第11話 二人目の男、攻略開始

 観覧車に乗るなんて生まれて初めてだ。

 ダイチはボクの隣に座った。テレビで見たが、普通こういう時は向かいの席に座るんじゃないか?

 ゲームのこいつとの観覧車デートイベントの時も、今と同じく隣に座っていたが……。


「うわー、ここの敷地ってめっちゃ広いんだなー! おっ、ミナと狩人がいるぜ! おーい!」


 ダイチは窓の方に体ごと向いて外の景色を楽しんでいた。


「……話しがあるんじゃなかったの?」

「あー、そうだったなぁ」


 こちらを向くことなく答える。


「マモリちゃんはさー、ミナのことどう思ってんの?」

「えっ?」


 驚いてみせたが、この会話はすでに履修済だ。

 三人で休日デートをするイベントこそ原作ゲームにはなかったが、ミナセのことで嫉妬したダイチからこういう会話をされるイベントはある。


「ミナは、絶対にマモリちゃんのことが好きだぜ」


 それは知っている。

 姫野マモリの好感度チェックでも「王侍ミナセは貴方を好きみたいよ」となっていた。


「わたしも好きよ。優しいし、いつもよくしてくれるし」

「そういうんじゃなくてー」


 相変わらずダイチはこちらを見ない。


「あいつってさー、昔っからめっちゃモテるんだよなー」

「そんな感じがする」

「すげー可愛い子とか綺麗な子からも何度も言い寄られているのに、誰にもなびかねーの。まぁ、あいつの家があれだから、将来の結婚相手とかも決められてるだろーし、誰とも恋愛しないのはしかたねーのかもしれねーけど」


 ダイチは急にこちらを向いた。


「なのにあいつ、マモリちゃんに恋してんだよ。バカなおれでもわかっちゃうくらい、はっきりと」


 めずらしく真剣なまなざしだ。

 エメラルドグリーンの猫目からは、戸惑い、不安の感情が読み取れた。


「おれさー、あいつには幸せになって欲しーよ。けどあいつに彼女できたら、おれのことなんかどうでもよくなるかなって」

「そんなこと無いと思うけど」

「わかんないじゃん、そんなの」


 ダイチは頬を膨らませる。弟か妹に大好きな親を取られた子どもみたいな顔だ。


「……みんな、おれのことなんかどーでもいいんだからさー」


 視線は床に落とされた。普段の明るさはどこへやら、かなりの落ち込みを見せている。

 そんなやつにボクがかける言葉は……、


咲衣さくい君って、自分のことばっかりね」

「っ……!」


 咲衣ダイチを攻略するには、優しい言葉を並べるだけではいけない。

 こいつは勘が鋭い。薄っぺらな社交辞令など言ったところで好感度が下がるだけだ。

 とにかく本音に聞こえることを言うのだ。

 その辺が難しくてボクは何度もこいつの攻略を失敗した。


「マモリちゃんさー、ちょっと厳しくなーい?」

「事実じゃない」


 ダイチは押し黙った。


「自分自分ばっかりじゃ周りに誰もいなくなるわ」


 ボクはゲームでセカイが言っていたセリフをなぞった。


王侍おうじ君だって、いつか貴方に呆れて離れて行くかもね」

「……そんなの、言われなくても知ってるって」


 か細い声でダイチは言う。

 友情(そして自分に)に自信がないからこそわざわざ気を引いたり、ベタベタするのだ。

 まぁボクには友達がいないからすべて想像だが……。


「あいつはやさしーから側にいてくれるけど、やさしーから別におれがいなくても近くにいっぱいひとがいる。おれと違って周りからめちゃくちゃ期待されてるし」


 ダイチがミナセにコンプレックスを抱いているというのも、こいつのルートに入ると明かされる。

 ミナセは押しつぶされる程のプレッシャーを家から与えられているが、逆にダイチはほぼいない者扱いされている。二人の境遇を足して二で割ればちょうどいいのかもしれないが、ままならない。


 観覧車はてっぺんまでやって来た。


「……もしも」


 あとは降りて行く一方の観覧車の中で、ボクは口を開いた。


「貴方の周りに誰もいなくなったら、馬鹿にして笑ってあげる」

「はぁ?!」


 ダイチのリアクションのせいでゴンドラが揺れた。


「な、なんだよそれぇ!」

「それが嫌なら頑張って。……ふふ、咲衣君を笑う日が楽しみだわ」

「……マモリちゃんって結構ワルい女の子じゃん。ミナにばらしてやるー!」

「別に言ってもいいけど、王侍君に嫌われないようにね」

「むぅ~。あー、ほんといい性格してるよー」


 ダイチはケラケラと笑い出した。

「周りからみんながいなくなってもお前のことを見ていてやる」とやみに伝えたし、ダイチの心を擽るポイントは押さえた。


「そーゆーちょっとワルい女の子って、優等生のミナよりおれに合ってると思うんだよねー」


 ダイチはボクの頬に手をやって顔を近づけて来た。


「……おれにしとかない?」


 小首を傾げるあざといポーズをしているが、エメラルドグリーンの猫目には色気が宿っている。

 猫耳パーカーとか着ている癖に、だ。


 お前なんかこうしてやる。

 ボクは両手で思いっきりダイチの頬をサンドイッチした。


「んにゃっ?!」


 アイドルみたいに端正な顔がひしゃげた。


「はにふんはほぉ!」

「親友の好きな女の子を盗るつもり? 泥棒猫さん」


 そう言いながらダイチをサンドイッチから解放した。


「親友をワルい女の子から守ってやるんだよー」

「どうだか」

「けどさー、マモリちゃんって思ったより面白い子だよな。んー、本気で狙っちゃおうかなぁ」

「ふふ、どんな風にしてくれるのか楽しみだわ」


 本気でなんて言っているが、こいつのことだ、どうせまだ少し気になっているレベルだろう。

 だけど悪くない反応だ。順調に好感度は上がっている。


 徐々に地上に近づいて行くゴンドラの中で、ボクは目標に近づいているのを感じていた。

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