ロード:真のクリア条件

第14話 この世界の『メシア』

 どうしてバッドエンドになった。

 どこで間違えた?


 いや、間違ってなんかない。

 バッドエンドに入るには、ミナセと同時に他の攻略キャラクターの好感度をある程度上げる必要がある。

 マモリの好感度チェックで他の二人の好感度は知っているが、バッドエンドになるにはまだ足りなかった。


 この後どうなるんだ……?

 ボクはここからもうずっと出られないのか?


「陽彩ちゃんを救えないのか……?」


 ごめんよ陽彩ちゃん。君のこと今度こそ絶対に守るって決めたのに、こんな中途半端なところで終わるなんて。


「陽彩ちゃん……陽彩ちゃん……!」


 情けなくも涙が出て来る。

 ボクはどうなってもいいから、彼女だけでも助け出したい。


「内藤宗護さん……」


 聞き覚えのある女の声が空間に響いた。姫野マモリの声だ。

 途端に暗い空間が薄明りに包まれた。

 ボクは袖で涙を拭った。


「なんだ、お前か……。いや、なんでお前がここにいる。ここはミナセのクリスタルの中だろう」

「いいえ。違うわ。この場所は……中間地点とでも呼びましょうか。プレイヤーさんが『最初から始める』か『ロード』するか選べる場所よ。バッドエンドになったからここに来たのよ」


 いわゆるタイトル画面か。


「ひとまずお疲れ様。結果的に失敗したけどプレイヤーさんはなかなかよくやったと思うわ」


 無駄に上から目線でカチンと来るな……この女。


「ボクはなぜ失敗したんだ。バッドエンドになるフラグは立っていなかっただろう」

「わたしの想像だけど……オーバーキルが原因よ」

「オーバー……キル?」


 乙女ゲームを攻略するのにそんな物騒な単語を聞くとは思わなかった。

 一応言っておくが、オーバーキルとは相手に対して過剰に攻撃を行うことだ。

 バトルゲームで例えるなら、HP以上の攻撃を繰り出したってわけだ。


「バッドエンドに入る時点で、王侍ミナセから貴方への好感度は振り切れていた。それも本来ならこんなスピードで攻略対象の好感度が上がるはずない。制作者の想定を超えたプレイをしたせいで、ゲームがバグったのよ」

「……バグ……だと」


 くそっ、とんだ罠が用意されていたもんだ。


「仕方ないわ。わたしもこんなことになるなんて知らなかったし」

「……また最初からなのか」

「いいえ。貴方も知っていると思うけど、『ヤミマギ』はバッドエンドに入ると直前の選択肢から再開することができるわ。エンディングの回収を容易にするためにね」

「ああ、そうだったな」


 システムグッジョブ。

 再開時はキャラクターの好感度に注意だな。


「マモリ。今回のプレイ時、ゲームにはないセリフやイベントが発生したが、どうしてかわかるか」

「おそらくそれも一種のバグよ」

「想定外のプレイをした弊害が随所に出ていたわけか。……次は気を付ける」

「そのままでいいわ。普通にプレイしたところで、いつもと同じエンディングにたどり着くだけだもの。トゥルーエンドにたどり着くには、逸脱したプレイが必要だと思うの」

「なるほどな」

「本来ゲームに出て来ない物が出て来たのは、恐らくトゥルーエンドへのフラグが立ったからよ」


 普通のプレイをしていたのでは151匹目は得られない、初代ポ●モンみたいなものだな。


「トゥルーエンドもバグなのかもな」

「そうかもしれないわ。……なんにせよ、貴方のおかげでこれまでとは違う未来にたどり着けそうなの」


 マモリは嬉しそうな顔をした。

 すっかりとダークヒロインの雰囲気になってしまったが、こういう顔をしていると可愛い。

 陽彩ちゃんには敵わないけどね。


「貴方の心の準備ができたら、『ロード』するわ」

「ボクはもう大丈夫だ」

「わかったわ。……いってらっしゃい」


 辺りが突然眩く輝いた。



※※※



 目を覚ますと、ミナセの寮の部屋だった。

 どこまで時間が戻った……?


「姫野さん、どうしたの? なんだかぼんやりしているけど」


 心配そうな顔でミナセが言う。

 瞳の色は金色ではなくいつもと同じく深いブルーをしていた。


「……テスト勉強の疲れが今頃出たのかもしれないわ」

「だったら早く休んだ方がいいよ。部屋まで送るから」


 ミナセに普段通りの穏やかさで、理性を失くした様子はない。


「ご褒美はまた今度お願いするね」


 ミナセはボクの部屋まで送ってくれた。


「……僕、さっき姫野さんに酷いことしなかった?」


 ボクの部屋に向かう道中、ミナセはおずおずと尋ねた。


「薄っすらと、そういう感覚が残っていて……」


 ミナセは額に手を当てて呟いた。


 バッドエンドの記憶が残っているのか。


「マギアでわたしのことを操って、自分だけのものにしようとしていたわ」

「ええっ!」

「……なーんて、嘘よ。優しい王侍君がそんなことするわけないでしょう。……それとも、本当はしたいの?」

「……い、いや、まさか……そ、そんなこと考えたこともないよ!」


 ものすごく狼狽えている。嘘が下手だな、こいつ。



 部屋に入ると、陽彩ちゃんがベッドの上で熱心に本を読んでいるのが見えた。

 とても真剣な眼差しだ。


「セカイ、何を読んでいるの?」


 気になって話しかけると、陽彩ちゃんはぱっと本から顔を上げた。


「マモリ……。初代『ディア』と『デウス』について書かれた本よ」


 陽彩ちゃんは本の表紙を見せてくれた。


 ボクらの学年で一番いい成績を取った女性に贈られる称号『ディア』と、同じく一番いい成績の男に送られる称号『デウス』。

 初代の『ディア』と『デウス』は成績優秀者に送られる称号ではなかった。

 あいつらが活躍した頃にはマギア・アカデミーすらなかったからな。


「セカイは『ディア』になるのが夢だもんね」

「マモリは『ディア』を目指していないの?」

「……わたしは、セカイこそ相応しいと思っているから」

「貴方はいつも私を立ててくれるけど、私はマモリとライバルでもいたいのよ」


 陽彩ちゃんは困ったように笑う。


「そうだ! 夏休みに入ったら一緒に『メシア博物館』に行かない? そしたらマモリもやる気になるかも」


 メシア博物館とは、初代『ディア』と『デウス』についての展示がある博物館だ。

 陽彩ちゃんからのデートの誘いだ。行き先が地獄でも断るわけがなかった。



※※※



 夏休みに入ってすぐ。ボクたちはメシア博物館にやって来た。


 陽彩ちゃんは熱心に展示を見ている。

 ボクは展示よりも陽彩ちゃんを熱心に見ていた。


 陽彩ちゃんは映像資料が延々と流れているコーナーのソファに腰かけた。

 ボクも隣に座る。


『今からおよそ三百年前。この世界は闇に包まれました』


 映像資料から音声が流れ始めた。


『別世界からやって来たモンスターが蔓延はびこり、人間たちを蹂躙しました。このまま人類は滅びるしかない。そう思われた時に現れたのが、我らがメシアの『デウス』と『ディア』です。


 空間の裂け目からモンスターが現れるもの。

 モンスターが人々を襲うもの。

 天上から光が差し込み、現れた二人の男女。

 目の前の映像は次々切り替わる。


『『デウス』と『ディア』はそれぞれ光と闇のマギアを用いてモンスターたちを一掃しました。彼らがいれば我々は安心して暮らせます』


 凄まじい力で消し飛ばされるモンスターの映像が流れた。


『彼らにはこの地に留まり、我々の平和のために祈り続けて貰うことにしました。……永久に』


 映像がブラックアウトした。機械の乾いた音声で『現在、彼らは地下の展示場で展示されています。彼らのおかげでこの世界が平和であることを胸に、どうぞ彼らに祈りを捧げて行って下さいね!』と響いた。


 陽彩ちゃんはすっと立ち上がった。


「マモリ。地下の展示場に行こうか」

「ええ」


 ボク達はエレベーターに乗り込んだ。

 地下の展示場はかなり下にあるので、かなり長い時間乗る必要があった。


「私たちが平和で暮らせるのは、『ディア』と『デウス』が犠牲になってくれているからなんだよね」


 ゆっくりと下降するカゴの中で、陽彩ちゃんは呟いた。


「誰かを犠牲にしてまで掴む幸せってどうなのかな……」


 陽彩ちゃんは寂し気に言った。

 やっぱり彼女は優しい。

 だけどボクは君が幸せになるならなんだって犠牲にしたいと思うんだ。


「そんなの……私は……」


 陽彩ちゃんが最後まで言う前に、エレベーターは地下の展示場に着いた。


「あ、着いたね。行こうか」


 言葉の続きを言うことなく、陽彩ちゃんはエレベーターを降りた。



 展示場の前には巨大な金色の扉が立ちふさがっていた。

 陽彩ちゃんは壁についているパネルに、マギア・アカデミーの学生証を当てた。

 音を立て、ゆっくりと扉は開いて行く。

 この博物館の利用は学園からも推奨されていて、ボク達生徒はすべての展示物を自由に閲覧することが可能なのだ。


 陽彩ちゃんはひたひたと無言で廊下を歩いた。ボクも後ろから続いた。


 展示場の最奥に、巨大なクリスタルがふたつ並んでいた。

 それぞれに、祈りを捧げるように手を組んだ男女が一人ずつ入っている。

 こいつらが初代『ディア』と『デウス』だ。


 この状態では話すことも動くこともできないが、二人は確かに今も生きている。


 陽彩ちゃんはじっと二人を見つめている。

 やがて、口を開いた。


「……会いたかったわ」


 彼女はクリスタルに微笑みかけた。

 そして聞こえないくらいに小さな声で。


「早く貴方を助けてあげる」


 確かにそう呟いたのだった。

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