第20話 三百年前の世界で
死体はどれも酷く損傷していた。
化け物にでもやられたみたいに無残だった。
瓦礫の中で生きている人間を探していたら、向こうから数人の男たちがやって来た。その中に真堂ヒカルの姿も見つけた。
男たちはみんな軍服を着ていた。
ヒカルだけは白くて貴族軍人みたいに装飾品のたっぷり付いた格好で、他の男たちはシンプルな黒い服だった。
「ここも酷いな……」
ヒカルは辺りを見回し眉間に皺を寄せる。
「人間を何だと思っているのだ。薄汚い魔物どもが」
怒りを露わにし、吐き捨てるようにヒカルは言った。
ここは博物館で見た三百年前に魔物が人間を襲い始めた時代か……?
さっきまで平和な時代みたいだったのにいきなりどうしたんだ。ミヤの作った空間の裂け目は時間も移動できるのだろうか。
ギャッ、ギャーと、鳥みたいな鳴き声が響き渡った。空間が割け、
ヒカルは小鬼の群れに一瞥をくれると、右手をさっと上げた。眩い光線が小鬼の群れを貫いた。小鬼は悲鳴を上げる間もなく消し炭になった。
再び空間が割け、小鬼よりずっと巨大な魔物が姿を現した。オークか。と、ボクが認識するが早いか、オークの体はヒカルの攻撃によって両断された。
内臓を晒しながらぴくぴくと痙攣するそいつに、汚物でも見る目つきでヒカルは止めを刺した。作中最強のキャラだけあって強いな。だけど戦いぶりを眺めていると少し気分が悪くなって来た。グロい……。
男たちの口から高揚した溜息が漏れた。
「流石はヒカル様!」
「共に戦って下さるのは心強いです」
「だがこれではキリがない。本陣を叩かねば被害は増す一方だ」
ヒカルは天上を睨みつけた。
真っ赤な空に紫色の雲が渦巻いている。いかにも不穏な光景だった。
「二度と人間を襲おうなどと思わぬよう、徹底的に叩きのめしてやる」
空を仰いでヒカルは鋭く言った。その言葉に男たちは大いに湧いた。
現代でもメシアとか呼ばれているが、ヒカルはこの時代で英雄的存在だったのだろう。
突如何もないところが光り始めたと思うと、光の中からクラシカルなメイド服を着た女が現れた。ワープ魔法だろうか。この場にメイド服は場違いで、異様な雰囲気を醸し出していた。
「ヒカル様、大変です! ミヤ様がお屋敷にいらっしゃいません!」
光から出現した女は顔面蒼白で言った。
「まさかあいつ……」
ヒカルは苦々しい面持ちで呟いた。
「お心当たりがございますか?」
メイド服の女は心配そうに尋ねる。
「恐らく本陣を叩きに行ったのだろう」
ヒカルの言葉にざわめきが起きた。ヒカルだけは冷静で、顔色ひとつ変えない。
「ミヤ様おひとりで……そんな」
女は悲痛な面持ちで言う。
「本陣の場所がミヤ様にはおわかりになるのですか」
「あいつはハイレベルな闇のマギア使いだ。同質のマギアが強まっているところを探るなどたやすい。俺も本陣に向かう」
「ヒカル様も場所がおわかりで?」
「ミヤの中に残っている俺のマギアを辿ればいいだけだ。……貴様らもついて来るか?」
軍服の男たちはヒカルの言葉に委縮し、戸惑いを見せた。その様を見てヒカルは薄く笑う。人を小馬鹿にしているような表情だ。
「ふん、冗談だ。貴様らは生き残った者の回復と、雑魚共の処理でもしていろ」
「はっ。承知致しました」
男たちは安堵したような顔になった。
ヒカルは自ら作った光に包まれると、その場から消えた。
メイド服の女も同じくマギアの力でワープして行った。
「いけ好かない坊ちゃんだ」
男のひとりは、ヒカルが去った後の場所を忌々し気に睨んだ。
「おいやめろ。誰が聞いているかわからないぞ。真堂ヒカルを神聖視する者も多いんだ」
「神聖視……ねぇ。おれからすりゃ偉そうなガキにしか見えねぇが」
「だけどあの強さ見ただろう。オレなんか興奮しちゃったよ」
「まぁな。あれが選ばれた人間って奴なんだろうよ」
男たちはぶつぶつと喋っている。
「俺たち凡兵もやれるだけやろうぜ」
「このまま世界が滅びちまったら恩賞も出ないしな」
「違いねえ!」
男たちはひとしきり笑うと、それぞれのマギアでワープして行った。
またボクだけが取り残されてしまった。仕方がない。もう一度空間の裂け目を散策しよう。
振り返ると空間の裂け目の一部がぼんやりと明るく光っていた。さっきまではこんなこと無かったのに。あそこに行けということか……?
何かのフラグが立ったのかもしれない。ボクは意を決し、光っているところに向かった。
「やはりここにいたのか、ミヤ……」
ヒカルの声が聞こえる。ボクは光っているところから外の世界を覗き込んだ。
黒いボディに目玉がいっぱいついた、象くらいの魔物をミヤが黒い手で握りしめているのが見えた。
その姿をヒカルは見つめ、立ちすくんでいた。
「兄さま……」
べちゃっ。目玉の魔物は黒い手に握りつぶされた。赤黒い汁が魔物の体から飛び散った。
ミヤは吐き気を堪えているのか口元に手を当てた。
彼女は元々色白だが今は青ざめて見える。
「もうよせ」
ヒカルの言葉を無視し、ミヤは獲物を捕らえて次々に握りつぶして行く。
「じれったいなぁ……」
彼女はそう言ってその場に巨大な空間の裂け目を作る。
裂け目が口を開けるとプール程の大きさだ。それはブラックホールのようにその辺りにいた魔物を吸い込んだ。
すべての魔物を吸い込み終わると空間の裂け目は口を閉じた。
「私、戦うのは上手くできるみたい。壊すのは得意だったもんね」
「お前は戦いに向いていない」
「どうして? こんなに上手く魔物を殺せるのに」
ミヤの作った空間の裂け目が再び開いた。体がよじれて息絶えた魔物が、バタバタと落ちて来た。
「お前の性格は戦いに向いていない」
「私が戦えばみんなのためになるんでしょ。嬉しいの。初めて人の役に立てるんだから」
ミヤはそこにいた魔物を殺しつくした。魔物の体液が噴き出て彼女の顔と黒いワンピースを汚す。彼女は顔に付着した魔物の体液を手の甲で擦り取った。
「お前は安全な場所に隠れていろ」
「どうしてそんなこと言うんだよ」
「お前は俺たちのように魔物を憎んでない。無理して殺していたらそのうち心を壊す」
「私が安全な場所に行ったらみんな逃げ出すだろうね。みんなにとっては危険な場所になるから」
「ミヤ……」
空間の裂け目が現れた。そこから大量の魔物が溢れ出す。
小鬼、オーク、トロルといった魔物はヒカルにだけ襲い掛かった。ミヤのことは仲間だと思っているみたいに。
ヒカルはマギアの力で魔物たちを一掃した。見るからに雑魚ばっかりだったので敵ではないのだろう。
ミヤはさらに奥の空間へと歩を進めようとした。
「止まれ。ここから先は俺に任せろ」
「……私の役目を取らないでよ。兄さまはもう十分みんなから認められているのに……」
振り返りもせずミヤは言った。
「私だって認められたい。愛されたい……!」
彼女はそのまま奥へと走って行った。
「おい、待て!」
ヒカルは彼女を追いかけた。
仕方なしにボクも後をついて行こうとしたが、背後で何かの気配がした。
後ろを見ると空間の裂け目の一部がまた薄ぼんやりと光っていた。
呼ばれているような気がして、ボクはまた光に向かったのだった。
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