第6話 一人目の男と、初めてのデートイベント
「はい! はーい! おれ、やりたいやりたい!」
原作ゲームではここで主人公がどの委員に入るか選ぶことができる。
ボクは学級委員に立候補した。現状ミナセ狙いだからというのもあるが、学級委員は他の委員の取りまとめ役でもある。この立場は今後ダイチを堕とす時にも使える。
何事もなく委員決めが終わると思ったその時、陽彩ちゃんが挙手した。
「イベント委員に立候補します」
「えっ」と、驚きの声が出た。ダイチみたいなグイグイ来る奴は怖いとか言っていた気がするが。なんだってまた、そいつと一緒になるかもしれないイベント委員に……?
陽彩ちゃんを見ると「やりたいことがあって」と、微笑んだ。
「やりたいこと?」
「今は内緒。また今度教えるね」
イベント委員が活性化するのは夏以降だ。それまでには聞けるだろうか。
学級委員はボクとミナセ、イベント委員は陽彩ちゃんとダイチ、他の委員はモブ共で決定した。
放課後。早速学級委員ミーティングがあった。他のクラスの学級委員との話し合いをする場だが、今日のところは自己紹介と一年間のスケジュールを共有するだけに留まった。
わかり切っていたことだがミナセはモテる。他のクラスの女委員長たちがちらちらとミナセに熱い視線を送っていた。ミナセは気にも留めてなかった。日常茶飯事なのだろう。ナチュラルにムカつくな……。
そしてこいつはボクのことをちらちらと見ていた。原作風に言うと「貴方のことを少し気になっているようだわ」状態だ。ゲームでは男からの好感度によってマモリのセリフがこういう感じに変わる。
あれから図書室に毎日通ってミナセに会い、会話をし続けた甲斐があって順調に好感度が上がっているようだ。
「あの……姫野さん、この後時間があったら、お茶でもしていかない?」
ミーティングからの帰り道、ミナセは言った。デートイベント発生か。そろそろ来ると思っていた。
時計を見ると、午後四時を少し過ぎたところだった。マギア・アカデミーの生徒は夜の七時までなら学園の外に出てもいい。
「誘ってくれて嬉しいわ。とっておきのお店があるの。一緒に行きましょう」
ボクはミナセをアクアリウム・カフェまで案内した。
カフェに着くとミナセは小さく感嘆の息を漏らした。
「こんな素敵なお店があったなんて……」
薄暗い店内に設置されたいくつもの水槽に、視線と心を奪われている。予想通りの反応にほくそ笑む。
攻略キャラには、デートイベントで連れて行くと好感度の上がるスポットがそれぞれ設定されている。アクアリウム・カフェはミナセの好感度をかなり上げられる場所だった。こいつは海や魚が好きで、水族館めぐりを趣味としている。
「王侍君、こういうところが好きかなって思って」
「うん。大好きだよ。どうしてわかったの?」
「さぁ、どうしてかしらね」
二名がけのテーブル席に通された。
さり気なくソファ席の方を勧めて来るのは流石の気づかいだな。女性向けゲームのキャラクターだけある。
「ここ、ケーキも美味しいのよ」
ケーキのメニューに視線を奪われていたミナセは、ハッとして顔を上げた。
お前が甘いものを好きな(しかもそれを隠している)ことなんて、ボクにはお見通しだ。そして特に好きなのが……
「おススメなのはイチゴのショートケーキ」
「そ、そうなんだ」
反応しているな。
「なんだが食べたくなってきたわ。でもひとりだけじゃ恥ずかしい……。ねぇ、一緒に食べない?」
「……じゃあ、そうさせて貰うよ。姫野さんに恥をかかせるわけにはいかないからね」
さも「別に甘いものなんて好きじゃないですよ」みたいな顔で言ったが、ショートケーキが供された瞬間、瞳をぱぁっと輝かせた。いつものすまし顔はどうした。ミステリアスにも感じる濃いブルーの目がしいたけになっているぞ。
こいつはイチゴに目がない。理由は「普段は厳しい母親がたまにご褒美でくれるのがイチゴキャンディーだったから」らしい。甘いものが好きというのも、愛情や優しさに飢えているからだというのがファンたちの見解だ。
ミナセはその大好きな甘いものを、ボクが口をつけるまで我慢して待っている。ご主人様に待てと言われた子犬みたいに。
ボクは上に乗ったイチゴを皿に避け、ケーキをひと口食べた。
「ん~、おいしい。王侍君も食べてみて」
「うん。いただきます」
我慢していたわりにガッツいたりせず、上品にケーキを切り分けて口に運んで行く。仕草のひとつひとつが美しい。一朝一夕で身についた所作じゃない。現実世界でここまで綺麗に食べる人間には出会ったことがない。
仕草もだが、ミナセは同じ男と信じられないくらいに綺麗な顔をしている。色が白くて、まつ毛は長くて量が多い。目も大きい。顔や口や耳などは小さくてどこか儚げだ。
かといって折れそうに細いという印象でもない。女性的だがきちんと男だ。身長は高いし、白い首には喉仏が主張しているし、手だって、指こそ細いが大きさはそこそこある。女性のために作られたキャラクターだものな。
「……姫野さん、あんまり見られると恥ずかしいよ」
「王侍君だって、ミーティングの時にわたしのこと見てたでしょ?」
「……バレていたんだ」
ミナセは白い頬を朱に染めて俯いた。
「貴方のことなら何でもお見通しよ」
「何でも?」
顔を上げて、ミナセは消えそうな声で呟く。
「……それじゃあ、そのうち僕は嫌われてしまうかもね。僕はみんなが言うような人間じゃないから」
濃いブルーの視線は、思いつめたようにテーブルにまた落とされた。
「僕は優秀なんかじゃないんだ」
「大丈夫よ。貴方がどんな人間だって、わたしは受け入れるわ」
数秒間があった後で「本当に?」と、聞き返された。
「ええ。本当よ」
「……姫野さんって、優しいんだね」
ミナセは嬉しそうにはにかんだ。受け入れるとは言ったが、愛してやるなんてひと言も言っていないのに。
「そんなこと言われたら甘えてしまうかも……」
「いいのよ、甘えても」
ボクはまた聖母のような笑みをイメージし、表情筋を動かした。好感度がいい具合に上がっているのがわかる。
「いつも頑張っている王侍君にはご褒美をあげる」
ダメ押しで、ボクは自分の皿に乗っていたイチゴを、ミナセの方に置いた。
母親からのご褒美になぞらえた。
ミナセは一瞬驚いたが、笑顔で受け取った。
「もしも弱気になったらわたしのところに来て。いつでも慰めてあげるわ」
「……ありがとう」
ボクはショートケーキの柔らかなスポンジ生地にフォークを突き立てた。いとも簡単にケーキは身を削り取られた。
「今日は姫野さんともっと色々お話したいな」
「いいわよ。いっぱいお話しましょう」
クリーム塗れの白い体を頬張り、咀嚼し、嚥下する。甘いものはあまり好きじゃない。すぐにティーカップに口をつけ、熱い紅茶で流し込んだ。
ミナセの好感度を稼げる話題は何だったか、ボクは思い出していた。
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