第21話 隠しキャラクターとファーストコンタクト

 光に近づくと、女の子の鼻歌が聞こえた。

 真堂まどうミヤの声だ。


 ボクは光っている場所から外の世界を覗き込んだ。

 ミヤの自室だった。


 彼女は上機嫌でテーブルを挟んで向かい合わせに椅子を二つ並べ、大皿を用意してテーブルに置くと、そこに菓子を盛って行った。

 それからテーブルにセットしている二つのティーカップにお茶を注ぐ。


「できた」


 ミヤは心からの笑みを浮かべた。


「あれ? ミーちゃん!」


 ミヤはボクのことを発見し、こちらに向かって両手を伸ばした。

 ボクは無理やり空間の裂け目から取り出され、彼女にぎゅうっと抱きしめられた。

 どうしてこの美少女は何度もゼロ距離射撃をして来るんだ。


「どこに行ってたの?! 心配してたんだよ!」


 ミヤはぷっくりと頬を膨らませる。

 元から幼い顔立ちなのにそういう仕草をするとなおのこと可愛らしい。


「ねぇ聞いてミーちゃん。私、人間の子と仲良くなれそうなんだ」

「ミー?」

「私はこの世界でずっと怖がられて来た。魔物を倒して平和のために封印されるのを選んだ時は喜ばれたけど、一瞬で忘れられた。別の世界の人間は私に見向きもしなかった。でもね、あの子だけは私を見てくれたんだ」


 ミヤは先程セットした椅子にボクを座らせ、もう片方に座った。


「あの子とお茶会がしたくて練習してたんだ。今日はミーちゃんが付き合ってよ」


 ボクの短い手ではカップが持てないが……。


 カップに顔を近づけると紅茶のいい香りが漂って来た。

 表面を舐めてみる。

 あ、これかなりいいやつだ。


「美味しい?」

「ミー」

「言葉はわかんないけど、美味しそうなのは伝わるよ。あの子も美味しいって言ってくれるかな?」


 ミヤはティーカップに口をつけた。


 あの子って誰なんだ? と、ボクが考えていることが伝わったのだろう。

 ミヤは言った。


陽彩ひいろちゃんっていう、とっても可愛い女の子だよ」


 彼女の名前が出た瞬間ボクは勢いよく立ち上がった。

 その衝撃でテーブルが揺れ、お茶がティーカップから少しこぼれ落ちた。


 どうしてそこで陽彩ちゃんの名前が出て来るんだ。

 怒鳴り気味に問いかけたが、ボクの声は間抜けな猫の泣き声にしかならなかった。


「ミーちゃんも陽彩ちゃんに会いたい?」


 当たり前だろ。

 一刻も早くこの謎空間から抜け出して彼女に会いたいよ。


「早くここに呼びたいな。あの子ならずっと一緒にいてくれるかも。ううん……ずっと私と一緒にいてくれる。私を救ってくれる」


 こいつは一体、何を言っているんだ。

 ボクは喜びに輝く金色の瞳を見ながら、確かに警告を聞いた。

 この女もヤバい奴なのかもしれない。

 駄目だ、すぐに彼女を助けないと。


 ボクは急いで椅子から降りて、転がりながら部屋の外に行こうとした。


「ミーちゃん。お外に行っちゃ駄目だよ」


 お前の言うことなど聞くか!


 窓から飛び出そうと、短い手でなんとかカーテンをめくる。

 ボクの視界に飛び込んで来たのは完全なる暗闇だけだった。


「邪魔が入らないように、ここの周りの世界は壊しちゃったから危ないよ」


 なん……だと。

 帰り道すらも無くなっているのかもしれない。

 ボクは絶望的な気持ちになる。


「ミーちゃんも私とずっと一緒にいようね。三人でお茶会しよう」


 いや、諦めるな。

 諦めたら試合は終了だ。


 ボクは誓ったはずだ。

 何を犠牲にしても、ボクの命をかけても陽彩ちゃんを守るって。

 ここから出たってどうなるかわからないが、この部屋にいれば彼女を救える確率はゼロだ。


 だった一パーセントだろうが、ボクはそれに賭ける。


「ミーちゃん?」


 ボクは苦労しながら窓を開けた。


「お外に出たら死んじゃうかも」


 構わない。

 陽彩ちゃん、君のためなら死ねる!


 ボクは勢いよく暗闇へダイブした。


「……貴方も私を置いて行くんだね」


 頭上でミヤがそう言ったのを聞いた。



 どこもかしこも真っ暗なので景色はわからないが、自分の体がぐんぐん下降して行っているのは感覚でわかった。


 下にあるのが固い地面なら、いつかはぶつかって死ぬのだろう。

 その前に少しでも何かヒントを探さないと。


 ボクは辺りを見回した。

 暗闇しかないと思っていたが、ぼんやりと光っている場所があった。

 ミヤの作った空間の裂け目で見たのと同じものだ。


 ボクは短い手足で泳ぐみたいに懸命に動かして光に向かおうとした。

 必死の努力が功を成し、体は光に向かって落ちて行く。


 眩い光が眩しすぎて、ボクは思わず目を瞑った。


 ふわりと体が宙に浮いた。

 近くに誰かの気配がする。


「まったく。貴様は想定外のことをするな。助けが間に合わないかと思ったぞ」


 誰かの正体は声でわかった。


「真堂……ヒカル」


 ちゃんと発声できるようになっていて驚いた。

 手足を見ると人間に戻っている。

 だけど透けているし丸裸じゃないか!……どういうことだよ。


 紛うことなき男の体だ。

 久しぶりに本来の自分の体に戻っていた。


「初めましてだな。異世界からの来訪者よ」


 薄目を開けると、厳しい目つきをした銀髪の男が立っていた。

 そいつは幽霊みたいに体が透けている。


「ボクのことを知っているのか」

「貴様のことはこの世界にやって来た時からずっと見ていた」


 驚いた。そんなことができる奴がマモリ以外にいたのか。


「貴様が俺を出現させるために苦心したおかげで、ようやくコンタクトが取れるようになった」


 ヒカルは口を一文字に結び、灰色の瞳でボクを見据えた。


「ボクをメシア博物館から謎の場所に呼び寄せたのはお前か?」

「そうだ。状況理解のために過去の記憶を見て貰った」

「ここはどこだ」

「世界の果てとでも言っておこうか」


 随分と中二病全開の名称だな……。


「俺たちの世界は有限だ。世界の端のさらに奥にある何もない空間。ここはそういう場所だ」


 RPGゲームでいう所のマップ外の世界というわけだ。


「この世界は何度も同じ時間に巻き戻され、その度に俺の記憶もリセットされる。だから干渉されないこの場所に自分の一部を切り離して留めているのだ」

「どうしてわざわざそんなことをしているんだ」

「……愚かな妹のためだ」


 ヒカルは悔しそうな声で呟いた。


「妹……ミヤは世界を作り変えようしている。それどころか貴様ら異世界の人間すら巻き込んだ」


 ボクはミヤが陽彩ちゃんとずっと一緒にいようとしていることを思い出した。


「ミヤは哀れな女だ。強大なマギアの力と、俺以外の誰とも触れ合えない体を持て余し、誰かから強く愛されたいと願っていた。そしてついに自分を愛してくれる者を見つけた」

「陽彩ちゃんのことか」


 ヒカルは「ああ」と、短く答えた。


「姫野マモリの芽上セカイへの執着心を利用し、姫野マモリを手伝ってその女をこの世界に転移させたのだ。永遠に自分だけのものにするために」


 なんということだ。

 陽彩ちゃんを自分だけのものにしたくなる気持ちはわかる。

 だけど彼女の気持ちはどうなるんだ。

 無理やり彼女の体を奪おうとした彼女の兄と変わらないじゃないか!


「そんなの身勝手すぎるだろ!」

「まったくだ」

「お前、あいつの兄貴ならなんとかしろよ」

「何度も説得した。だがあれはもう俺の言葉には耳を貸さない。ミヤからすれば俺は裏切り者らしい。……芽上セカイの手によって、俺だけ救われてしまったから」


 真堂ヒカルは『ヤミマギ』の攻略対象キャラクターとしてエンディングがいくつも用意されている。

 そこでこいつが救われているところは何度も見た。


「ミヤが救われることはなかった」


 当たり前だろ。

 真堂ミヤはただのモブキャラで、あまつさえ女の子。

 乙女ゲームの世界で救われるわけがないんだ。


 さっきヒカルは「ミヤは世界を作り変えようしている」と言っていた。


「もしかして、ミヤは自分が救われる世界に改変しようとしているのか?」

「案外察しがいいんだな」


 案外は余計だ。


「あいつは俺のように、女神みたいな女の子に愛されて救われたいと言っていた」


 真堂ミヤが可哀想なことも、孤独を抱えていることも、彼女の姿を見たからわかった。

 だからって陽彩ちゃんを利用しようなんてボクが許さない。


「だが叶わぬ願望だった。ミヤがデバックルームの乗っ取りに成功するまでは……」」


 空間の裂け目で見たあれか。


「あいつはこの世界を好きにできるようになった。それだけでは飽き足らず世界に用意されたシナリオまで自分の都合のいいものに書き換えようとしている」


 なんて奴だよ。


 ヒカルは目を伏せ、言いづらそうに口を開いた。


「あいつの心を救って欲しい。この世界の安寧のために」


 いくら美少女とはいえ、陽彩ちゃんに危害を加える奴を救いたいとは思わない。

 だが……。


「真堂ミヤを救うことは、陽彩ちゃんを救うことに繋がるんだな」

「そうだ」


 ならばやるしかないだろう。


「ボクにお願いするなら、ミヤを救う方法は考えているんだろうな?」

「ふん、当然だ」

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