第35話 (10/31) 幸せの絶頂

 天界サイドでは見習いがまず口を開いた。


「さくらさん、随分アクティブですね」


 サラが続く。


「出たよ、無鉄砲の私。おっちょこちょいなのに翔真と海外なんて」


 そしてショウが切迫した表情で訴える。


「ねえ、みんなどうする? ほら翔真も困っているよ。海外で一週間なんてまだ翔真には無理だ。なんかあったらどうするの?」


 サラはあきらめた。自分の性格は知っている。


「まあ、さくらが決めちゃったものはしょうがないよね。サポートプランを考えようか。私達が付いていれば大丈夫でしょ。ちょっとしたスリルがあって、見ている方は意外と楽しいかもよ」


「そんな。サラさん(さんづけになった!)。行先、国内に変えさせようよ。受験にも影響するかもだし」


「あーうるさい。つべこべ言うな! 男でしょ。腹を据えなさいよ」

「見習いさーん」


 ショウが訴えるような目で言ったが、見習いはそれを無視して言った。


「あの、サラさん。今少し予想してみました。今時点での推測では旅行自体は何も問題無さそうですよ。ただし旅行に行けるかどうかが問題です」


「旅行に行けるかどうかって、どういう意味?」

「あの、その頃のさくらさんの体調が心配です」


「え、どういうこと? 今健康そのものに見えるけど? 事故とか怪我とかしちゃうの?」

「いえ、事故とか怪我とかではないです」


「なら、あの女性特有の現象?」


 ショウがまた余計な口を挟む


「それはあっても旅行に大きな支障は無い!」


 サラがきっぱりと言い、見習いに恐る恐る訊く。


「まさか、また思わぬ妊娠?」


 見習いはあきれて言った。


「あなたの前世じゃありませんので。違います。さくらは病気にかかりそうです」


 サラは自分の前の運命を思い出し、少し取り乱した口調で言った。


「まさか子宮頸がん? 今回はきちんとワクチンを打っていたのに?」

「いえ、子宮頸がんに関しては我々も念入りに検査させるなど、さくらの生活の配慮をしてきたので、今のところその兆候はありません」


「だったら何の病気?」

「はっきりはわかりませんが、循環器系かと」


「循環器って、心臓とか血管とか?」

「そうです。オーディションが終わったら、なるべく早く病院に行かせた方が良いと思います」


「そんな。じゃあ旅行なんて無理じゃない」

「この期に及んで言いにくいですが、おそらく旅行自体は難しいでしょう。しかし代わりに同等の何かができると思います。それは今後考えましょう。翔真さん。あなたのアイデア次第ですよ」


 思わぬ話の展開にショウは口を開けたまま、空間を彷徨っていた視点をようやく二人の顔に戻した。


「えー、さくらは旅行に行きたいが、病気で行けない可能性が高い。それで僕が何か代わりのアイデアを出さないといけない、と」


 自分に言い聞かせるようにまとめた。そして、そんなこととは露知らず、地上のさくらと翔真はそれぞれの決戦の舞台へ赴く準備を着々と進めるのであった。



 ◇ ◇ ◇



 まず一月中旬大学共通試験が始まった。

 一日目を終えた翔真にさくらから電話が入った。


 「今日の試験はどうだった?」

 「まずまずだよ」


 翔真が答えると、さくらは言った。


「旅行の予定決めたよ。三月十五日出発、五泊六日のオーストラリア旅行、ジャーン! そっちの予定はうまく調整してね。パスポート取得はお早めに!」


 オーストラリア? 遠くない?


「詳細は後日連絡しまーす。明日も試験頑張ってね!」


 明るくさくらが言った。はち切れんばかりの笑顔が目に浮かぶようだ。


 その笑顔に応えるように、翔真は二日目も頑張った。手ごたえはあった。後は二次試験だけだ。


 さて、次はさくらの番だ。

 一月下旬、さくらにとってのその日、オーディションはやってきた。前日は翔真の試験の時とは反対に、翔真から励ましの電話があった。


「明日はさくらの番だぞ。いつも通りでいいからな。落ち着いて」


 さくらは少し体の調子が良くなかったが、オーディション前の緊張から来るものだろうと考え、気にはしないようにした。


「わかってるって。今度こそ合格するよ!」


 次の日、オーディションは粛々と行われ、さくらは自信を持って審査に挑んだ。


 ――結果発表


「合格者は十四番の〇〇さん、十八番の〇〇さん、二十六番の〇〇さん、そして三十番の八神さん、以上四名です」


 ――やった! 合格だ。


 さくらは早速翔真に朗報を入れた。


「翔真、オーディション合格したよ! すごいでしょ。オーストラリアも行こうね!」


 さくらの二度目の笑顔が弾けた。幸せの絶頂だった……

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