最終章
第58話 (12/21) あの山の上で二人
土曜日の朝、晩秋の低い日差しがきらきらと紅葉の終わった木々を照らしている。晴天が祝福をしてくれているかのよう。
さくらは駐車場から一人でゆっくり歩き始めた。約束の通り山頂へと向かう。
鳥たちはまだ私たちの季節は終わらないわよと主張するかのように、さえずりを森中に響かせて自由を謳歌している。
中腹まで来て、ふと脇の斜面に目をやる。
何の変哲もない斜面だが、さくらは妙に気になって仕方がない。歩みを止めてじっと見つめた。
「さくら、わかるのかなー 私たちが死んだ場所だよ」とサラ。
「何となく感じるみたいだね。今のさくらは知る筈の無いことなのに不思議だ」
「私もわかりませんねえ。後でマスターに聞いておきます」と見習い。
さくらは誰かを弔う様に胸に手をあてて目を瞑り、数秒そのままでいた。そして、ゆっくり目を開けてまた歩き出した。
やがて頂上が近づいてきた。日差しがあまり高くないので、ちょうど逆光で眩しい。
少し進んでまた頂上を見ると、眩しい光の中に誰かの上半身の黒いかげが見えてきた。
かげはこちらを向いて歩き始めた。
ほどなくして、さくらはそれが翔真だとはっきりわかった。
「おーい」
翔真が呼ぶ。
さくらはあえて返事をせず、歩きながら一度やや下を向いて笑みを浮かべた。
そしてまた顔を上げて翔真を見た。
「おーい、さくらあ」
もう一度翔真が呼ぶ。
「なーに?」
今度はさくらが返事をした。
「早く来いよー。待ちくたびれたよー」
「迎えにくればいいのにー」
「ごめーん。疲れたあ」
さくらは少し呼吸を整えるために歩きながら間を置いた。そして言った。
「やっぱり翔真は体力が無いんじゃないのー?」
二人の距離はかなり短くなってきた。
「そう言うなって。体力は下り用に取っておいているんだ」
「あらそうですか。計画的なのね」
さくらが到着した。
「お疲れ様。あっち見てみなよ。すごくいい景色だよ」
遠くの山々が晴天の中でくっきりと見えている。
「わー、本当。良く見えるねー いい天気で良かった」
二人は飲み物を飲んだり、写真を撮ったりしてから並んで腰を下ろして休憩することにした。
「昨日はたいへんだったね」
「いやあ、全く。でも怪我人は出なかったし、事故を防止したとかで車とか諸々の弁償の必要は無かったし、良かったよ。」
「いまやヒーローだもんね」
「いや、そんなのどうでもいいよ。それより松山氏から変人扱いを返上してもらって、感謝されたのが一番良かったかな」
「詐欺疑いが晴れたのね」
「詐欺って……うん。誠意を込めて話していたのが良かったんだと思う」
「誠意ね」
さくらが頷いた。翔真は何かを思い出し、ザックを探って何かを取り出すとさくらに話しかけた。
「あー、さくらさん、これも一種の誠意だけど受け取ってくれる?」
「何かなー?」
翔真は持っていたものをさくらに渡した。十五センチ角の少し大きめの箱。
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