第15話 三人目の男と、隠しキャラクター

『ヤミマギ』にはメインの攻略キャラクター三人の他に、隠しキャラが一人いる。

 その男の名前は『真堂まどうヒカル』。

 目の前のクリスタルに封印されている初代『デウス』だ。


『ヤミマギ』の世界が二人の人柱――そう言っても差し支えないだろう――の犠牲により成り立っていることは、ヒカルのルートに入ると開示される。

 こいつのルートは、三百年も地下に閉じ込められて人々の平和のために祈らされ、すっかり闇落ちしたヒカルの心を救う物語でもある。


 愛しそうにクリスタルを見つめる陽彩ちゃんの眼差し。

「助けてあげる」と言った言葉。

 間違いない。今の陽彩ちゃんの狙いは『ヒカル』だ。


 三人の男の誰にも靡かなかったわけがこれでよくわかった。


「ここに来たら必ず『ディア』に選ばれなきゃって改めて思ったわ」


 陽彩ちゃんは言う。

 ヒカルとのベストエンドを迎えるには、同じ学年の女性の中で一番優れたマギア使いである『ディア』になるのは必須だ。


『ディア』になると、主人公は祈りの間に連れて行かれる。

 そこで世界の平和を祈るのが新たな『ディア』と『デウス』の仕事だ。

 実際のところ、その祈りは初代の封印を補強する役目にあたるのだが。


 初代が自由を手に入れられるのは、自分たちよりすぐれたマギア使いが現れた時だけだ。

 だけどそんな人間は三百年間現れなかった。


 ゲームのヒカルのベストエンドでは、主人公はやつの封印を解いてしまう。

 その途端に空が割け、そこから大量のモンスターが溢れ出す。

 人類は三百年前と同じように、モンスターに蹂躙される。


 ヒカルはもう人々を救おうなどと思わなかった。

 こんな扱いをされたんだ。そりゃそうだな。

 ただひとり、主人公だけは救った。


 人類が滅び去った後でようやく、ヒカルはモンスター共を一掃した。


 人間が誰もいなくなった世界でヒカルと主人公は二人で死ぬまで暮らす。

 エンディングのスチルは、終末を感じさせる破壊されつくした世界で、抱き合う二人。


 このエンディングを見た時にボクは思った。


「これ、本当に乙女ゲーか?」


 地獄みたいな話だが、愛する者と二人っきりになりたいという願望はわかる。

 ボクだって邪魔者がいない世界で陽彩ちゃんと二人きりになりたいよ。


 トゥルーエンドに到達するために、陽彩ちゃんがヒカルルートに入るのを食い止めないと。



 寮の部屋に帰宅し、ボクは男たちの攻略ノートを書いていた。


 陽彩ちゃんがヒカルルートに入らない方法の一つ目は『ディア』にさせないことだ。

 つまりはボクがその役割を奪うのだが……はっきり言ってこれは難しい。


 ボクは一学期の間ほとんど男たちを堕とすことにかまけていた。

 対して陽彩ちゃんは『ディア』になるために頑張っていた。

 正直、負け戦になる可能性が高い。


 もう一つの方法をとる。

 それは真堂ヒカルを出現させ、好感度を上げて陽彩ちゃんに目を向けさせないようにすることだ。


 ヒカルの体は封印されているが、ある手順を踏めばヒカルの魂と会話することができるようになる。

 手順のひとつめは、狩人ホムラの好感度を上げてイベントを進めることだ。


 次の目的が決まったな……。



※※※



 次の日ボクは魔成獣ませいじゅう小屋に来ていた。

 思った通り、目当ての男はここにいた。


 狩人かるとホムラは小屋の掃除をしていた。

 授業のある時は当番制で生徒が持ち回りで魔成獣の世話をしていたが、夏休み期間は気がついた人がするという具合だった。


 ボクは獣臭くて薄暗い通路を歩いた。あちこちから魔成獣の鳴き声がする。

 足音に反応し、ホムラはふり向いた。


「姫野か」

「狩人君。貴方も魔成獣の世話に来ていたのね」

「お前も?」

「ええ。この子たちが気になっちゃって」


 ホムラの好感度を上げるポイントのひとつ目が奴に理解を示すことなら、二つ目は、動物に優しくすることだ。

 ボクは小屋の掃除を手伝い、餌を補充した。


「狩人君は動物に優しいのね」

「俺の故郷では人は動物と協力して生きて来た。俺にとっては家族だ」


 ホムラは恐らく無意識に、奥にある檻に視線をやっていた。

 そこにいるのは赤い毛皮を持つ狼。ファイアーウルフだ。


 魔成獣はマギアの力で生み出された、魔力を持つ獣だ。

 だけど中には後天的に魔成獣にされた生き物も存在する。

 例えばこのファイアーウルフもそうだ。


「家族かぁ。ここに来てから全然会ってないから寂しいわ」

「そうか」

「狩人君の家族ってどんな人たちなの? わたしは一人っ子なんだけど兄弟はいるのかしら」

「家族は誰もいなくなった。兄弟は兄が一人いた」

「ご、ごめんなさい! そうとは知らなかったから……迂闊だったわ」


 口ではそう言ったが、ホムラのこの設定は当然知っていた。


「……いや、構わない」


 ホムラは子どもの頃、兄と共に『狩人一族かるといちぞく』に攫われた。

 狩人一族は優れたマギアの力を持つ子どもらを各地で狩り、外界から閉ざされた孤島で戦士として育てる。

 小さい頃から閉ざされた空間で育てることで、自分たちに都合のいい洗脳をして行くわけだ。

 その目的は自分たちの信じる神の復活と、神を崇める世界を作ること。


 その神の名は『真堂ヒカル』、初代『デウス』だ。


 狩人一族はこれまで数度、ヒカルを奪うために暗躍して来た。

 しかしいずれも失敗に終わった。


 そこで今回はホムラをマギア・アカデミーに入学させ、『デウス』を目指させているわけだ。

 祈りの儀式の時にヒカルを復活させるために。


 むろん失敗すれば切り捨てられる。

 そんな捨て駒にホムラが立候補したには理由があった。


「今はいつも近くに兄者のマギアを感じている。寂しくはない」


 ホムラの声に応えるように、ファイアーウルフは小さく唸った。


 ホムラの兄は半年前にヒカルの奪取を試み、失敗した。

 捕らえれ、マギア・アカデミーの地下に存在するという実験施設で実験台となった。

 それは人間を魔成獣にする実験だった。


 ホムラは兄を助けるためにここにいる。


「ねぇ。狩人君。夏休みはどこかに行かないの?」

「予定はない」

「よかったら一緒にどこかに行きましょうよ。前にみたいに」

「ああ、構わない」


 ボクたちはその後も魔成獣の世話をした。

 ファイアーウルフは警戒するようにボクをずっと見ていた。

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