第29話 (10/17) 交際の申し込み

 さくらは数日かけて田中にアタックする計画を練った。

 そして、それを実行する時が来た。


 その日、田中は学校から一人で帰宅する途中だった。

 後ろから早歩きで近づいていき、追いついたさくらが声をかけた。


「田中先輩、ちょっといいですか?」


 田中は驚いた顔で振り向くと、思わぬ可愛い女子の姿を目にしてどもった。


「だ、誰?」

「あのー、私二年の八神さくらと言います。もしお時間がありましたら、少しだけお話しさせてもらってもいいでしょうか?」


「え、俺に? 別に、いいけどさ」


 田中の声が裏返った。さくらは一度ごくっと唾を飲んでから、両手を胸の前で握りしめて、少し下を向きながら上目づかいに言った。


「あの、いきなりですごく失礼なんですが、田中先輩って今、付き合っている人とかいますか?」


 田中の脳裏に衝撃が走った。――これは、もしかして告(こく)られているのでは?


 同時に脳がフル回転で働き、冷や汗が出てきた。

 やばい、超好み。というか、俺の人生で想定していなかったルックス。……でも、それなのに! タイミングが悪すぎる!

 残念ながら俺には今! さてどう答える、俺? 

 

 一、「いない」と答える(そう答えたいが不誠実……)


 二、「いる」と正直に答える(涙)


 どちらもだめだ。第三案で行こう。俺って頭いい!


「え、付き合っている人? えーと……いやあ、いきなりそんなこと言われても、よく知らない君に個人的な事を言うことは……、できないなあ。申し訳ないけど」


 田中は不必要に「まだ」を重ねて使い、その語気を少し強めて優しく答えた。


「あっ、そうですね。本当に失礼なこと聞いて申し訳ありません」


 さくらは顔を真っ赤にして頭を下げて謝った。


「いや、そんなことはないけど。どうしてそんなこと聞くの?」


 田中は内心、我ながらうまいカウンターを入れていると思いながら聞いた。

 さくらは迷った。あの答えはとても怪しい。彼女がいそうだ。どうする? これでも押すか?


 天界のサラは訴えた。しかしその声はさくらには届かない。


「さくら、ここでやめておいて。付き合っている人がいるって、もう分かるでしょ? 引くの!」

「こいつ、もう彼女がいるのか! 読めなかった」


 一方のショウは冷や汗が出てきた。読めなかったではない。調べておくのを忘れたのだ。やばい。


 さくらは赤い顔のまま、「どうしてそんなこと聞くの?」と聞く田中に返す言葉を考えていた。


 一、「いえ、何でもありません。失礼しました」と言って引きさがる

 二、「今付き合っている人がいなければ、私と付き合っていただけませんか?」と言って勝負に行く。


「二は直球すぎます。極端ですねえ」

見習いさんが言った。サクラも続いた。


「なんでいきなりこくるの? まず友達からでしょうよ。ライン交換とか電話番号を聞くとかすればいいじゃない…… もう見てらんない。見習いさん、一時停止!」


「はい。止めます」


 さくらはフェリンにささやく。

「つきあっていただけませんか、だけは止めさせて。ライン交換とかそれくらいにさせて」


 フェリンは「わかりました。行ってきます」と言って、さくらの方に飛んで行った。

 そして少ししてから帰ってきた。


「何とか、大丈夫そうです。説明したら、さくらさん「なるほど」と言っていました。連絡先交換みたいな考えは無かったみたいです」


 サラは思った。我ながら付き合いべたすぎる。

 そして再開。


「あ、たいしたことじゃないんですけど、前からお見かけしていて、できればお知り合いになりたいなあ、と思っていました。今後、暇な時に話とかさせてもらってもいいでしょうか?」


「いいですよ。連絡先教えますか?」


 田中は思った。千載一遇のチャンスだ。彼女がいるけれど、この子と友達として話すくらいなら「あり」だろう。もて期が来たかな?


 ショウは田中のことが怪しいと思った。彼女の存在を隠して後々二股をかける可能性がある。二股ができる甲斐性かいしょうがあるようには見えないが。


「あの、ライン交換でお願いできますか? いきなりで図々しいですが」

「いいよ。喜んで」


 さくらは田中とライン交換をして、別れた。

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