第22話 真のクリア条件
ヒカルはボクに説明し始めた。
「元の場所に戻ったら俺をマギア・アカデミーに出現させろ。俺のマギアの力を貴様に与える」
「どうやって受け取ればいいんだ」
「学園にあるマギア保管用クリスタルを使え」
以前、マギアの力をクリスタルに込める授業で使ったものだな。
「俺のマギアはミヤの力を中和できる。まずは既に世界に浸食している闇のマギアを取り除くのだ」
「浸食されている場所はどこだ」
「
ゲームのメインキャラクターを支配できればシナリオを好きに動かすことができるからな。
ミナセやホムラの瞳が金色の光っていたのは、ミヤに支配されていたからかもしれない。
「奴らを浸食する闇のマギアを払ってくれ」
ボクはトゥルーエンド到達条件を思い出した。
『すべての攻略対象のヤミを払うこと』というのはこういうことか……?
「その後、俺の体を祈りの間に持って行き、奴ら全員と貴様で祈りの儀式をしろ。すると俺の体は永き眠りから目覚める。貴様は知っているだろうが、この世界では本来できないことだ」
ヒカルの言う通りだ。
祈りの間で儀式をする『デウス』は一人だけで、原作では主人公とくっつく男がそれに選ばれる。
ヒカルとくっつく場合は奴の体の封印が解ける。
つまり男たちを全員同時に攻略した状態にしようというわけだ。
原作ゲームではもちろん堕とせるのは一人だけだ。
「あり得ない行動をした結果、この世界は混乱を来たす。するとデバックルームへの道が開かれる」
それがデバックルームに入るためのバグ技というわけか。
「中にミヤがいる。あいつの心を満足させるため伴侶になってやってくれ」
「……は?」
伴侶と言われたような気がしたが、何かと聞き間違えたのか?
「ミヤが求めているのは自分を愛してくれる相手だ。あいつが満足するまで貴様が愛してやれ」
「なに言ってるんだよ……」
ボクが陽彩ちゃん以外の女の子を好きになるわけないだろ……。
「貴様が愛さなければ、陽彩という女がミヤの花嫁にされるだけだ」
「そんなの駄目に決まってるだろ!」
陽彩ちゃんがボク以外の相手を選んだとしても、彼女が幸せになれるならそれでいい。
だけどミヤは……あの女は自分のことしか考えていない。
搾取してくる相手と一緒になって、彼女が幸せになれるわけがないんだ。
「君は幸せになるべきだ」
ボクはヒカルに聞こえない程小さな声で言った。
「……ミヤを愛せるようになるべく努力する」
「貴様はあの女を本当に愛しているのだな」
ヒカルは灰色の瞳を細めた。
「ミヤにもそんな相手がいればこんなことにはならなかったかもしれん」
「愛して欲しいって嘆いているだけじゃ、そんな相手はできないよ」
「ああ……そうだな」
そう呟くヒカルの声は、後悔がにじみ出ているように聞こえた。
「説明は以上だ。貴様の心の準備ができれば、元の場所に返す」
「このまま返す気か?」
ボクは今全裸だ。
しかもマモリの体でもない。
不審者になる上にあいつらから「誰だこいつ」って思われるだろ。
「安心しろ。姫野マモリの体に戻す」
「ならいい。今すぐ返してくれても構わないぞ」
「わかった」
ヒカルは両手をボクの体に翳した。
奴の手の輪郭が白く輝いた。
「また会おう、異世界からの来訪者よ」
ボクの体が白い光に包まれて行く。
眩しさに目を瞑った。
ハッとして目を覚ますと、マギア・アカデミーの寮の天井が見えた。
ベッドに横たわったまま体に触れてみる。
間違いない。これは姫野マモリの体だ。
体を起こすとくらりと眩暈がした。
「マモリ!」
扉の付近にいた陽彩ちゃんが、心配そうに駆け寄って来た。
彼女の顔を見ると安心して目が潤んだ。
「ずっと起きなかったから心配したんだよ! もう何ともないの?」
「ええ……ちょっと暑さにやられちゃっただけよ」
壁掛けされた時計を見ると十八時だった。
倒れてから五時間も経っていないようだ。
もう何年も謎空間を彷徨っていた気がするが……。
「王侍君達も凄く心配してて……王侍君はさっきまでそこで待ってたわ。もう遅いから帰って貰ったけど」
「……そう」
「何か食べられそう? 食堂から何か取って来るわ」
「いいえ。大丈夫よ」
陽彩ちゃんの姿(今はセカイだが)を見るだけで胸がいっぱいで何も食べられそうにないよ。
彼女のことは絶対に守らないと。
ボクは改めて胸に近い、次の日からまたヒカル出現のためにイベントを進めることにした。
次の日。
ボクは魔成獣小屋に向かった。
小屋から微かな話し声が聞こえた。
相変わらず獣臭い小屋の奥では、狩人ホムラがファイアーウルフの側に立っていた。
それまで愛しい者を眺める瞳でホムラを見つめていたファイアーウルフは、ボクに気づくなり警戒心を強めた。
「姫野……体はもういいのか?」
ホムラもボクに気がつき、問いかけた。
「ええ。もうすっかりと」
「そうか。王侍にも顔を見せてやれ。酷く心配していた」
「後で挨拶して来るわ」
ボクは一歩ずつホムラに近づいた。
「ねぇ、狩人君。メシア博物館ってとてもいいところね。勉強になったわ」
「そうか」
「『デウス』や『ディア』についてもっと知りたくなっちゃった。この学園にも二人に縁の場所があるんですってね。一緒に行ってみない?」
「オレとか」
「ええ」
「王侍や
「狩人君と行ってみたいの」
ヒカルをマギア・アカデミーに出現させるためには、祈りの間の前にこいつと行くのは必須イベントだ。
「……お前は、オレのことを何か知っているのか?」
ホムラはわずかに警戒した。
こいつはヒカルの封印を解くために学園に潜り込んでいるのがバレることを恐れている。
この世界の人間にとっては裏切り行為なのだから当たり前だが。
「いいえ。何かあるの?」
「いや……」
「私はただ、狩人君と仲良くなりたいだけよ」
「そうか」
ホムラは少し考える素振りを見せた。
「……王侍を誘ってもいいか? お前がいるならあいつも喜ぶだろう」
「もちろんいいわよ」
原作ゲームではこのイベントでホムラがミナセを連れて来ることはない。
ミヤが何かしたのか?
ヒカルのマギアを使って三人の体を浸食している闇を払うのだから、まとまってくれている方が都合はいいが……。
祈りの間の前に行こうと決めた当日、待ち合わせ場所にはミナセどころかダイチまで現れた。
「学園探検とかおもしろそーなことになんでおれを誘ってくれねーんだよ!」
ミヤがシナリオを書き替えようとしている以上、もう何が起きてもおかしくはなかった。
「祈りの間って、学園の地下にあるんだよなー?」
相変わらずオレンジ色の猫耳パーカーとかいうあざとい格好のダイチは楽し気に尋ねた。
前を歩くホムラはダイチにちらりと一瞥をくれる。
「ああ」
「地下世界ってテンション上がるよなー。なぁなぁ、地下って他に何があるんだー?」
「……ダイチ、少し静かにしろよ」
「別にいーじゃん。どーせこの辺おれたちしかいねーし」
ダイチの言う通り、夏休みのアカデミーには誰もいなかった。
地下に続く螺旋階段を降りると、薄暗い廊下が伸びていた。
祈りの間に続く廊下には赤い絨毯が敷かれている。
「雰囲気あんじゃん!」
肝試しを楽しむ学生みたいなノリでダイチは言った。
「中には入れねーんだよなぁ?」
「うん。中に入れるのは『デウス』と『ディア』に選ばれた人だけだよ。入りたかったらダイチが選ばれないとね」
「えー、おれ『デウス』とかきょーみねーし。てかミナと狩人が目指してんだろ? ならおれには無理だってー」
「ダイチもマギアの才能あるんだし、諦めなくていいのに」
ミナセは残念そうに言う。
「中見てみよーぜ。おれ、いっちばーん!」
ダイチは祈りの間のドアについた窓から中を覗こうと駆け出した。
奴がドアに体を預けた瞬間、ダイチは前のめりに倒れた。
「んにゃっ?!」
ドアが開いたからだ。
「いってぇ~。って、なんか開いたけど……これっておれのせい?」
「どうして……」
「え? え? おれやっちまった?! ミナも一緒に先生に謝りに行ってくれる?」
「祈りの間は『デウス』と『ディア』が決定しない限り開くはずないんだよ」
ダイチとミナセは青ざめている。
これはダイチのせいではなく、ヒカル出現のイベントが完了したためにフラグが立ったからだ。
ボクは慌てる二人に構わず祈りの間に足を踏み入れた。
「姫野さん、待って!」
ミナセが慌てて呼び止めた。
「危険があるかもしれないから僕が先に行くよ」
「オレも行く」
ホムラは祈りの間に入ると、ヒカルの居場所に向かって真っすぐに歩いて行く。
ミナセもその後ろに続く。
ボクも歩を進めた。
「おれを置いてくなってー!」
背後からダイチがぱたぱたとついて来た。
祈りの間の最奥にある台座の上で、白い光が揺らめいていた。
光は徐々に男の姿を形作って行く。
「来たか……」
男――真堂ヒカルの魂は、ボク達に向かって呟いた。
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