第34話 (10/29) 旅行のお誘い

 そして二人にとって運命の年がやってきた。


さくらはオーディション、翔真は大学入試のリベンジ。各々の目標に向けて二人ともラストスパートに余念がなかった。


 正月には忙しい合間を縫って、かえでも含めて三人で初詣でに出掛けた。そこでさくらは翔真に思ってもみない提案をするのであった。


 神社でお参りを済ませた後、さくらが翔真に聞いた。


「何をお願いしたの?」

「もちろん志望大学の合格さ」

「それだけ?」

「それだけ。さくらは?」


「私は色々。今度のオーディションに合格すること、あと大学の三年目が充実した一年になること。それからね、あとは内緒!」

「なんだよそれ」

「お姉ちゃんは?」


 かえでが、言った。


「私は普通よ。『無病息災、いい一年を過ごせますように』って」

「つまんない」


 さくらがそう言うと、 翔真がいつもの毒舌をかえでに披露する。


「そろそろお肌の曲がり角が来ないようにって言えばよかったのに」

「どういう意味よ、翔真。あんたけんか売ってんの?」

「いえ、単に年齢がそんな頃かと」

「余計腹立つわよ。くそがき」


 そんな会話を続けながら帰り道を歩いていて、ふとさくらが言った。


「翔真、もし大学合格したら、いつ頃引っ越すの?」


「もし、ってなんだよ。合格するに決まってんじゃん。いつって、たぶん三月の中旬か下旬だろ? そんなのまだ考えてないよ」


「それまでの間、何かする?」

「白紙。受験だけで頭がいっぱいで、その後の予定なんか何もないよ」


「じゃあさ、もし合格したら、引っ越す前に二人でどこかに旅行しない? 一週間くらい」


 さくらが突然言い放った。翔真とかえでは驚いた。


「一週間?」

「えーさくら、何々、翔真と二人で旅行する気なの? やばいんじゃない?」


「かえで、そんなんじゃないよ。遠いところとか行くなら、やっぱり男がいた方が何かと安心じゃない。特に翔真ならほぼ身内だから安心できるし。どう? 翔真」


 安全パイ、または単なるボディガードと見れれているのは少し癪だが、翔真は二年前のディズニーランドの時を思い出して心臓の鼓動が急に激しくなった。一週間くらいの旅行? さくらと二人で? いやちょっとまずいでしょ。


「え、一週間も? 遠いところって例えばどの辺?」


 さくらは少し焦らしてから言った。


「海外」

「海外。いきなりですか」


 翔真は急に自分が年下、かつ未成年であるということを再認識した。動揺を隠せない。


「そう海外に行ってみたいの。どこでもいいけど東南アジアか南の方」

「英語はあまり話せませんので国内がいいな、僕は。またディズニーランドがいいのでは?」


 怖気付いたのか急に丁寧語になる翔真。


「ディズニーランドはもういいよ。今度は夢の国より現実の国」

「では、かえでさんと三人で行くとか?」


 翔真が本当に怖気づいていて可笑しい。

 かえではすました顔で言う。


「社会人はそんなに簡単に休みを取れません。でもあなた達だけだとちょっと不安ね。二人とも海外に行ったことは無いよね」


 そこですかさずさくらが返す。


「ご心配無用。この時のために私は英語の勉強をみっちりやってきました。それからなんなら下調べも既にしております。そしてこれ!」


「じゃーん」


そう言ってさくらはバッグから真新しいパスポートを取り出した。


「取っちゃったー いいでしょ!」

「やるじゃん、さくら。どうする翔真? あなたは未成年だけど、観光地くらいならそろそろ行っても問題は無いと思うけど」 


「いやあ、そういう問題では無いです」

「翔真、急がないから考えてみて、受験勉強に差し障りない程度に。でも返事は一週間以内に頂戴ね」


 翔真はさっきまで感じていた冬の寒さが、体の火照りで全く気にならなくなり、今年は今までと全然違う年になりそうな、そんな予感がするのであった。

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