第10話 三人の男と、デートイベント

 ミナセとダイチの攻略を進めるために、ボクはこれ見よがしにダイチの目の前でミナセをデートに誘った。ダイチは狙い通りついて来ると言い始めた。

 ここまでは計算通りだ。

 だが想定外のことが起きた。


姫野ひめのさん。次の日曜日のことなんだけど、狩人かると君も誘っちゃ駄目かな?」


 ミナセがいきなりそんなことを言いだした。


「今度の日曜日に三人で遊びに行くことを狩人君に話したんだ。そしたら彼も興味を持ってて。姫野さんが嫌なら断っておくよ」


 覚えている限り、三人同時に休日デートをするというイベントは原作ゲームにはない。ボクが見ていないだけの可能性もあるが、攻略サイトにも記載はなかったように思う。


 もしかして、トゥルーエンドに繋がるフラグがあるのか?

 まぁ、何もなかったとしても三人の好感度を同時に上げられるチャンスだ。

 ここは快諾しておこう。


 そういうわけで現在に至る。

 快晴の空の下、ボクたちはレジャーランドに来ていた。


 ちなみに陽彩ひいろちゃんも誘ってみたが「期末テストが近いから勉強しないと……。みんなで楽しんできてね!」と、断れてしまった。

 陽彩ちゃんはセカイとして『ディア』を目指しているわけだし仕方ないけど……。

『ディア』はマギア・アカデミーで一番優れた女性魔法使いに与えられる称号だ。主人公のセカイはこの称号を得ることを目的としている。

 勉強を頑張るのもいいけど、乙女ゲームなのに陽彩ちゃんが誰も真剣に攻略しようとしていないのが気になる。



 レジャーランドの入り口で、ダイチが瞳を輝かせながらジェットコースターを指差した。


「あれ乗ろうぜあれー!」


 ジェットコースターの乗客は楽し気に悲鳴を上げていた。レジャーランドのCMで見たことのある光景だった。


「この島ってこんなおもしろそーなトコあったんだなー!」


 休日だから今日のダイチは私服だ。


 オレンジのパーカーにカーキ色のハーフパンツという出で立ち。

 ぶかぶかのパーカーのフードには猫耳がついていて、背面の裾、お尻の辺りには尻尾みたいなのもぶら下がっている。

 こんなあざとい服どこに売っていたんだよ。

 リュックサックとスニーカーがピンク色なのもあざとい。

 身に付けている濃い緑の首輪みたいなチョーカーの下では、小さな黄色い鈴が揺れていた。


「僕も知らなかったよ。姫野さん、教えてくれてありがとう」

「わたしもたまたま知ったの。それにしても、狩人君がこういうところに興味があったのが意外だわ」


 ボクはむっつりと黙ったままの長身の男に目をやった。


 黒いTシャツに焦げ茶色のレザージャケットに黒のジーンズに赤茶色のアーミーブーツ。

 胸には鎖状のネックレスが光る。

 ネックレスには赤い宝石の指輪がついていた。

 ホムラの私服はワイルド系だな。それぞれの私服はキャラクターのイメージに合わせている。


 ホムラはじっとダイチを見つめていた。


「なんだよ狩人! またおれのこと睨んだりしてー」


 ダイチはミナセの後にさっと身を隠した。

 ミナセの腰をしっかり掴んで怯える様は、肉食獣に狙われた小動物みたいだ。


「お、お前なんか別に怖くねーからなぁ! フーッ! フーッ!」


 態度とセリフが著しく乖離しているぞ。

 子猫が狼に頑張って威嚇しているようにしか見えない。


「……特に用はない」


 ホムラはそう言ってダイチから視線を外した。


 ダイチはミナセに「あいつ絶対おれのこと気に食わねぇんだー」とかなんとか言っていた。

 ホムラは小さくて可愛いものが好きなキャラクターであり、ダイチのことを小さくて可愛いと思っているのは公式設定だ。

 だが、ダイチはそれを知らない。

 ホムラはキャラデザのせいでダイチから怖がられて損しているな。あわれホムラ。


「せっかく来たんだし、仲良く楽しもうよ。……ね、姫野さん」


 ミナセが二人の姿に苦笑いしながらボクに言う。


「そうね」


 このレジャーランドは遊園地と動物園と水族館が併設されているもので、原作ゲームにも登場する。 


「おれ遊園地行きたーい!」


 遊園地はダイチの好感度が上がるスポットだ。

 ちなみに動物園はホムラ、水族館はミナセの好感度がそれぞれ上がる。

 ボクとしては、全体的に好感度を上げておきたいところだな。

 修羅場にはならない程度に……だが。


「姫野さんは?」


 すかさずミナセがボクに問いかける。


「わたしは、せっかくだから全部行きたいわ」

「効率よく周ったら全部行けそうだよね。だけど姫野さんの体力も心配だし、疲れたら言ってね」


 ボクにそう言った後で、ミナセはホムラにも話しかけた。


「狩人君はどう?」

「俺もそれで構わない」

「わかった。じゃあ遊園地から行こうか」



 遊園地には、秘宝が眠るピラミッドを探検したり、宇宙に行って敵と戦うところを体験するライド系のアトラクションが豊富だった。

 こういう場所は現実世界で行ったことがないし、新鮮な気分だ。

 なんで行ったことがないか、だって?……一緒に行くやつがいなかったからだよ。言わせるな。

 たまにはこういう場所も悪くないな。


「次はあれだーー!」


 ダイチはシューティングゲームのアトラクションに目をつけた。


「マモリちゃんも一緒にやろーぜー」


 グイっと手を引かれる。

 ダイチは今日、やけにボクに絡んで来る。親友の気を惹きたいんだろうけど。


 運動神経がいいだけあって、ダイチはシューティングゲームが上手かった。

 ホムラも上手いな。軍人みたいな雰囲気のあるやつだが、見かけ倒しじゃない。


 ボクは……てんで駄目だ。まったく的に当たらない。


「マモリちゃん下手だなー。銃はこうやって構えるんだぜー?」


 ダイチはボクの手を取り、銃を構えさせた。フォームを整えるために肩や腰にも触れられる。

 ナチュラルにスキンシップをして来るなこいつ。イケメンじゃなかったらセクハラ扱いされるぞ。いや、現実だったらイケメンでも駄目だな。


「ダイチ……あまり姫野さんに触るなよ」


 ミナセの声色がいつもより低い。……かなり怒っている。

 気になっている女の子の肩や腰に触れる男がいればボクだってそうなる。


「銃の持ち方教えただけじゃん! なに怒ってんだよー!」

「女性に軽率に触るのは駄目だよ」

「ほんとはお前が触りたいのに我慢してるから腹立っただけだろー!」

「なっ……! なんてこと言うんだ。そんなわけないだろ!」

「ミナのむっつりすけべ! マモリちゃん、いこ?」


 またダイチに手を引かれた。

 そのまま二人を置いて走る。

 無邪気に振舞っているが、ダイチは悪女みたいな笑みを浮かべていた。

 屈折した小悪魔め!


「マモリちゃん、あれに乗ろぜ」


 二人をだいぶと引き離した頃、ダイチはそう言った。

 やつが指差した先には巨大観覧車があった。


「二人を待たなくていいの?」

「ふたりっきりで乗ろーよ」


 わざわざ前かがみになり、上目づかいでダイチは言った。

 ぶかぶかのパーカーの胸元から鎖骨がちらりと覗く。

 もし女の子だったらドキッとしたかもしれない。

 こいつはどうすれば自分が相手にとって魅力的に映るかをよく計算している。


「マモリちゃんと話したいこともあるし」


 ここで断るとダイチの好感度がだいぶ下がりそうだな。

 ついて行けばミナセに妬かせるかもしれないが、「ダイチに話があると言われたので仕方なくついて行った」と、正直に話せば修羅場にはなるまい。


「わかったわ」


 ボクはそう答え、観覧車に向かった。

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