ゲーム終了→キャンセル
第24話 実験施設での戦い
「来たんだ……貴方は呼んでなかったんだけどなぁ」
ふぅ、と、ミヤは面倒くさそうに溜息をついた。
「彼女を返せ」
「やだよ。やっと見つけた私の女神さまなんだから」
ミヤは頭上に真っ黒い巨大な口を開いた。
「彼女はボクの女神だ!」
「だったら取り返してみなよ」
ミヤはそう言って、陽彩ちゃんを掴んだまま巨大な口の中に入って行った。
やばい。このままじゃ連れて行かれる。
ボクもあいつらみたいに攻撃ができれば……。
いや、姫野マモリもマギア・アカデミーの生徒なんだからマギアは使えるんじゃないのか?
一か八か体に力を込めた。
体内で風が渦巻いた。
その風がミヤを襲うところをイメージした。
突風が吹き荒れる。
「……可愛いマギアだね」
くすくす笑いながらミヤはさっと手を上げた。
風がぴたりと止んだ。
「半端な攻撃なんて効かないよ。闇の力は光以外吸収できるんだから」
嘘だろ。
そんなのチートキャラじゃないか。
ヒカルの妹で、この世界を救ったメシアなんだから強いのは当たり前だが。
「じゃあね、プレイヤー」
巨大な口はぴたりと閉ざされ、やがて消えて行った。
ボクはその場に膝をついて愕然とした。
【内藤宗護さん】
姫野マモリの魂がぼんやりと出現した。
【世界が壊れ始めているわ】
ボクは何も答えなかった。
目の前で愛する陽彩ちゃんを連れて行かれたのに何もできず、口を開く気力すらなかった。
【このままここにいたら、貴方はこの世界に閉じ込められる】
マモリの言葉をどこか遠いところで聞いていた。
【わたしはそこまで貴方に求めていないわ。元の世界に戻してあげる】
陽彩ちゃんを奪われたまま、ボクひとりで戻れと?
「……いらない」
【え?】
「彼女のいない世界なんていらない」
【貴方そこまで……わかったわ。ならセカイの体も助けてあげて頂戴】
「ああ……陽彩ちゃんのついでにな」
ボクはゆっくりと立ち上がる。
こんなところでへこたれている場合じゃない。
次にやるべきことは決まっているんだ。
ミヤが向かったのは恐らくデバックルームだ。
だったらそこへの道を開くために、ミナセ達の闇を払って祈りの儀式を行う。
元々やろうとしていたことを続けるだけだ。
【せめてわたしにも手伝わせて】
「今さらあいつらの好感度なんて教えて貰っても意味はないけどな」
【他にもできることはあるはずよ。わたしは主人公がゲームを攻略するためのサポートキャラクターなんだから】
マモリは力強く言った。
「期待しないでおいてやるよ」
ボクは寮の部屋を出た。
目指す先は祈りの間だ。
まずはヒカルからマギアの力を受け取る。
ミナセたちがまた攻撃して来るかもしれない。慎重に進もう。
地下に続く螺旋階段の前で、ボクは立ちすくんだ。
階段は瓦礫に埋もれていて使えない。
「くそっ、これじゃ祈りの間に行けないじゃないか」
【落ち着いて、プレイヤーさん。地下への道は他にもあるの。魔成獣小屋に行きましょう】
釈然としないが、今はマモリを信じるほかない。
ボクはマモリに従って魔成小屋に向かった。
魔成獣小屋はもぬけの殻になっていた。すべての檻は一部の柵が溶かされている。あそこから魔成獣共は逃げ出したのだろう・
焦げ臭さが鼻をついた。
【ちょうどよかったわ。地下への隠し通路はあそこにあるの】
マモリはファイアーウルフがいた檻を指さした。
彼女に導かれるまま檻に行くと、その奥の壁を押すように指示された。
【そこを押すとパスワード入力画面が出て来るから、今から言う通りに入力して】
ボクはマモリの言う通りに文字を入れて行く。
ガコンと大きな音が一度鳴ると、今度は岩を引きずるような音がして壁が開いた。
開いた場所からは下り階段が伸びていた。
【そこから地下に行けるわ】
「お前、何でそんなこと知ってるんだよ」
【言ったでしょう。わたしはゲームを攻略するためのサポートキャラクターだって】
「にしたって、こんな場所は原作ゲームには出て来ないだろ」
【この場所のデータ自体はゲームに存在しているのよ。制作段階で没になってしまったけれど】
ゲームにそういうデータが残っているのは聞いたことがある。
マモリの説明を聞きながらボクは階段を降りて行った。
【他にも使われてないデータや設定がこのゲームには存在しているのよ。……まぁ、今はあまり関係がないわね】
階段を降りると長い廊下が伸びていた。
あちこちでぼんやりと光るものが存在し、歩けるほどの視界は十分にある。
祈りの間に続く廊下とは違って白いリノリウムの床だった。
病院を連想させる。
しばらくひたひたと歩いたら光っている物の正体がわかった。水族館で見るような巨大な水槽だった。
水で満たされたその中には、犬と猫と狼の出来損ないみたいな動物が沈んでいた。
どいつも目を瞑っているが死んでいるわけではなさそうだ。
「ここは……魔成獣の実験施設か」
【そうよ】
原作ゲームのホムラルートで存在だけは仄めかされていた場所だ。
魔成獣を培養したり、人間を魔成獣に変えたりなどヤバいことを行っているらしい。
【プレイヤーさん、気を付けて。前方から王侍ミナセの気配がするわ】
姫野マモリは原作では男たちが出現しそうな場所についてヒントをくれるが、今も同じ能力を使っているのだろうか。
ボクは身構えた。
ミナセが使用してくる身体支配のマギアや、水の牢獄はかなり厄介だ。
「誰かいるの……?」
ミナセの声がした。
足音が近づいて来る。
ボクは水槽の影に身を隠した。
ミナセは辺りを見回している。
瞳の色は深いブルー。今は正気のようだ。
だけどいつミヤに支配されるかわかったものではない。
「マギア・アカデミーにこんな場所があったなんて」
ミナセは水槽をじっと見つめた。
「この魔成獣は造られた存在なのかな。……閉じ込められて可哀想に」
ボクは息を殺して奴が通り過ぎるのを待った。
口を両手で塞いで声が漏れないように努める。
「せめて逃がしてあげられたら」
ミナセがこちらにやって来る。
やばい。見つかる。
「……いや、この中じゃないと生きていけないのかもしれない。助けてあげられなくてごめんね」
そう言うとミナセは踵を返した。
足音が遠ざかって行く。
ボクは固唾を飲んでそれを聞いていた。
まだ、出て行くには早い。
十分に待って足音が聞こえなくなってから、慎重に歩を進めた。
そこでボクは廊下が濡れているのに気づいた。
これは……まさか、奴が仕掛けたのか……?
そう思った時には既に遅く、ボクの足は水たまりを踏んでいた。
【王侍ミナセが戻って来るわ。走って!】
マモリの声に弾かれて走り出したが、どこに向かえばいいのかわからない。
【祈りの間までの道は私がナビゲートできるわ】
「助かる」
【それから体に速度強化のマギアをかけて】
「そんなことができるのか?」
【ええ。足に意識を集中して。空を飛ぶところをイメージするの】
ボクはマモリに言われた通りにイメージした。
急激に体が軽くなった。まさに飛んでいるように走れる。
これなら陸上選手相手でもない限り追いつかれはしないだろう。
【油断しないで。王侍ミナセは広範囲への攻撃が可能よ】
マモリが言うが早いか、辺りに霧が立ち込めた。
視界を防ごうって魂胆か。
だがマモリのナビゲートがあれば何の問題もない。
【息を止めて!】
マモリの指示は一歩遅かった。
ボクは息を吸い込んでしまった。
刃物で切り裂かれたみたいな鋭い痛みが肺に走った。
大きな咳が出たかと思うと血を吐き出した。
【この霧は毒薬が使用されているわ。全部吹き飛ばして】
ボクはミヤに向かって放ったのと同じ要領で風を起こした。
霧は四散したが、まだ肺にダメージが残っている。
今の速度で走り続けるのはきつい。
【次の攻撃が来るわ】
雨音が近くで聞こえた。
それは徐々に近づいて来る。
雨水がかかった瞬間、ボクの服はじゅっと溶けた。
水が手の甲や頬に当たると、肉が溶けたように痛んで呻き声が漏れる。
毒の次は酸でも使っているのか。
使って来る技がいちいちエグい。
敵クリーチャーかよ。
【風が体を包むイメージをして。これで攻撃は多少防げるわ】
マモリの言う通りにすると、ボクの体の周りで風が吹き雨は弾かれた。
風を発生させながら速度強化を維持するのは困難だった。
肺へのダメージも深刻でこれ以上走れそうにない。
【祈りの間の入り口が見えたわ】
もう少しだ。
なのにボクの体はもう足を引きずるように歩くのが精一杯だった。
「追いついた」
振り向くと、ミヤに支配された瞳の色をしたミナセが立っていた。
「君はここで足止めしないとね」
ミナセが片手を上げた。
奴の頭上に水の塊りが召喚された。
避けないと。
あれに閉じ込められて溺死する。
ボクはもうほとんど動けなくなった体をやっとのことで一歩ずつ進める。
こいつをヒカルのところまで連れて行けば、闇を払うことさえできれば元の人格に戻せる。
もう少しだけ動けボクの体。
「……いや、だ、も……こんな……」
背後でミナセが苦し気に呟いた。
ちらりと見やると瞳が片方だけ青く戻っている。
ミナセがこちらに手を伸ばした。
その手から白い靄が放たれた。
また毒の霧かと身構えたが、その靄に包まれると体が楽になった。
手に出来たケロイドが治って頬の痛みも消えた。
これでまた走れる。
ボクは自分に速度強化のマギアをかけた。
「また……うっ……あ……」
ミナセは何かに抗うように腕を押さえつけた。
そして召喚していた水で鋭利な刃物を作り、自らの腹にあてがった。
「姫野、さん……ごめん……ね……」
まさか死ぬつもりか?!
「やめろ!」
と、ボクが叫んだのも聞かずに奴は刃物を突き刺した。
【今の内に早く真堂ヒカルのところに行くわよ】
「だが……」
ミナセは陽彩ちゃんを救うのに必要だ。
それに少し前まで普通に喋っていた奴が死んで冷静でいられる程、ボクは人の死に慣れてもいない。
【王侍ミナセは死なないわ】
「かなり血が出ていたぞ」
【彼は生まれた時から、一族によって強力な
「そうだったのか……」
リジェネはダメージを負うと時間をかけて回復してくれる技だ。
【彼を心配していたの? 案外優しいところもあるのね】
あいつとはそれなりに長い時間を過ごしたんだ、いくらコマみたいに思っていたとはいえ少しは情も湧くさ。
「彼が痛みで正気を保っている間に早く行きましょう」
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