第28話 不利を覆す戦闘準備

 波打ち際では一定のリズムで海水がこちらにやって来て、また海に帰って行った。


 ボクは砂浜の上に立ち、海面を見つめるミナセに視線をやった。

 ぼんやりとした表情だ。

 いきなり泣き出したりしない程度にはメンタルが安定しているが、一日経っても元には戻っていない。


 子犬の魔成獣はミナセの足元をくるくる回ったり、体を擦りつけてじゃれついていた。


「前にもここに来たことあるよ。大好きな女の子と」


 ミナセは海に視線をやったまま呟いた。

 ……知ってるよ。


「その子はいなくなっちゃった。……ううん、初めからいなかったんだよ」


 ボクはその言葉を聞きながら、胸の中に重いものを感じた。


 こいつの精神が壊れかけているのは八割方ボクが原因だ。(あと二割はこいつの性格のせいだ。もしかしたら三割かもしれない)

 籠絡したあげくに裏切った。

 こいつ自身やこの世界が作り物だと教えた。


 すべては陽彩ちゃんを救おうとしてやったことだ。

 彼女を救えるなら何が犠牲になったって構わない。


 ボクがこいつのために罪悪感を感じる必要は……ない。


「君、名前なんだっけ」

「内藤宗護だ」

「宗護君には大好きな女の子がいるんだよね。その子が作り物だったら……どうする?」


 その問いの答えは考えるまでもない。


「彼女が何者であっても、ボクの気持ちは変わらないさ」

「……うらやましいなぁ」


 ミナセがしゃがむと、子犬の魔成獣は慰めるように奴の手の甲を舐めた。


「宗護君は大好きな女の子を助けたいんだよね」

「そうだ」

「その子は助けられたいのかなぁ」

「このままだと彼女はあの女とずっと一緒にいる羽目にはるんだぞ」


 あの女を愛するための、永遠の奴隷にさせられるのだ。


「ずっと一緒にいたいかもしれないよ?」

「そんなわけないだろう」

「その女の子はミヤちゃんのことが好きかもしれない。宗護君のことよりずっと」


 ミナセはボクを見上げて無邪気に微笑んだ。


 もしも陽彩ちゃんがミヤといることを望むなら、叶えてあげよう。

 その時はボクも現実世界には戻らない。

 彼女のいない世界にいても仕方ないから。


 陽彩ちゃんの気持ちを確かめないと。


【咲衣ダイチと狩人ホムラは学園の中にいるわ】


 マモリが出現し、言った。


 学園はここから少し距離があるな。


 奴らの闇を払うための作戦はこうだ。

 まずボクが囮となって二人を海の側までおびき寄せる。

 ミヤはボクに死んで欲しいだろうから、必ずボクを狙ってくるはずだ。


 有利なフィールドとボクの力で強化したミナセを二人にぶつけつつ、隙を突いて二人にクリスタルを近づける。


「ミナセ」

「なぁに?」

「……お前、本当に戦えるんだな?」

「うん」


 子犬と遊びながら答える姿に一抹の不安を覚えなくはない。

 まぁすでにこいつは貢献してくれていたが……。


 ボクはポケットの小瓶を探った。

 そこには痺れ薬が入っている。


 ミナセには薬品の知識があったらしく、今朝ボクが二人の動きを止めたいと言ったらこれを渡して来た。


「お前こんなもの持っていたのか」


 ボクが聞くとミナセは「昨日作ったんだ」と答えた。


「他にもあるよ。こっちは体が溶けるお薬で、こっちは飲むと死んじゃうんだ」


 ミナセは小瓶をテーブルに並べて行った。

 あの時の戦いでボクに使って来た酸の雨と毒の霧の正体、これかよ!


「お水に混ぜると強くなれるんだぁ」


 戦闘パラメーターをチェックしたマモリいわく、ミナセは攻撃力が高くない。

 ついでに言うと防御力もだ。

 ヒカルの攻撃を防いだのだって、あの時点でヒカルがかなり弱体化していたからだろう。


 回復力は抜群だし、マギアを使うための力――つまりMPだな――も豊富。

 回復職ヒーラーとしては申し分ないけどな。


 火力がない分工夫をしているというわけか。


「君のためにちょっとだけ変えておくね」


 ミナセは別の小瓶に分けた痺れ薬にマギアの力を込めていた。

 風に乗せることができるよう揮発性を高めたらしい。


 水のマギアはそんなことまでできるのか。

 こいつが特別ハイレベルなのかもしれないが。


 薬の知識もあるしハイスペックな男じゃないか。

 マギア・アカデミーに首席で入学して来るような奴だし、今さらか。


 ボクはボクでできることをしよう。

 マモリからの借り物の力ではあるが。


「ミナセ。お前を強くしてやる」


 そう言って子犬と戯れる奴の体に触れる。

 マギアの強化バフだ。

 マモリに教えられた通り、相手にマギアを注ぎ込むところをイメージした。


「うっ……なんだか、体が熱い……」


 初めて他人を強化したから上手く行かなったのか?


 ミナセは立ち上がり、海に向かって両手を翳した。

 そして呪文を詠唱する。


 海水が渦を巻き、天に吸い込まれるように上昇した。

 以前見た時より明らかに吸い込まれる水の量が増している。

 成功したか。


「すごい、これ。すごいよ!」


 子どもみたいにはしゃいで何度も大技を繰り出していた。


「マギアの無駄遣いをするなよ」

「だって気持ちいいんだもん。宗護君、もっと強くしてよ」


 火力の低かった奴が強くなったらそりゃ楽しいだろうが……。

 メンタルを壊した張本人が思うのもなんだけど、こいつ今の方が生き生きしてないか?


「あんまり強くし過ぎるとお前の体が持たないんだよ」

「つまんないなぁ」


 強力な継続回復リジェネのかかっているこいつなら大丈夫かもしれないが、ぶっつけ本番で危ない橋を渡るものじゃない。


「僕も宗護君を強くしてあげるね」


 そんなことができるのか? と、問う前に、ボクの手は冷やりとした両手に包まれた。

 体中の水が活性化したみたいに熱く巡る。

 全身がぽかぽかする。

 気分も爽快で、今なら何でもやれる気がした。


「これは……?」

継続回復リジェネのマギアね。貴方はしばらくの間、少しの怪我なら自然回復するわ】


 それはありがたい。


 強化職バッファー回復職ヒーラー攻撃職アタッカー防御職シールダーと渡り合おうっていうのだから、何でも備えておくに越したことはないのだ。


「宗護君、さっきのマギアもう一回使ってよ」

「だからこれ以上強化したらお前の体が……」

「僕じゃなくてこの子に」


 ミナセは子犬の魔成獣をボクに差し出した。

 相変わらずのグロテスクな見た目に、反射的に体が仰け反る。


「この子も僕たちを手伝いたいって。いいでしょ?」


 子犬は「きゅぅん」と鳴いた。

 こんな奴が戦えるのかはわからないが、少しでも戦力は多い方がいいだろう。


 ボクは子犬のマギアを強化した。

 触れているピンクのボディの中で何かが蠢いた。

 驚いてすぐに手を退けた。

 気味の悪い犬ころめ。


 マモリとミナセと最後の打ち合わせをし、ボクはホムラとダイチが待つ学園に向かった。

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