第7話 三人目の男と、ファーストコンタクト
寮の部屋に戻るとお風呂場から水音がした。失態に気づいて顔が熱くなる。
ミナセとのカフェデートを終わらせ、晩御飯を食べて部屋に戻ったらいつもより遅い時間になっていたのだ。
音を立てないようにそっと扉を閉めようとした。
【王侍ミナセは『貴方のことをかなり気になっているようだわ』。やるじゃない】
姫野マモリがまた出現し、言った。……なんでこんな時に出て来るんだか。
【流石だわ。この調子でまずは彼を攻略しましょう】
「……消えてくれ」
ボクは小声で言った。
【あら、酷いこと言うのね。せっかく今の好感度を教えに来たのに】
「ボクは部屋を出るところだったんだよ」
【こんな時間に? どこに行くのよ】
「目的地なんかない。……陽彩ちゃんがお風呂から上がって着替え終わるまで部屋から出たかっただけだ」
「何故?」
「もしも……裸とか見ちゃったら悪いし」
それに入浴中の音も心臓に悪い。扉の向こうで無防備な姿を晒しているんだと、つい、想像してしまう。だから陽彩ちゃんがお風呂に入る時間はいつも外で過ごすことにしていた。
【案外うぶなのね。王侍ミナセには積極的に振舞っていたのに】
「あいつは男だからな」
それになんとも思っていないし。
【セカイの体を他人に見られるのは嫌だし、いい心がけだわ。またね、内藤宗護さん】
音もなく姫野マモリは消えた。ボクもなるべく音をさせずに部屋から出た。
向かった先はラウンジだった。ここは生徒たちの交流の場になっている。いつもはそれなりに賑やかだが今はひとも疎らでしんとしていた。静かな空間の方が好きなのでありがたい。
本でも読んで過ごすか。
ボクはラウンジに設置されている本棚を物色した。図書室ほどの規模はないが、こっちの方が漫画や小説は豊富に取り揃えられていた。かつてマギア・アカデミーにいた生徒たちが置いて行ったものもかなりあるらしい。
本の背表紙を順番に見ていると誰かにぶつかった。反動でよろめいた。「誰か」が受け止めてくれたので転ばずに済んだ。
ボクの体を支える腕や手は大きくてごつごつしていたが、手つきは驚くほど優しかった。
「ごめんなさい」と言って相手の顔を見る。深紅のウルフカットの男――『
身長186センチの体は、女になった身からすると威圧感を覚える程にでかい。体格もいい上にアメジストみたいな紫の瞳は獲物を狙うような鋭い釣り目なので、なおのこと怖い印象を抱く。
ラウンジにやって来ると、攻略キャラクターがたまにランダムに出現するんだったな。せっかくホムラに会えたんだから絡んでおくか。
「狩人君。ありがとう」
「いや……」
ホムラはボクの背中から手を剥がした。こいつは無口で不愛想で、一見クールなキャラだ。だが、
「わぁ、可愛い!」
ボクはホムラの持っている本の表紙を見て、わざとらしく高い声を出した。表紙は子犬と子猫が戯れている写真だった。
ホムラは見た目に反して小さくて可愛いものが好きな、ギャップのあるキャラクターだ。そこが可愛いとファンから好評だった。
ちなみに制服が似合っていないところも可愛いらしい。確かに白と緑の
ホムラはボクに本を差し出した。
「お前が読め」
「ううん。狩人君が読んで。わたしはまた今度読ませて貰うから」
「そうか」
さっきから表情がずっと変わらないな。表情筋が死んでいるのか?
「狩人君と話したいとずっと思っていたの。同じクラスなのに話したことなかったわよね」
「そうだな」
ホムラはあまりひとと関わらないやつだ。クラスでもひとりでいることが多い。同室だからか、性格によるものなのか、ミナセはたまにこいつに話しかけている。ミナセ繋がりでダイチとも絡んでいる。
「この前、魔成獣の飼育小屋に行くところを見たわ。動物が好きなの?」
「……ああ」
「この島にも動物園があるのは知ってる? ふれあい動物のコーナーでは、可愛い動物がさわれるのよ」
「そうなのか」
会話下手か! 原作でもこいつはこんな感じだったが……。主人公のセカイは頑張って会話を回していたんだな。
「……今日は王侍が嬉しそうにしていた」
ふいにホムラが呟いた。
「放課後お前といるのを見た。お前のおかげだろう。王侍はいい奴だ。嬉しそうだとオレも嬉しい」
ホムラは見た目こそ怖いが悪い奴ではない。わりと他人のこともよく見ている。
『ヤミマギ』は攻略キャラ同士の仲がいい。その方が女性受けがいいからみたいだ。
攻略キャラに別のキャラのことをどう思っているのかを聞く選択肢も存在する。
ホムラは原作でもミナセをいい奴だと言っていた。
ちなみにダイチのことは「小さくて可愛い」と思っているらしい。ダイチからは「いつもおれのこと睨んで来るから怖い!」と思われている。完全に片思いだ。
「狩人君って王侍君と同室だったわね。二人は部屋でよく会話するの?」
「いや……」
ホムラは相変わらず無表情で、声色も淡々としている。だが寂しそうに聞こえた。ボクが「ホムラはミナセやダイチともっと仲良くなりたいと思っているが、やり方がわからず困っている」という設定を知っているせいだろう。
「もっとたくさん会話がしたいって思ってる?」
「……ああ。だが俺は会話が上手くない」
自覚あったのかよ。いや、まぁ原作でもそうだったが。
ボクは本棚から魚の写真集を引き抜いた。
「王侍君って、お魚が好きみたいなの。こういうの一緒に読んだら盛り上がるかも」
ラウンジの本は記帳さえすれば借りられる。ホムラはボクが差し出した本を受け取った。
「楽しく話せるといいわね」
「ああ」
無表情だが心なしか嬉しそうだ。好感度も上昇したに違いなかった。一日で二人の男の好感度を上げるとは。とんだ悪女だな、ボクは。
ボクは少しホムラと会話(一方的にボクから話題を提供し、あいつは「そうか」とか「ああ」しか言わなかったが……)した後、頃合いを見計らって部屋に戻った。
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