第61話 (12/28) かえでの作戦
かえではさくらとひそひそ話を始めた。
「卓也って、合コンで知り合ったんだけど、結構大きな会社に勤めていて、優秀な営業マンらしいの」
「ふーん」
「でね。結構まめで男のくせに色々細かいことまでやってくれるの」
「いいじゃない。ルックスもいいし」
さくらの寒気は取れないが、さすがに姉には遠慮してお世辞を言った。姉のかえでは、まさか前世で卓也が妹をひどい目に遭わせたなんて露にも思わず、意気揚々と話し始めた。
「でもね。ちょっと驚きなのよ」
「何が?」
「実は二か月前から同棲しているの」
「キャー! 早くも同棲?」
「そう。試験的にね。それで驚いたのは、彼って同居生活の考え方が超古いの」
「古い?」
さくらの表情が変わり固くなった。卓也の悪夢が甦る。
「そう。昭和もいいところ。同居始めたとたん、家事は全部私にやって欲しいって言いだしたの。冗談じゃないっての!」
「えー本当、彼そんな風には見えないけど」
「でしょ。でも筋金入りよ。どうも彼の親がそういう夫婦らしいの。特にお父さんがすごいらしくて、そこで育ったもんで、女が全部やるのが当たりまえだと思い込んでるみたいなの」
「今時、そんなのある? たとえ自分家がそうだとしても普通わかるじゃない」
「ほんとにおかしいの。どうも彼、今までの彼女もその性格がばれて振られてきたみたいなのよ。本人は何で振られたかわからなかったみたいだけど」
「救いようがない人だね。お姉ちゃん、そんなのとつきあったらだめでしょ」
さくらは心配になってかえでに警告する。
「ヘヘー、ここからがちょっと自慢。彼の性格が分かってから、ちょっと作戦考えたの」
「どんな作戦?」
「あえて私が強く出る様にしたの。最初が肝心だと思って」
「どんなふうに?」
「例えば、『食事の用意してくれない』って言われた時は『嫌だ』と大声ではっきり言ってやったの。『あなたがやればいいでしょ』って、彼、目がまん丸になっていたわ。プルプル震えて黙ったの。あー可愛いかった」
かえでは卓也とのエピソードを話すのが楽しそうだ。自分の事を言われているとは気づかずに卓也は翔真と話をしている。
「洗濯も掃除も同じ様に徹底的に拒否したら、少しずつぎこちない手つきで家事を始めたわ。あー楽しかった。彼、最初は本当に何もできなかったのよ。子供じゃないんだから。一人暮らしの時はどうしてたんだろうね?」
かえでの話は止まらない。
「ある時彼がベランダに干した洗濯物を見て叱りつけたの。『何これ皺だらけじゃないの、きちんと皺を伸ばしてから干してよ。そんな基本もわからないの? やり直し!』って。そしたら青い顔をしてしゅんとなって『ああそうやるのか。すみません。覚えます』だって! ははは。」
「そして卓也は言ったのよ。『仕事の新人の頃を思い出したよ。基礎から全部覚えなきゃいけないんだね』だって。『当たり前よ。何考えてんの?』って言ってやったわ」
かえではそこまで言ってから、少し真面目な表情になった。
「でもね、それから彼は頑張ったよ。仕事と同じように取り組んだのね。時間はまだかかるけど手を抜かない性格だから着実に家事を覚えつつあるわ。指導料が欲しいわね。」
かえでが笑った。さくらは姉の優しさを知っている。姉御肌だが面倒見のいい人だ。
「そしてこう言うのよ。『僕は親を見ていて勘違いしていた、男も女と同じように家のことやらなきゃいけないんだね。目から鱗だよ』だって。あたりまえだっつーの。はっはっは」
「かえで。すごい。教育しちゃったんだね」
「最初が肝心なのよ!」
そう、卓也はかえでに徹底的に改心させられたのだった。
姉のかえでは只者では無かったのである。
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