第16話 三人目の男と、初めてのデートイベント
マギア・アカデミーの建物は森で囲われている。森の奥深くは危険だが(噂では滅んだはずの魔物がいるとかいないとか)、そこまで行かなければ安全な散歩道だ。
ボクは
こんな自然に溢れた場所に来ると、嫌でも子どもの頃を思い出す。あの時に住んでいたのはド田舎だった。娯楽施設がひとつもない孤島。ボクはそこで生まれてから小学二年生まで家族や親戚と住んでいた。
ボクの父親の家はその島の地主で、島で一番偉かった。家族や親戚は島で大きな顔をしていた。だけどボクと母さんだけは恩恵を授からなかった。ボクが住んでいた島は排他的でよそ者に冷たかった。
住んでいた屋敷は島で一番立派だった。ボクと母さんに与えられたのは粗末な離れ――元は物置小屋だったらしい――だった。そんな状況だったが、母さんは家族や島の人たちから愛されようともがいていた。家や地域の雑事は積極的にこなし、周りの人々のくだらない話にも口を挟まずいつも笑顔で相槌を打っていた。長男だって生んだ。けれど母さんとボクはいつまでもよそ者だったのだ。
自分の扱いに耐えきれず、ある日母さんはボク以外の家族を皆殺しにして屋敷に火をつけた。そして無理心中をするためにボクを海まで連れて行った。死ぬ前にボクたちは助け出された。
母さんが終身刑を言い渡されて牢屋に入れられてからは一度も会いに行っていない。ボクは今、母方の親戚の援助を受けながら島から遠く離れた都会で暮らしている。
母さんが起こした事件は大きく、遠く離れた都会にも知れ渡っていた。ボクが一家惨殺事件の生き残りであることは、転校先の学校でもすぐに噂になった。誰もかれもが好奇の目で見たり、逆に関わらないように無視して来た。
陽彩ちゃんだけはボクに優しくしてくれた。それは彼女が全人類から愛されたい子だったからだろう。利己的な理由だ。それでも構わなかった。あの時彼女が女神に見えたのはまぎれもない事実だったから……。
「何を考えている」
ホムラにそう問われ、ボクは現実に引き戻された。今はこいつとのデート中だったな。
「ごめんなさい、ぼんやりしていたわ。森の中にいるとリラックスしちゃって」
「そうか」
「狩人君はこういうところ好き?」
「ああ。故郷を思い出す」
「故郷では動物と暮らしていたのよね。狩人君の小さい頃の話、よかったら聞かせてくれない?」
「面白い話はないが」
「構わないわ」
ホムラは森を見つめ、語り始めた。
「オレの故郷ではどこの家にも狼がいた。故郷の子どもは子狼と共に育つ。狼は家のヒツジやヤギたちを統率したり、家を守ったり、森で狩りをする時のパートナーになってくれた」
「本当に、家族なのね」
「ああ。……森の動物たちも生きる分だけは狩っていたが、それ以外は一緒に遊んだりしていた」
「とても楽しそうね」
「そうだな。それに平和だった……あの時までは」
ホムラの声色がワントーン下がった。
「二つ上の兄者はオレよりずっと狩りが上手かった。マギアの腕も……。だが奢らず、誰にでも優しかった」
「お兄さんのことを尊敬しているのね」
こいつと兄を攫った『狩人一族』さえいなければ、今頃平和を享受していただろう。まぁそれではこいつはマギア・アカデミーに来ないのでこのゲームの話が成り立たなくなるのだが。
「兄者のために、オレは『デウス』に選ばれる必要がある」
「応援しているわ。……って言いたかったけど、狩人君、なんだかつらそうね」
ホムラは驚いたようにボクを見た。
「……何故そう思う?」
「女の勘、かしら。なんてね」
そんなもの男のボクにはないのだが。
「お前は不思議な奴だな。まるで心が読めるようだ」
読めるんだよ。ボクはお前のルートに何度も行ったし(隠しキャラを攻略する時も必須だからな)、イベントをすべてこなしてエンディングもすべて見た。お前が何を考えているかなんて手に取るようにわかる。
「オレが『デウス』になることで、犠牲になる者たちがいる」
ホムラがデウスになる目的は、狩人一族が神と崇める真堂ヒカルの封印を解くことだ。すなわち魔物から世界を守っている結界を解くわけだ。そこにこいつの葛藤がある。
ボクには理解できない。愛する者以外がどうなったってどうでもいいじゃないか。
「そう思って苦しむのは貴方が優しいからよ。一人で抱え込まないで」
「……姫野、お前もいい奴だな」
ホムラはヘタクソな笑みを浮かべた。笑い慣れていないようなぎこちないものだ。マモリがいなくてもわかる。好感度は順調に上がっている。
その日のデートでは、狩人の好みの話を中心に行い、さらに好感度を上乗せした。
数日後。夏休みはまだ続いている。だが、ボクに休みはない。イベント委員の活動が始まったのだ。
ボクはイベント委員のクラスミーティングに参加していた。クラスミーティングといっても参加者は陽彩ちゃんとミナセとダイチとボクの四人だけだ。
イベント委員は体育祭の競技と文化祭の出し物について企画したり、当日は進行スタッフの役割をこなす。
今日は企画を考えるために集まった。正直ボクはなんでもいいので適当に相槌だけ打って過ごした。体育祭の競技はスポーツ好きのダイチが積極的に案を出し、他のメンバーに異論はなかったのですんなりと決まった。
「んじゃあ次は文化祭の出し物か。おれは屋台がいいな! フランクフルトとか焼きそばとか売ろうぜ!」
お前が食いたいだけだろ。と、ボクはダイチに内心毒づいた。腹ペコキャラとかあざといんだよ。
「屋台は定番だし悪くないよ。姫野さんと芽上さんは何がいいと思う?」
ミナセの問いにボクは考える素振りを見せた。陽彩ちゃんが小さく挙手をした。
「私は、演劇がいいなぁ」
意外な回答だった。陽彩ちゃんは現実世界で演劇部に所属しているわけでもない。舞台を見るのが趣味でもないし……。
「演劇もいいね。演目はどんなのがいいかな」
「もう決めているの。初代『ディア』と『デウス』の物語よ」
陽彩ちゃんはきっぱりと言い放った。
「二人は有名だけど、彼女たちの活躍の詳細まではみんな知らないと思うわ。博物館もいつも誰もいないし。この機会に二人のことをみんなに学んで欲しくて」
「歴史のいい勉強になりそうだね」
ミナセは好感を示したが、ダイチは反対に難色を示した。
「えー、文化祭で勉強とかやりたくねー」
「役者になってスポットライトを浴びて注目されるの、ダイチは好きそうだと思うけどな」
ミナセの言葉にダイチの瞳がキラーンと輝いた。
「おれやりたい! 演劇やる!」
ゲンキンな奴だ。幼馴染だけあってミナセはダイチの扱いに慣れているな。ボクとしては愛しい陽彩ちゃんのアイディアが採用されるに越したことはない。
「わたしもセカイの意見に賛成よ」
ボクがそう言うと、陽彩ちゃんは嬉しそうな顔をした。天使みたいなスマイルが見れたから今日はここに来てよかった。
結局うちのクラスの出し物は演劇で決まった。現実世界ならこうやって一部の人間だけで文化祭の出し物を決めるのは大ブーイングだろうが、この世界は一部のキャラ以外はすべてモブだから問題ない。
「……実は私ね、この劇がやりたくてイベント委員に入ったの」
ミーティングの後片付けをしている途中、陽彩ちゃんはボクに耳打ちをした。
「どうしてそんなに劇がしたいの?」
「みんなにもっと初代『ディア』と『デウス』のことを知って貰いたくて。そうすれば……」
陽彩ちゃんは何かを言いかけてやめた。彼女は一体何を考えているんだ?
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