第17話 永遠の犠牲者

 イベント委員のクラスミーティング後、せっかくだからと四人で昼ご飯を食べに行った。

 早く陽彩ちゃんと二人きりになりたかったが、陽彩ちゃんが乗り気だったので仕方がない。


「マモリちゃんとセカイちゃんって仲いいよねー」


 学園の近くにあるカフェに入り、料理が運ばれて来るのを待つ間にダイチは言った。


「この学園に来る前から一番の親友だったの」


 陽彩ちゃんは説明した。

 そう言えばそういう設定だったな。


「へー、そうなんだー。女の子同士仲いいのっていいよねー。けどセカイちゃんって彼氏作んないの?」


 ダイチは前のめりで問いかけた。

 なんてことをさらりと聞いているんだこいつ。


「彼氏なんて、私にはそんな……」

「好きな奴くらいいるでしょ」


 戸惑う陽彩ちゃんに食らいつくダイチ。

 いい加減にしろよお前。


「好きな人なんていないわ」

「えー、じゃあどういう男が好きなわけ?」


 今の質問はよくやったぞダイチ。

 ボクはちらりと陽彩ちゃんに視線をやった。

 彼女はなんて答えるんだ……?


「優しい人、かな?」

「なんか無難な回答だなー」


 ダイチは唇を尖らせた。

 いい加減にしろよお前。


「芽上さんに失礼だろ。優しい人が一番だよね」

「じゃあミナも優しい女の子が好きなんだな」

「優しい子を嫌いな人はいないよ」

「ふーん、けどお前の好きな女の子って、全然優しくないと思うぜ?」


 ダイチは小悪魔スマイルでそう言った。


「王侍君って、好きな女の子がいるんだ」


 陽彩ちゃんが食いついた。

 女の子ってこういう話好きだな……。


「こいつの好きな奴はねー……もがっ!」


 ダイチの口をミナセが抑えた。


「僕の話はいいだろ!」

「ははへほははー」


 料理が運ばれて来たのでこの話は一旦中止だ。

 陽彩ちゃんの好みのタイプだけはもっと詳しく聞きたかった。


 しかし優しい男がいいのか。

 ボクは自分が優しいとは到底思えない。

 だけど陽彩ちゃんにならどこまでも優しくできる。

 それじゃ駄目だろうか。


 料理を食べ終わった後、ダイチが切り出した。


「この後、どっか行かねー?」


 早く陽彩ちゃんと二人っきりになりたいのに……。

 だけど陽彩ちゃんが乗り気だったのでボクも賛成した。


「よかったらメシア博物館に行きましょう。劇の参考になると思うし」


 陽彩ちゃんは提案した。


「メシア博物館って、そーいやおれ行ったことねーなー」

「いい機会だし、みんなで行ってみようか。……姫野さんはどうかな」


 陽彩ちゃんの案を否定するわけがない。

 当然ボクは承諾し、四人でメシア博物館に向かった。



 先日来たばかりだというのに、陽彩ちゃんはまた熱心に展示物に目をやっていた。

 真面目なミナセもじっくりと資料やキャプションを見ていた。


「初代『ディア』って可愛い子だなー」


 ほとんどの資料を流し見していたダイチは、『ディア』の写真の前で足を止め、興味津々で眺めた。


「『真堂ミヤ』ちゃんって言うのかー。名前も可愛いなー」

「初代『ディア』のことは歴史の授業で習っただろ」

「そうだっけ? おれ寝てたかもー」


 ミナセは呆れた表情を見せた。


「この世界のメシア、真堂兄妹のことは常識だぞ。彼らがいなければ人間は魔物に滅ぼされていたんだ」

「めちゃくちゃ昔、魔物に襲われたんだよなー。それは知ってるぜ!」


 ダイチは得意満面に言った。


「もしまた魔物が復活したらやばいよなー」

「真堂兄妹が祈りの力で守ってくれているから大丈夫だよ」

「今でも生きてるのか? めちゃくちゃ昔の奴なのにナンデ?」

「それも知らないのか……。当時いた人間たちがみんなで祈ることで、真堂兄妹を永遠の存在にしたんだよ」


 ミナセの説明に、ダイチはわかったようなわかっていないような顔をした。


「真堂兄妹は今も地下で私たちのために祈り続けてくれている。生きているのに、話すことも、動くことも何もできないの」


 陽彩ちゃんが呟いた。


「私たちのために犠牲になってくれている。王寺君達は、それをどう思う」

「それは……誰かが犠牲になるのは悲しいことだと思うよ。だけど彼らがいないとみんなが死んでしまう。もし僕が彼らの立場なら同じようにしたよ」

「ミナは優等生だな。美味いもん食えなくなったり、楽しいことできねーってことだろ? おれはやだなー」


 少なくとも真堂ヒカルは自分の境遇が不満だった。

 ヒカルは正義感の強い性格だから、最初こそ人類を守れる喜びもあったようだ。

 だが自分の犠牲を当然のこととして感謝しなくなった人々のことを最終的に恨む羽目になった。


 真堂ミヤの心情については一切不明だ。彼女はモブなので何も語られない。

 初代『デウス』を出すにあたり、初代『ディア』の描写も必要だろうくらいの適当さで作られたキャラクターに思える。

 このゲームの中では、ミヤはセリフすらひとつも与えられていない。


「私ならきっと、どんなに嫌でもみんなからお願いされたら断れないと思うわ……」


 陽彩ちゃんはいつもの無理に作ったような笑顔で言った。

 君を犠牲にする世界があるなら、そんなものとっとと壊れた方がいい。


「……セカイが犠牲になる必要はないわ。もしそんなことになっても、絶対にわたしが守ってあげる」


 ボクはきっぱりとそう言った。


「ありがとう、マモリ」


 ダイチは意外そうな目でボクを見ていた。


「マモリちゃんって友達には優しいんだな。男相手だと小悪魔なのにー」

「姫野さんはそういう人じゃない」

「小悪魔に騙されているやつほどそう言うんだよなー」


 ダイチは真堂ミヤの写真に再び視線をやってから言った。


「さっきから思ってたんだけどさー。ミヤちゃんってセカイちゃんに似てるよな」


 言われてみればそうかもしれないな。

 顔立ちは似ているし、髪色こそ違うが(真堂ミヤは黒髪だ)、ふんわりと柔らかそうなところは同じだ。

 何より、印象的な金色の瞳が瓜二つだった。


 真堂ミヤはモブキャラとはいえ立場的には前作主人公みたいなところがあるし、主人公のキャラデザに似せるのは何もおかしなことはない。

 だが何となく引っかかった。

 そう言えば、バッドエンドに進んだ時にミナセの瞳が金色に輝いていたな。

 何か関係があるのか……?


 疑問を抱えながら、陽彩ちゃんの提案でボクたちは地下の展示場に移動した。


 地下の展示場では、真堂ヒカルの展示の前にホムラがいるのを見つけた。

 着々と隠しキャラ出現のためのイベントが進んでいるようで内心ほくそ笑んだ。


 ホムラの好感度をある程度上げると、真堂ヒカル関連のイベントが発生するようになる。

 このイベントをすべて発生させればフラグが立って真堂ヒカルの魂がマギア・アカデミーに出現するようになるのだ。


「狩人君も来ていたんだ」

「王侍か……それと」


 ホムラはボク達に視線をやった。


「狩人がこんなトコ来るなんて意外だなー。お前って歴史の勉強とか興味あるのかー?」

「目指すものの姿を見ておきたかっただけだ」


 そう言ってホムラは再び真堂ヒカルに視線をやった。


「狩人もデウス目指してんだー。んじゃミナとライバルだな!」

「狩人君がライバルなんて、手ごわいなぁ……」

「同感だ」


 ミナセは親から優秀な成績で卒業することを求められており、その一環としてデウスになることを望まれている。

 自分の家が原因でデウスになろうとしている点では、ミナセとホムラは似た者同士といえるかもしれないな。


 陽彩ちゃんに視線をやった。

 彼女はじっと真堂兄妹を見つめていた。

 まるで魅入られているようだと感じた。

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