第23話 闇のマギア

 突如現れたヒカルの姿にミナセは息を飲んだ。

 ホムラは小さな声で「神……」と、呟いた。


「なぁ、こいつって博物館で見た奴だよなぁ? なんでここにいんの? なんか透けてるし」


 ダイチは騒いでいる。

 他の二人は驚いているせいか、ダイチの問いかけには答えなかった。


 三者三様の反応を見せる男たちとボクに向かい、ヒカルは薄く笑った。その表情はどこか尊大にも感じる。


「全員連れて来るとは手際がいい。……少し煩いがな」


 ボクはポケットから、ヒカルに頼まれていたマギア保管用クリスタルを取り出した。


「この状況ならそれは不要だ。直接奴らの闇を払ってやる」


 ヒカルはそう言うと手の平にマギアの力を溜めて行った。


「どうして真堂ヒカルがここに……」


 絶句していたミナセはやっとのことでそう呟くと、ボクに視線をくれた。


「……姫野さん、何か知ってるの?」


 そして不安げに眉を寄せる。


「説明は後よ。もっとヒカルに体を近づけて」


 ボクはミナセの背中をそっと押した。

 封印の力が働いているため、ヒカルはここから一歩も動けない。


 闇を払うところまではこれで無事に終了か。

 ここまでは案外簡単だったな。


 ボクが安堵の息をついた時、酷い悪寒が背筋をすぅっと撫で上がった。


 頭上に黒い線が現れた。

 線はジッパーのようにぱっくりと口を開いた。

 その中からは、大量の魔物が顔を覗かせていた。


「……ちっ、ミヤに見つかったか」


 ヒカルは歯噛みすると、溜め込んだマギアを魔物に向かって解き放った。

 花火が打ちあがった時みたいに、辺りが一瞬大きく光った。

 魔物たちは消滅した。

 だが、すぐに次の集団が黒い空間から降りて来た。


「魔物……? 嘘だ……。あいつらは三百年前に滅んだはずで……」


 ミナセは放心状態で、うごめく魔物を見つめている。

 魔物――小鬼ゴブリンは隙だらけのミナセに狙いを定めた。

 黒いブーメランのような攻撃が奴に襲い掛かる。


 当たると思った刹那、その攻撃は隆起した床によって阻まれた。

 ダイチの防御魔法だ。


「しっかりしろよミナ!」


 次々と放たれる魔物からの攻撃を、ダイチは持ち前の反射神経のよさで防いで行く。


 すぐに炎が一直線に魔物の群れに伸びて行き、魔物は焼き払われた。

 ホムラが攻撃魔法を放ったのだ。


「だってこんなの……信じられないよ……」

「信じらんねぇけど起きちまったもんは仕方ねーだろ! 戦うぞ!」


 ダイチは震えるミナセの肩を力強く掴んだ。


「このままじゃおれたち全員死ぬじゃん。マモリちゃんだって!」


 そこでミナセはハッとした。


「姫野さん、逃げて!」


 ボクに向かって叫ぶ。


「ここは僕たちで何とかするから!」


 黒い線は頭上に次々と現れ、そこからは止めどなく魔物が生み出されている。

 魔物たちの一部は祈りの間の外へ向かって行った。


 陽彩ちゃんまでこいつらに襲われるかもしれない。


「頼んだわね」


 ボクはそう言うと、弾かれたように外に向かった。


 はずだった。


 体が動かない。


 この感覚は知っている。

 以前食らった、ミナセによる身体支配のマギアだ。


 ミナセは金色に輝く瞳でこちらを見ていた。

 真堂ミヤに支配されている証だ。


「駄目だよ。あの子の邪魔をしちゃ」

「おいミナ……なにやってんだよ!」


 腕に縋りつくダイチを、ミナセは力いっぱい付き飛ばした。


「ミ……ナ……?」


 ダイチは地面に尻をつけながら、何が起きているのかわからないと言った顔で言葉を失っていた。


 小鬼の群れがダイチに襲い掛かった。

 即座に炎の渦が群れを包み込む。

 ギャッ、ギャーと悲痛な叫び声が耳をつんざいた。


「王侍、咲衣、どうした」

「ミ、ミナがおかしくなっちまった……」


 ミナセが片手を頭上にやると、炎の渦に雨が降り注いだ。

 かき消えた炎の中にいた、体の焦げた小鬼がよたよたとこちらに向かって来た。


 さらにミナセは水の塊りを召喚すると、ダイチにぶつけて奴を水に閉じ込めた。

 ダイチはそこから出ようと抵抗しているが、水の塊りは牢獄のように奴を捕らえて離さない。

 あのままじゃ息ができなくていずれ窒息死する。

 ミナセの奴、見かけに寄らずなんてエグい技を使うんだ……。


 ホムラがダイチを閉じ込める水の牢獄を炎で囲った。

 激しい音を立てて水はすべて蒸発した。


「咲衣!」


 咳き込みながら水を吐くダイチにホムラが近寄った。


「無事か?」


 ホムラの問いに答えず、ダイチは地面に両手をついた。

 その途端、床が勢いよく盛り上がってホムラの腹に激突した。

 ダイチ相手で油断していたのだろう、今の攻撃はかなりもろに入ったようだ。

 苦し気な呻き声が聞こえた。


「咲……衣、お前も……」

「狩人も早くあの子のものになれよ。そんで一緒にあいつ殺そうぜ♪」


 ダイチがボクに視線を向け、小首を傾げた。

 その瞳は金色に染まっていた。


「お前さ、そーとーガマンしてるんだろ?」


 ダイチはくるりと振り返り、ホムラの腕を取った。

 ホムラはそれを払いのけようとしていたが体が動かないようだ。


「抵抗しても無駄なんだし、もう委ねちまえよ」


 ダイチはホムラの腕を持ち上げ、ボクに向けた。


「何を……させる……気だ」

「邪魔者を焼き払えー!」


 ホムラの手にマギアの力が集中する。

 奴の瞳が金色に輝いた時、そのマギアは炎となってボクに襲い掛かって来た。


 あんなの食らったら死ぬだろう。

 死んだらどうなるんだ。

 また中間地点に飛ばされて『ロード』することになるのか?


 以前はゲームに用意されているバッドエンドに飛んだが、今は原作にない展開だ。

 まさか本当に死ぬ?

 陽彩ちゃんが危険なのに……!


 くそっ、動けっ! 動けっ! この体!

 身体支配なんかに負けるな!


「うおぉっ」


 ボクの願いが通じたのか、体ががくんと動いた。


 眼前に迫っていた炎は、突如出現した水の壁によって防がれていた。


「姫野、さん……今の内に、逃げ……て」


 ミナセは絞り出すような声で言った。

 瞳の色が戻っている。

 精神力で無理やり支配から逃れているように見えた。

 またいつミヤに支配されるかわからない、ぎりぎりの様子だ。


「は……やく」


 ボクは強く頷き、祈りの間を飛び出した。



 全力で螺旋階段を駆け上がり、向かう先は寮の自室だ。

 陽彩ちゃんがいるとすればそこか図書室だろう。


 地上に出るとボクは声を失った。

 空は赤く染まり、紫色の雲が渦巻いていた。

 そこにはいくつもの黒い口がぱっくりと開いており、無限に魔物を産み出していた。


 あちこちで生徒たちが魔物に襲われていた。

 無残な死体が地面に散らばっている。

 地獄絵図だ。


 早く彼女のところに行かなくちゃ。

 ボクはさらに急いで自室に向かう。


「陽彩ちゃん!」


 勢いよく部屋の扉を開くと、目に入ったのは真堂ミヤの黒い手に握られた、気を失った陽彩ちゃんの姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る