第9話 二人目の男、嫉妬する

 近頃ダイチが気になっている。

 というのも、陽彩ひいろちゃんによく話しかけているからだ。


 二人が入っているイベント委員が活性化する時期までまだ早いが、同じ委員になって話しかけやすくなったのだろう。

 今日もまた、休み時間にダイチは陽彩ちゃんに話しかけていた。


「セカイちゃんって街歩きしてみた?」

「ううん。まだ学園の外にはあんまり行ってないんだぁ」

「えー、もったいないなー。おれ、おいしいハンバーガー屋さん見つけたから一緒に行く? あ、でもセカイちゃんはもっとおじょーひんなお店の方がいーい?」


 こういった感じだ。

 クソっ、あいつ陽彩ちゃんと距離感が近いな。割って入りたい気持ちをぐっと堪えた。


 陽彩ちゃんはああいうチャラくてうるさい男なんか好きじゃないはずだ。

 とは思うものの、楽観視し過ぎて放置したあげく、ダイチルートに入られては困る。


 けれどここで焦ってダイチにアプローチをかけるのはよくない。

 同時に二人の男にアプローチしようなんて考えればバッドエンドまっしぐらだ。

 なんたってこいつらはヤンデレ。執着心が人並み以上に強いのだ。


 ダイチの目をボクに向けさせる手段はちゃんと別に考えてある。

 あいつの近くでミナセとイチャつくのだ。


王侍おうじ君って、今日も図書室で勉強するの?」


 次の授業の準備をしているミナセにボクは話しかけた。


「そのつもりだよ」

「わたしも一緒に勉強していい? 今日出た課題が難しそうで、教えて欲しくて」

「お安い御用だよ」


 ダイチに聞こえるようにこんな会話をしてみる。

 ボクの狙い通り、ダイチは勢いよくこちらを向いた。


「二人で課題すんの?! ミナぁ。おれにも教えてくれよー」

「別にいいけど」

「よっしゃー!」


 ダイチはぴょんと飛び跳ねるように椅子から立ち上がると、ミナセの腕にしがみついた。


「やっぱりミナは頼りになるぜ!」

「調子いいなぁ」


 呆れながらも、ミナセはまんざらでもない様子だった。


 ダイチはボクに視線をくれた。


「マモリちゃんも、おれが一緒でもいいよねー?」

「ええ。楽しくなりそうだし」


 計画通り。

 ボクは内心ほくそ笑んだ。


 ダイチの好感度が低いままミナセの好感度を上げ続けると、ダイチは主人公に嫉妬し始める。

 ずっと仲が良かった親友を取られると思ってしまうのだ。この習性を利用する。


 少なくともこれでダイチはある意味、ボクに対して「貴方のことを少し気になっているようだわ」状態だ。

 この状態でミナセに会えばダイチが割って入って来る。

 お前に陽彩ちゃんと仲良くする隙なんて与えてやらない。



※※※



 放課後、図書室で三人で勉強した。

 ダイチはミナセの横を陣取り、ベタベタしていた。

 課題を終えて学園のカフェテリアに移動した今も……。


 ボクはアイスティーをストローで吸いながら、テーブルの向こうにいる二人を眺めていた。


「やっぱカフェのクリームロールはうまいなー」


 ダイチは手づかみしているクリームロールに、幸せそうな顔でまたかぶり付いた。

 上品に少しずつ食べるミナセとは対照的だ。とはいえけして下品に見えるわけではない。小動物がご飯を食べているような、そういう印象だ。

 頬っぺたにクリームをつけているのがあざとい。


「ダイチ、もっと上品に食べろよ。こんなに汚して……」


 ダイチの隣に座るミナセは、紙ナプキンでダイチの頬を拭った。


「ミナも食えばいいのにー。甘いの好きなんだろ? 格好つけんなってー」

「ぼ、僕は甘い物なんて別に好きじゃ……」

「はい、あーーん♪」

「んっ……!」


 ダイチはクリームロールを小さくちぎって、ミナセの口内に押し込んだ。

 そしてクリームで汚れた手をぺろっと舐めとった。健康優良児といった見た目をしているくせに、その仕草には妙な色気があった。流石は小悪魔キャラというか……。


 このゲームのファンいわく、攻略キャラの中でお色気担当はダイチらしい。弟キャラなのに何故? と思うが、こういうところを見ると少しは納得できる。


「姫野さんの前でなにを……!」

「マモリちゃんがいなかったらしてもいいんだな?」

「そんなこと言ってないだろ!」


 ボクは何を見せられているんだ……。


 こいつら男同士でイチャイチャし過ぎだろ。

 普通の男なら親友とこんなことはしない。

 ボクには親友が(それどこか友達も)いないから本当のところは知らないけど……。


 原作にもこのシーンはある。

 それどころか「あーん」ってしてるところのスチルまでついている。なんでそんなシーンに力を入れているんだこのゲーム。


「二人って仲がいいのね。幼馴染なんだっけ」


 ボクは原作ゲームで主人公が言っただろうセリフを吐いた。


「そうなんだ。家同士が昔から親交があって……」

「こいつさー、ちっちゃい時めっちゃ可愛かったんだぜ? おれ女の子だと思ってナンパしたもん」

「そうなの?」

「そーそ! 昔はこいつの方が背もちっちゃくてさー。あー、写真持ってくりゃよかったなー」

「持って来なくていい!……というか、まだ捨ててなかったのか」

「捨てるわけないじゃん! ちゃーんと家のアルバムにしまってるぜ!」


 へへっ、と、ダイチは無邪気に笑った。


「んで、おれずっと思ってたんだけどさー。ミナとマモリちゃんって付き合ってんの? 最近仲良くない?」


 無邪気笑いからのぶっこみである。

 反応したのはミナセだ。


「ば、馬鹿なことを言うなよ! 姫野さんに失礼だろ!」


 ミナセは顔を真っ赤にして動揺している。


「ふぅん、じゃあ~……」


 ダイチはミナセに視線をやりながら、ボクの手を掴んだ。


「マモリちゃんをおれのにしてもいーい?」

「それは駄目だ!」


 即答。


「えー、なんでぇ? 付き合ってないんだろー?」

「そうだけど……俺のとか、女性をもの扱いするのはよくないよ」

「言葉のあやじゃん。お前って真面目だなー」


 また無邪気笑い。だが、目が笑っていない。

 その目はずっとミナセに向けられている。ミナセの気持ちを確かめるように。

 ……小悪魔め。


 ダイチはボクのことを好きなんじゃない。執着しているのは親友だ。


 親友、で片づけるには二人の関係は歪なのだが……。

 その歪さの一端は、次の日の授業中に垣間見えた。



※※※



「ぎゃあああ!」


 授業中、実習室の中心でダイチが叫んだ。

 みんなの注目がダイチに集中する。


「腕切ったーー!!」


 ダイチの腕からは鮮血がぼたぼたとこぼれていた。

 見るからに痛そうだ。


 ミナセはすぐにダイチのところに行き、回復魔法を施していた。


 自分のマギアをクリスタルに封じ込める授業の最中だった。

 ダイチはこのクリスタルで誤って腕を傷つけてしまった……ように見せているが、ボクはあいつがわざと傷つけたのを知っている。


「傷口は塞いだけど……どうだ?」

「うぅ……なんかまだ痛てぇんだけどー」


 傷を負ったせいでダイチは目立ち、親友からも気にかけて貰えていた。

 これこそがあいつの狙いだ。


 ダイチがわざと自分を傷つけるのは今に始まったことではない。こいつは定期的に傷を負い、ひとの同情と注目を集めている。ダイチは真性のかまってちゃんだ。

 そうなったのは、ミナセと同じく家庭が原因だった。



 ダイチは王侍家と同じく優秀な魔導士を輩出する咲衣さくい家当主の末っ子(三男)として生まれた。

 咲衣家に生まれた者は国の防衛大臣につき、国防を担う国家魔導士となる。

 現在その地位には彼の父親が就いている。ダイチは父の跡を継いで立派な国家魔導士になりたいと思っていた。


 けれど彼の兄二人が優秀過ぎて、そこまでマギアの腕が優秀ではないダイチは家で持て余されていた。

 スポーツに対する天才的なセンスも家では評価されず、誰もダイチを見なかった。


 あいつは小さい頃から仮病で親の気を引いていた。

 仮病では通用しなくなり、実際に怪我をしてみせた。そして度々怪我を治してくれるミナセに依存するようになった。


 ミナセはミナセで「自分は役に立っている」と思わせてくれるダイチをなかなか切り離せなかった。

 数年前にダイチが自殺未遂までしてからは、もう離れることができなくなってしまった。

 とはいえミナセもこの関係に安心しているところがある。共依存というやつだな。


 これがダイチルートに入ると開示される設定だ。


 作中で明示されているわけではないが、ダイチはミュンヒハウゼン病を患っているというのがファンの共通認識だ。

 ミュンヒハウゼン病は作為さくい症とも呼ばれている。怪我や病気を捏造する疾患で、ダイチのようにわざと怪我をする者もいるらしい。



 面倒な性格の男だ。

 ダイチはチャラくて軽そうに見えて、堕とすとなるとミナセより手間がかかるキャラクターだ。

 ボクはあいつのエンディングを埋めるためにかなりやり直した。


 ……というか、ミナセがちょろ過ぎる。

 初回プレイで攻略情報を何も見なければだいたいミナセエンドになるからな、このゲーム。


 ボクは二人で実習室から出て行ったミナセとダイチを見送り、次の手を考えていた。

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