第3話 イカレ女と、トゥルーエンド

 ノートを持ったまま硬直した。わけのわからない状況ばかり襲って来る。ボクは姫野マモリになっているはずだろう。ならこいつは誰だ。


 胸元まである黒髪ツインテールの見慣れた少女は、気のせいか幽霊みたいに透けている。じっとボクを見つめる深紅の瞳がわずかに細められた。


【こんにちは、内藤宗護ないとう しゅうごさん。わたしのことは知っているわよね】


 マモリは言った。そこでボクは、先程ミナセの誘いを「断るように仕向けて」と言ったのが彼女の声だと思い出した。


姫野ひめのマモリ……」

【正解よ。厳密に言えば今は魂だけの存在。体は貴方に貸しているから】


 無意識にボクは自分の体に視線をやった。


【わたしが貴方をこの世界に呼んだの。理由は……ノートを見たからなんとなく察したんじゃない?】


 ボクはノートに書いていたことを頭の中で整理した。


「お前はセカイを救うために、トゥルーエンドとやらに到達しようとしている。トゥルーエンドに行くためには自分のプレイヤーが必要だった。それでボクを呼んだ」

【正解よ】


 マモリは蠱惑的こわくてきに笑った。

 フランス人形のような顔立ちと小柄な体形のせいで元々は可愛い印象だったが、今はどこか妖艶ようえんでダークヒロインという言葉がしっくり来る。


 彼女はこんなキャラクターだったか?


 いや、マモリにはそもそも「セカイの親友」「サポートキャラクター」という個性以外ほとんど存在しない。


【わたしはこれまで何度も同じ三年間を繰り返した。誰かが『ヤミのマギア』をプレイする度ね。貴方も知っている通り、このゲームのエンディングはろくでもないものばかりよ】


 マモリの声が低くなる。すご味のようなものを感じる。


【メンタルの弱い男たちにママにされたり、監禁されたり、心中させられたり……わたしのセカイはいつだって不幸になるの】


 このゲームのエンディングはすべて見たからボクもそれは知っている。にしても「わたしのセカイ」って……。マモリにとってセカイは親友以上の存在だったのか?


【でもわたしにはどうすることもできなかった。制作者によって、セカイが好きな男を攻略するためのサポートキャラの役割を与えられたからね】


 切なげに放たれたセリフはそこで一度中断された。

 数秒後、マモリは口を開いた。


【だけど何万回と時を繰り返す内に、わたしのマギアは少しずつ高まって行った。現実世界に干渉できるまでになっていたの。そして貴方をこの世界に召喚した。後はトゥルーエンドにさえ到達すれば、セカイを救えるのよ】


 歌うように話す彼女は、どこかがいかれているとしか思えない表情だ。

 何万回も同じ時を繰り返せばおかしくなるのも仕方がないだろう。

 それに彼女はセカイに執着しているようだ。執着している相手が何万回も不幸になるところをただ見ているだけしかできないなんて狂うのも当然だ。


 だけどボクには関係がない。セカイよりも陽彩ひいろちゃんを救いたい。彼女が無事でいるのか、どこにいるのかを知る方がずっと大切だった。


「悪いけど、ボクはお前に協力しないよ」


 ボクのセリフを聞き、マモリは首をカクンと右側に傾けた。


【いいえ。貴方は必ず協力するわ】

「セカイのことなんてどうでもいいし、お前に義理もない」

【今のセカイのプレイヤー、誰だと思う?】


 どくんと胸が大きく跳ねた。


【セカイはね、プレイヤーがいないと話すことも動くこともまともにできないの。だから貴方の側にいた女の子に、プレイヤーになって貰ったのよ】

「まさか……陽彩ちゃん?」


 マモリは口元だけ笑みを作ると「正解よ」と呟いた。


「なんで彼女まで巻き込んだ!」


 自分でも驚くほどに声が大きくなってしまった。


【セカイを救うためよ。そのためならわたしは何だって犠牲にするわ】


 きっぱりと言い放つマモリに悪びれる様子はない。なんて女だ。ゲームの時はキャラが立っていなかったのに。


【セカイを救うことができたら貴方たちは元の場所に返してあげる】

「本当だろうな」

【当然よ。セカイを救った後は、二人で一緒に幸せに暮らすんだから。貴方たちは邪魔なの】


 それはそれでどうなんだ。確かにヤンデレの男たちからは守られるかもしれないが、お前もひとのこと言えないだろう。結局セカイは病んだやつの犠牲になるじゃないか。

 なんて、すっかり壊れてしまったこいつに言ったところで理解できまい。

 こんな自分勝手なイカレ女の言うことを聞かなればいけないなんて胸くそが悪いけど、陽彩ちゃんのためにはやるしかない。


「仕方ない。お前に協力してやる」


 ボクがそう言うと、マモリは「にちゃり」と効果音がつきそうな、粘着質な笑みを浮かべた。


「トゥルーエンドへの行き方はわかっているんだろうな」

【当然。……と言いたいところだけど、完全にわかっているわけじゃないの。フラグを立てていれば、おのずと次にどうすればいいかは見えてくるはずよ】


 マモリは今わかっているトゥルーエンドへの行き方を説明した。


 条件①セカイがすべての攻略対象のルートに入らないこと。

 条件②すべての攻略対象のヤミを払うこと。


「①はいいとして、②は意味がわからないな。あいつらのカウンセリングでもして、ヤンデレを治せってことか?」

【恐らくね】


 なんとも歯切れが悪い。


【プレイヤーを持つのは貴方がはじめてなの。これまでセカイの選択に干渉できたことはない。その時にどうなるのか、具体的にわからないというのが正直なところ】

「ギャンブルだな。しかも、勝てる見込みは薄い」

【負けたらまたやり直すだけよ。いつも通りね】


 マモリは軽い口調で言った。何万回も同じ時間を繰り返して来ただけのことはある。だけどボクは一秒でも早く陽彩ちゃんを救い出したい。悠長に構えていられない。


「そもそもトゥルーエンドなんて本当に存在するのか? ボクは何度もこのゲームをプレイしたし、攻略サイトを幾つも見たけどそんなのなかったぞ」


【トゥルーエンドは功明に隠されているの。存在することと、唯一セカイが幸せになれるエンディングということだけはわかっているの】


 いまいち信用できないな。だけど今は他にやれることもわからないし、ひとまずトゥルーエンドを目指すしかない。


【内藤宗護さん。わたしと貴方のゴールは同じ。助け合いましょうね】


 マモリは凍りつくような声でそう言い残し、すっと姿を消した。



 ボクはベッドに体を投げ出した。


 トゥルーエンドの条件②については、ゲームを進めてフラグを立てながら確かめるしかない。

 条件①はセカイが陽彩ちゃんだとわかった次点で達成させる予定だった。彼女がヤンデレたちの餌食になるなんて耐えられない。


 まずは条件①を達成する方法を考えよう。

 ミナセの時みたいに、毎回好感度を上げる選択肢をしないように仕向けられるとは限らない。いくら親友でも四六時中ベタベタくっ付くのは無理だ。

 どうにか恋愛を邪魔する方法はないだろうか。


「ボクがあいつらを先に攻略する……とか?」


 ふと思いついたアイデアだが、かなりいいじゃないか。


「そうだよ。ボクはこれまで何度もあいつらを攻略して来たじゃないか!」


 何が好きでどんな選択肢をすれば喜ぶのか、すべてのデータは頭に入っている。

 さいわいにも今は女だ。しかもセカイほどではないが、マモリもなかなか可愛いデザインをしている。


 陽彩ちゃん。君を守るため、ボクがやつらを全員堕とすこうりゃくするよ。


 早速作戦を立てよう。ボクはマモリのノートを一冊拝借し、記録をつけ始めた。

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