に距離を取り、海水を操ってホムラにぶつけ、奴の武器をかき消した。
今だ!
ボクはポケットからクリスタルを取り出し、最大速度でホムラに近づいた。
ホムラが拘束を逃れたがボクの方が一瞬早かった。
クリスタルはちかちかと何度か点滅した。
途端にホムラは苦しみ出した。
ミナセは心配そうにホムラを見る。
「正気に戻る前兆だ」
ボクが説明すると、ミナセは安堵したのかすぐに子犬に駆けよって回復のマギアを施していた。
しばらく苦しんでいたホムラの瞳の色が元に戻った。
荒い息をつきながらボクとミナセの姿を確認する。
「王侍……姫野……」
「狩人君! よかったぁ。元に戻ったんだね」
ホムラは何かを思い出したように、勢いよく起き上がって元来た道へ戻ろうとした。
「どこに行くんだ」
ボクが問いかけるもホムラは何も答えずに走り出す。
だがすぐに足を止めた。
向こうから傷だらけのファイアーウルフがよたよたと歩いて来た。
弟の姿を見つけて安心したのか、その場にどさりと倒れる。
ホムラは即座に駆け寄りその体を抱きしめた。
ミナセは子犬を抱いたまま、ひとりと一頭に近づいた。
「狩人君、その子は君の大切な子?」
「ああ」
「そっかぁ。じゃあ僕が治してあげるね」
ミナセはファイアーウルフに両手を当て、集中した。
「あ……れ……? この子って……」
回復のマギアを施しながらミナセは不可解な顔をしている。
「狩人君。この子の傷は治せるけど、全部は治せないよ」
「……十分だ」
ホムラは治療が終わるまでファイアーウルフの姿をじっと見つめていた。
ボクは緊張の糸が切れてその場に座り込んでいた。
リジェネのおかげで傷はすべて治っていたが、精神的な疲労が大きい。
マギアも結構使ったしな。
【お疲れ様】
マモリが出現し、労いの言葉を伝えて来る。
【正直なところ、本当に狩人ホムラの『闇』を払えるとは思っていなかったわ】
「……運がよかったな」
残るはダイチだけだ。
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