第38話 (11/5) オーストラリア 

 三月に入った。覚悟を決めた翔真は一人旅立つ準備を周到に進めていた。


 ―― そして、その日が来た。


 翔真は成田空港から一人でオーストラリアに旅立った。


 一方、さくらは病院のスタッフと調整して、毎日断続的に数時間ずつ、計四日間のバーチャル旅行を行う準備を進めた。


 翔真はオーストラリア東部の観光都市ケアンズの空港に早朝に到着した。


 さくらも翔真が用意してくれた最新のリアルタイムVRゴーグルをつけて翔真が見ている風景を遠く離れた病室で見始めた。


 かえでと母親も病室で待機しており、モニターでさくらと同じ映像を見ている。

 空港から移動しケアンズ市内海沿いに到着したところで、翔真は撮影を始めた。


 一人だけれど、寂しくはない。同じ風景をさくらが同時に見ている。


「さくら、おはよう。見えるかな。ケアンズだよ。こちらはまだ夏が続いていて、朝なのにとても暖かいよ。海沿いの街だから風がさわやかだ。見てごらん、沢山の人が朝から海沿いの木道を散歩しているよ。鳥の声が聞こえる?」


 翔真の優しい声にさくらが答える。


「翔真、おはよう。良く見えるし、鳥のさえずりもよく聞こえるよ。本当にこのVRってすごいね。現地で翔真と一緒に歩いているみたい」


 かえでも母親もクリアで臨場感あふれる3D画像にびっくりしながらモニターを見つめている。周りの患者さんや看護師さん達も集まってきて口々に言った。


「「本当にすごいね」」

「「これなら現地に行く必要無いよね」」


 十五分程度、現地の風景を堪能して、最初の朝の中継は終わった。


 ☆ ☆ ☆


 午後の中継では動物園に行った。

 巨大なワニや南国の鳥やらを一緒に見て、翔真はカメラで撮りながらコアラを抱いた。

「さくら、コアラ抱いたよ。見える」

「わー近っ。可愛いねえ。つめは結構大きいのね」


 ☆ ☆ ☆


 次の日は離れ小島のツアーに行った。

 シュノーケリングをしたりビーチを散策したり。


「きれいなビーチ。色がとっても青い」

「魚がいるねえ。ニモがいるー、黄色のしましまー、大きいやつもいっぱい。翔真いいなあ」


 しばらくすると急に空が暗くなり雨が降り始めた。


「うわー暗くなってきた。雨だあ、スコールだあ」

「翔真。たいへんだ」

「すごい雨。半端ないよ。びっしょびしょ。これは映像を見てるだけの方がいいよ」

「ははは。ほんとだね」


 雨雲が足早に過ぎ去り、すぐに明るくなる。画像を見ているさくらが叫ぶ。


「もう雲が取れて晴れてきたね。虹がきれいに見えるよー」


 濡れたシャツを絞りながら、翔真も答える。


「本当だ。もうちょっと早く海から上がっていれば濡れなかったのに」


 二人は同時に笑い合った。距離は気にならない。

 まるですぐ傍にいるようだった。

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