第57話 (12/19) 運命の瞬間

 シーンは少し上からの鳥瞰で再開されたが、なぜか遅いスローモーションになっている。翔真の前方踏切で三台の車が止まっている。


 その右奥、踏切の線路上に松山さんの車がこちら向きに止まっている。その後方には車は無い。さくらの乗った電車は右側からやってくる。


 松山さんと奥さんはドアを開けて出ようとしている。彼らは逃げて無事だ。しかし車が線路上に残っている。電車が衝突するまであと十秒から十五秒くらいか。


 踏切の緊急停止ボタンを押してくれる人はいない。


 翔真はアクセルを踏み続けながら考えた。あと踏切まではまだ十秒くらいかかる。もう僕が緊急停止を押しに行っても間に合わない。電車もあのスピードだと確実に突っ込んでくる。もう車を動かすしかないが、到底間に合いそうもない。車に乗りこもうとしたタイミングで車ごと跳ね飛ばされるだろう。


「あれ、スローになっているけど、これ何?」

「見習いさん、どうなっているの?」

「え、え、私もわかりません」

「わからないってなんだよ」

「ごめんなさい。後でマスターに聞いておきます」 

「俺がすごい高速で考えているぞ」

「この後、人生振り返るんじゃない? もしかして走馬灯ってやつ?」

「死ぬ直前ってこと? 縁起でもない。最後の無い知恵を振り絞っているんだよ、きっと」

「見習いさん。もう一回止められない?」

「もうできません」

「彼に運命をまかせるしかないわね」


 翔真は思った。今までの人生、周りの人たちに助けられ、励まされてきた。引きこもりも勉強嫌いも、誰かのおかげで乗り越えられたんだと思うんだ。さくらに出会えたのも、俺の知らないところで誰かが繋いでくれた縁なのだろう。


「ほら、走馬灯が始まった」

「違う。勝負どころの男の気持ちだよ」


 でも今度ばかりは人に頼ったり、運に頼ったりすることはできない。自分で何とかしなければいけない。


「そう。あなただけが最後の頼りよ」

「翔真、いや俺、そうだ。何か一発逆転をたのむ。もうこちらは何もできない」

「翔真さんが何か閃いたようです!」


 後ろの車両に移動していたさくらを含め、乗客は運転手が鳴らした警報音で異変に気が付いた。ほとんどの乗客は何事が起こるのかわかっていなかったが、運転手とさくらだけは、これから何が起きるかが脳裏に浮かび、恐怖に慄いた。


「翔真! 神様!」


 さくらはしゃがんで手すりを精一杯の力で掴み、頭を下げ目を強く瞑って衝撃に耐える態勢を取った。


 他の乗客はざわついていたが、不安げにまわりを見回すだけで固まっている。


 翔真は意を決して高速のままハンドルを少しだけ右に切って、反対車線、つまり右側の車線に出た。そしてさらに加速する。


 正面に遮断機とその向こうに松山さんの車が見える。


 松山夫妻はすでに踏切から出て安全な場所まで離れた。


 あと百メートル。


 ちらっと右斜め前方を見ると電車が同じようなタイミングで近づいてくる。電車はブレーキをかけ始めたが速度は落としきれないようだ。


 翔真はアクセルを踏んだままハンドルを持つ両手に力を入れ、車を少し左の中央ライン寄りに寄せて激走した。なるべく左から角度をつけて踏切に侵入するつもりだ。


 そして、松山氏の車の向かって右側のヘッドランプだけを注視した。


「あそこに突っ込む!」


 翔真の車が速度を落とさないまま踏切に突っ込んだ。


 車は遮断機を折り松山氏の車に激突し弾き飛ばした。


 翔真は松山氏の車の助手席に自分の車の助手席がぶつかるような形でわざと激突させたのだ。翔真は凄い衝撃に耐える。


 電車はあと数秒で踏切に突っ込んでくる。


 衝突した直後、翔真の車は左周りにスピンした後横倒しになり右側線路わきまで横転していった。翔真がとっさに考えた通りだった。


 一方松山氏の車も左周りにスピンしながら遮断機あたりまで押し戻された。


 翔真が考えたのは車をぶつけて、どちらの車も線路上に残らないようにすることだったのだ。


 次の瞬間、甲高いブレーキ音を鳴らしながら電車の先頭車両が相当のスピードのまま踏切を通過していった。間一髪で車は線路上から逃れていた。電車と車の衝突は避けられた。最後尾の車両が踏切に差し掛かったころで電車はようやく停止した。


 事故はぎりぎりのところで回避されたのであった。


「翔真さん、やりましたね」

「ぎりぎり間に合った」

「それにしてもそのまま突っ込むとは」

「どちらの車も線路外に飛んでくれて良かった」

「うまく角度を計算をしたようですね。カーリングかビリヤードの様に」

「でも翔真は大丈夫? 車が転がって行ったけど」


 翔真は裏返ってつぶれたレンタカーの中で逆さまになりながらも、怪我も無く生きていた。狭いので首は曲がっているがシートベルトに吊られた状態で呟いていた。


「ぐえー。やったよ俺。奇跡だな」


 救急車、消防、警察などが次々と到着し、乗客のケアや状況確認が始まった。

 ヘリが飛び、報道関係者も直に集まってきた。


 さくらは電車から降りると、翔真のところに駆け寄った。


「大丈夫? 翔真」

「平気、平気、たいした怪我もないよ。レンタカーはこの通りおしゃかだけどね。さくらは大丈夫だった?」


「うん。言われた通り後ろでしがみついていたから、急ブレーキも何ともなかった」


「良かった。じゃあまた後で電話するよ。これから事情聴取とか車の処理とか色々あるからね。もし可能だったら明日予定通り山に行こう」


「わかった。何かあったら私でもかえででもすぐ電話してね」

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