第12話 三人目の男と、違和感
観覧車を降りたところで、ミナセとホムラは待っていた。
「ダイチ、
ミナセに言われたダイチは悪びれるどころか、見せつけるようにボクの腕に自分の腕を絡めた。
「ただ話してただけだってー。つーか、変なことって具体的になーに?」
無邪気さを装った小悪魔スマイルが炸裂する。
ダイチの尻で揺れる猫尻尾が、悪魔の黒い尻尾に見えた。
「ぐ、具体的って……それは……」
「お前がなにを想像してたかおれに教えてくれよー」
「想像なんて……なにも、してない……!」
「ふふん、そーゆー反応するなんて、やっぱお前ってむっつりだなー」
ゲームの時から思っていたが、ダイチは結構Sっ気があるな。
狽える真面目なミナセ相手に生き生きしている。
「
黒い巨体の男――狩人ホムラが低い声を放つ。
ダイチはびくっと肩を震わせた。
「
「な、なんだよー。狩人にはかんけーないじゃん」
「王侍はいい奴だ。困らせるな」
蛇に睨まれたカエル……もとい、狼に睨まれた子猫状態で、ダイチは「わかったよ」と、口を尖らせた。
「
「ああ」
「むぅ~。ちょっとした冗談なのにさー」
ホムラには弱いな、ダイチ。
「次はどこに行きましょうか」
ボクが問いかけると、ミナセが「そろそろお昼ご飯にするのはどうかな」と、提案した。
確かに少し腹が減って来た。時間も正午でちょうどいい。
他の二人も異存はなかったので、ボク達はフードコートに向かった。
ここのフードコートは四方がガラス張りで、やけにお洒落だった。
お洒落なだけではなくて飲食店も充実している。
洋食に和食に中華にイタリアン、その他クレープやアイスクリームなどデザートを扱った店もずらりと並んでいた。
「やっぱハンバーガーはうまいなー」
ダイチは手づかみしているハンバーガーに、幸せそうな顔でまたかぶり付いた。
頬っぺたにケチャップをつけているのがあざとい。
「ダイチ、もっと上品に食べろよ。こんなに汚して……」
ダイチの隣に座るミナセは、紙ナプキンでダイチの頬を拭った。
前にも見たな、こんな光景。
「マモリちゃん、おれのポテト食っていいよ!」
「ありがとう。だけど自分の分が食べられなくなっちゃうから……」
「小食なんだなー。んじゃミナにやるよ。はい、あーーん♪」
「だから姫野さんの前でそういうことするなって!」
ふとホムラに視線をやると、買って来たオムライスにまったく手をつけずに見つめていた。
動物園にちなんで作られたオムライスで、ライスが寝ているうさぎの形になっている。卵で布団を表現しているらしい。
商品名は『うさちゃんおねんねオムライス』だったか。
こんな恥ずかしい商品名をよく注文できたな。
想像するに「可愛くて購入したものの、可愛くて食べられない状態」なのだろう。
ホムラは見た目だけなら男前なのに、よくよく残念な感じになる男だ……。
「狩人君、写真を撮るのはどう?」
ボクが提案すると、ホムラは「ああ」と言って、映像を記録できるクリスタルを鞄から取り出し無言で写真を何枚も撮った。
「狩人の飯、なんかすげぇー。お前ってそーゆーの頼むんだなぁ」
ダイチが『うさちゃんおねんねオムライス』を覗き込んで言った。
「狩人君って可愛いものが好きなんだよね」
「うわっ。似合わねぇ」
「そんなことないだろう! 狩人君、ダイチの言うことなんか気にしなくていいからね」
歯に着せぬ物言いのダイチに、ミナセが慌ててフォローした。
ホムラは写真を取り終わると、オムライスをじっと見つめた。
「うさぎさん、狩人君に食べて欲しいみたいよ」
ボクは言う。
「そうか……」
「食べられなかったら捨てられてしまうし、可哀想じゃない」
「そうだな」
ホムラは『うさちゃんおねんねオムライス』を食べ始めた。相変わらず無表情だったが、とても罪悪感に満ちた顔をしているように見えた。
「次はどこ行くー?」
みんなが食事を終えた後、ダイチが問いかけた。
ホムラは「水族館」と答えた。
「えっ、狩人君は動物園が楽しみだって言ってたよね?」
ミナセの言う通り、ホムラが好きなのは動物園だ。
「王侍が昨日、水族館が楽しみだと言ってた」
「狩人君……!」
ミナセの表情がぱぁっと明るくなる。
「その気持ち嬉しいよ。でもボクは最後で構わないよ」
何だかんだ言って、ホムラとミナセはわりと仲良くなっている。
この前やったホムラへのアドバイスも一役買ったのかもしれないな。
「姫野さんはどっちがいい?」
「ええ……。迷うところだけど、営業時間を考えたら先に動物園に行った方がいいと思うわ」
動物園は17時に、水族館は18時にそれぞれクローズする。
マギア・アカデミーまではバスで20分くらいで着くので18時ギリギリまではいられる。
「あ、確かにそうだね。だったら次は動物園に行こうか」
※※※
動物園に来るのも人生で初めてだな。
普通なら子どもの頃に親に連れて来て貰うのかもしれないけど、うちの家は普通じゃない。
そもそも住んでいた島に動物園が無かったから、学校から行くというイベントもなかった。
所詮は子どもの来るところだ……と、内心バカにしていたけれど、サバンナをリアルに再現したゾーンや、巨大な鳥かごの中で様々な鳥を楽しめるゾーン、爬虫類や両生類を楽しめる館など、見所がなかなかあった。
遊園地といい案外面白い。
一緒に来るのが陽彩ちゃんだったら最高だったんだけど……。
ボクは前方にいるイケメン共を見てため息をついた。
まぁ、同世代の人間とこういう場所に来る機会は現実ではなさそうだからこいつらと一緒でもいいんだけどな。結構楽しめているし。
今いるのはふれあい動物のコーナーだ。うさぎやワラビー、ヤギやヒツジ、ミニブタなんかに触ったり、餌をやることができる。
向こうには馬に乗れるところもある。
「おれって乗馬も結構得意なんだぜ! マモリちゃん、見とけよ」
ダイチはそう言って馬に乗りに行った。
ひとりにすると危ないからと、ミナセもついて行った。
ホムラは無言で動物にエサをやっていた。
巨漢と小さな動物という組み合わせはどうも似合わない。
だけど動物たちはホムラが悪い奴ではないとわかっているのか、警戒心を抱くことなくもぐもぐと口を動かしていた。
「……姫野」
いきなりホムラに名前を呼ばれた。
「どうしたの狩人君」
「今日はお前が最初に誘ったんだな」
「ええ、そうよ」
「……感謝している」
うさぎがホムラの手からキャベツを食べ、幸せそうに目を細めていた。
「とても楽しい」
「わたしも楽しいわ。遊園地も動物園も来るのがはじめてなの」
「そうなのか」
「ええ」
「オレもだ」
ホムラの境遇はボクと似たところがある。
こいつも島にある小さな村で幼少期を過ごしていた。その村には娯楽施設など何もないらしい。
「世界は……広いんだな」
ホムラが過ごしていた村はとても閉鎖的で、外界との交流がほとんどなかったそうだ。
だからこういうセリフが出るのも無理はない。
すっとぼけたところがあるので忘れがちだが、こいつもミナセやダイチに引けを取らないくらい家がアレだ。
なんならあの二人よりヤバい設定だった。
「狩人君がもっと楽しめるように、わたしも色々誘うわね」
「お前のような奴は初めてだ」
ホムラはじゃれつくうさぎやワラビーを撫でながら、言った。
「たいていの奴はオレを怖がる」
このセリフはゲームでも出て来る。
少し好感度が上がったら吐くセリフだ。いいぞ。順調だ。
「狩人君は優しい人なのにね」
「優しい……? オレがか」
「ええ。動物たちにも好かれているし。動物って優しい人がわかるのよ」
狩人の好感度を上げるポイントのひとつは、理解を示してやることだ。こいつは見掛けと中身にギャップがあるため誤解されがちだ。
「だから貴方は怖い人じゃない」
ボクはゲームでセカイが言ったセリフをなぞった。
ホムラは黙り、何かを思い出すように前方に視線をやった。
そしてボクの方を見る。
「……昔、誰かに同じことを言われた」
「誰か?」
「ああ。大切な者だったはずだが、思い出せない」
なんだ、このセリフ。
狩人ホムラは原作ゲームでこんなことは言わなかったはずだ。
「だが、思い出してはいけないと俺の勘が告げる」
ジジッ……。
耳元でノイズが鳴った。
何だこの音は。
それに何だ、この違和感は。
「今ここにいるのは『お前』だ。『今』はこれが正しい……」
ホムラはそれ以上何も言わなかった。
まさかこいつ、別のプレイでセカイから同じことを言われた記憶を思い出しそうなのか……?
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