チュートリアル:クリア条件の提示

第2話 魔法学園と、一人目の男と、謎のノート

 驚いて思わず体に触れた。

 胸が膨らんでいる。手は小さくて肌はきめ細やかで白い。


 ボクは男で、十七歳の高校生だったはずなのに。死んだと思ったらゲームキャラになっていた?……なんだこの状況。頭が痛くなって来た。思わず額に手をやる。


「大丈夫?」


 隣に立っているセカイが顔を覗き込んで来る。顔が近い。反射的に後ずさった。


「やっぱりもう少し寝てましょう。私もついててあげるから」


 寝ている場合じゃない。陽彩ちゃんを探さないと。彼女もゲームの世界にやって来たのか?


 ボクは「平気よ」と、なるべくマモリっぽい喋り方で答えた。


「入学式出られそう?」


 セカイは心配そうに尋ねる。

 もしここがゲームの中なら入学式はマギア・アカデミーのものだ。ずっとここにいるよりたくさんの人がいる場所に移動した方が陽彩ちゃんは見つかりそうだな。


「せっかくの入学式だもの。わたしも出たいわ」


 ボクがそう言うと、セカイは納得し、体育館まで案内してくれた。


 マギア・アカデミーとは『ヤミマギ』の舞台となる全寮制の高校の名前だ。本土から離れた孤島に存在している。生徒たちはここに通う三年間、外界から離れた箱庭のような島で過ごす。

 この学校の特徴は、すべての生徒がマギア――つまりは魔法の力だ――を使えることだ。自分のマギアを鍛えるためにみんなはここにやって来る。



 体育館に着くと、ボクの体調を考慮して後ろの壁際で入学式に参加させて貰えた。ここからなら比較的全体が見やすい。

 ボクはつま先立ちになって全校生徒の頭をひとつずつ見て行った。陽彩ちゃんはいなかった。彼女もゲームキャラの中に入っているのかもしれなかったが。


「みんな優秀そうだよね」


 ボクの行動を何かと勘違いしたのか、セカイは小声でそう言った。


「こんなにライバルがいる中で『ディア』の称号を得るなんて私にできるかな」


 このセリフはゲームにもある。


 マギア・アカデミーに通いながら、女性の中で一番優れた魔法使いである『ディア』の称号を得るのが主人公の目標だ。

 男で一番優れた魔法使い『デウス』と共に儀式を行うことで、この世界の安寧が保たれる。そういう設定だ。

『ヤミマギ』は乙女ゲーなので、メインは学園生活を送りながらイケメンたちと恋愛することだけど。

 ボクはなんとなくゲーム通りにやった方がいいと思って、マモリが言った通り「それがセカイの夢なんでしょ」と、答えた。


「うん……そうだね。私、頑張るよ」


 セカイは無理しているみたいな笑顔を作った。この表情はよく知っている。いつも陽彩ちゃんがする顔だ。

 セカイはこんなキャラクターだったかな。そもそもセカイの人格はプレイヤーの選択によって形成される。プレイヤーがいなければ成り立たないキャラクターといっていい。

 今のセカイにプレイヤーはいるのか?


 色々と考えている間に入学式が終わり、ボクたちは教室に移動した。



 教室に着いてクラスメートを見回したがやはり陽彩ちゃんはいなかった。

 別のクラスも見てみるか。ボクは教室の外に出ようとした。が、体が動かない。


「マモリ。こっちだよ」


 セカイに呼ばれた。そちら側を向こうとすると普通に体が動いた。教室の外に行こうとするとやはり微動だにしない。

 ここはゲームの中で、今はチュートリアルだ。決まった通りの行動しかできないのかもしれない。仕方なく席に座った。


 しばらくすると簡単なオリエンテーションが始まった。教師からアカデミーの授業のことや寮生活のルールについてなどを説明された。

 その後はクラスメートの自己紹介。何度もゲームで読んで頭に入っているので適当に聞き流した。陽彩ちゃんのことが気がかりでひどく長い時間に思えた。


 チュートリアルはまだ続く。ボクはマモリのセリフを思い出し、口にした。


「セカイ、これからどうしようか。すぐに寮の部屋に行く? 学校を散策してみる? それともクラスメートに話しかける?」


 ここで主人公が選ぶ選択肢によって攻略キャラの誰かとの最初のイベントが始まる。


「マモリの体調が心配だし、部屋に行きましょう」


 セカイは言った。彼女のプレイヤー(そんな者がいるのかわからないが)は、陽彩ちゃんみたいに優しい子のようだ。

 愛しい彼女のことを思い出しながらボクらは寮に向かった。この選択で登場するのは『王侍おうじミナセ』だな。


 寮に続く道すがら、水色髪のイケメンに出会った。こいつが『王侍ミナセ』だ。

 サラリとした髪は女性のショートボブくらいで、色白で、二重の目は大きくてまつ毛が長い。身長は公式設定で175センチ。

 手足が長く、細めの体形も相まってすらりとした印象だ。

 攻略対象の中で一番女性的で清潔感があり、美青年という言葉が似合う。


芽上めがみさんと姫野ひめのさんだよね。同じクラスの王侍だけどわかるかな」


 原作通りのいかにも女性受けしそうな爽やかな声だ。ちょっと鼻につく。


「君たちの名前はすぐに覚えたよ。ひとの名前を覚えるのは得意なんだ」


 こいつはファンから「正統派」とか「優等生」とか呼ばれている。成績優秀で、アカデミーには主席入学をしているという設定だった。


「僕は水のマギアが使えるんだ。回復魔法も得意だから、怪我をしたら頼ってね」


 ミナセは形のいい唇の端を上げた。


 少女漫画から飛び出してきたような優男だが、このゲームの攻略キャラは全員ヤンデレ。こいつのルートに入ればミナセも例外なくひとりのヤンデレと化す。


「寮に行くところかな。よかったら、僕と一緒に散策しない?」


 ゲームではここで選択肢が出る。一緒に散策する方を選べばミナセのイベントが続き、こいつの好感度が上がる。


 ボクはセカイに視線をやった。


 彼女は迷っているようだった。通常のゲームではマモリは何も口を出さない。選択はすべてプレイヤーに委ねられる。だけどボクはゲームキャラと違って自我がある。セカイの選択に干渉することができる。

 今度はミナセに目を向けた。深海のような濃いブルーの瞳でセカイを見つめ、返事を待っている。


 このままミナセについて行かせた方がいいのか? だがこいつのルートを選ぶと主人公は……。

 まぁ、どうでもいいか。別にセカイは思い入れのあるキャラクターじゃないし。少し陽彩ちゃんに似ている気がするのが引っかかるけど。

 濃いブルーの瞳はじっと一点を見ている。顔立ちが整っているのもあり、人形じみていて不気味だった。


 その時、頭の奥で声が響いた。


 ――断るように仕向けて。


 聞き覚えのある声だ。胸がざわめく。声に従った方がいい気がした。


「わたしちょっと気分が悪くなっちゃった。先に部屋で休んでいてもいい?」


 ボクが言うと、セカイは「だったら私もついて行くよ」と返事をした。


「ごめんね、王侍君。またお話ししようね」

「うん。明日も教室でね」


 セカイの言葉に少し残念そうなミナセを残し、ボクとセカイは寮に向かった。



 寮の部屋に入るとボクは重要なことを思い出した。マギア・アカデミーの寮は二人一部屋であり、ボクはセカイと同室だった。

 いくら思い入れがないとはいえセカイは女の子だ。しかも主人公だけあって可愛くデザインされている。そんな子と同じ部屋で眠ったりするのか……。

 風呂やトイレは部屋に設置されている。ラッキースケベ展開が起こる可能性はかなり高い。もしそういうことになったら……?

 いや、落ち着け。陽彩ちゃん以外の女なんてどうでもいいだろう。


「晩御飯をとって来るから、マモリは眠ってて」


 セカイはボクをベッドに座らせ優しく微笑んだ。

 食堂に行くのか。あそこも人が多そうだな。陽彩ちゃんが見つかるかもしれない。


「わたしは平気よ。食堂には一緒に行きましょう」

「無理に入学式に参加したら気分が悪くなったのよ。初日から頑張り過ぎて明日からどうするの。ここは私に任せて」


 セカイはそう言って部屋を出て行き、ボクはひとり取り残された。こっそり陽彩ちゃんを探しに行こうと思ったが、今の時間だと生徒のほとんどは自室か食堂だろう。食堂には行けないし、自室を訪ね歩いていたら膨大な時間がかかってしまう。なにせここの生徒は数が多い。


 すれ違う人間全部の顔を確かめたが陽彩ちゃんはいなかった。

 もし彼女が現実世界に残っているのならボクが意識を失った後で下衆野郎から乱暴をされなかっただろうか。

 警察が間に合ってくれたと思う。思いたい。これが夢なら早く覚めろ。


 何かしていないと不安ばかり押し寄せて来る。ひとまず荷物でも片づけるか。ボクはマモリの鞄を改めた。着替えを取り出し、部屋のクローゼットにしまった。その他の物もどんどんと所定の場所に置いて行く。


 鞄の底から数冊のハードカバーのノートが現れた。どれもぼろぼろに使い込まれている。鞄が妙に重かったのはこれが原因か。何とはなしにノートをめくった。日記のようだ。


『また駄目だった』

『どう足掻いてもセカイは不幸になる』

『次こそは』

『セカイが幸せになるまで、わたしは何度だってくり返す』『彼女を守れるのはわたしだけ』


 神経質そうな細かな字でそう書かれていた。なんだこれ。マモリが書いたのか? ボクはどんどんとノートをめくった。


『やっとわかった。トゥルーエンドに到達すれば彼女は助かる』

『だけどわたしの力だけではトゥルーエンドまでたどり着けない』

『わたしにもプレイヤーがいれば……』

『みつけた プレイヤーにちょうどいいおとこ これでやっと』


 ノートはそこで終わっていた。


【見たのね、それ】


 前方から声がした。顔を上げると、姫野マモリが立っていた。

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