第19話 (9/24) 火砕流
その頃、県や自治体、報道各社は一斉に噴火の一報と緊急避難を報じ始めた。昨日までは収まりつつあるように思えた山が突然噴火したため一気に混乱が広がった。
十時四十分、翔真は駐車場まであと十分くらいのところまでバイクを走らせて来ていた。手足がしびれてきた。運動不足のせいだろう。そんな時、携帯に緊急速報が鳴り、メッセージが表示された。
「令和岳噴火、広範囲に火砕流。直ちに避難を――」
火砕流? 本当か? 翔真はバイクを止めて、後ろを凝視した。
巨大な噴火煙と、その下の方に……
見えた。火砕流だ。もくもくと雲海のような煙の塊がまだ遠いものの、こちらの方角に流れてきているのが見える。
でも広範囲ってどういうことだ?
よく見てみると、火砕流はこちらに向かってくるものだけではなく、左右にも流れていて、どれもボリュームがありそうだ。しかもスピードが速い。
左右に流れるスピードはその速度がここからでもはっきりわかる。こちら側に流れてきている火砕流もどんどん近づいてきている。
翔真は、再びバイクを走らせながら必死に考えた。
あの火砕流はどこまで流れてくるのか? まさか高原までは来ないよな。百キロは離れているぞ。 いや待てよ、あの体積とスピード。
さらに供給が続くとすれば、もしかしたら標高の低いところは到達するかも。確かどこかの山で川に沿って遠くまでくるシミュレーションがあったよな。だとすると、遠方で安全なのは……
高いところだ。津波と同じだ。
そこで翔真は思い出した。今さくら達は山を下っている!
もしかしてあの距離だと火砕流が収まるまでは頂上にいた方が安全かも。
でもあの駐車場あたりまで火砕流で埋まってしまったら、頂上に取り残されてどこにも逃げられなくなってしまう。
翔真は迷った。早く車で逃げるべきなのか、頂上に戻るべきなのか。
翔真はバイクをスライドターンさせて止め、ヘルメッットをつけたまま遠くに見える火砕流の動きをもう一度観察した。
時速百キロメートルくらいか。バイクと変わらない。あの距離だと僕やさくら達が駐車場に着いてすぐに追いつかれるかもしれない。車で逃げ切れるか?
いや無理だ、麓へ続く道路はスピードを出せないし、どんどん低い方に行ってしまうから火砕流に追いつかれる危険性が高い。また、頂上は駐車場よりかなり高い場所にあるから、さすがにそこまで火砕流が登ってくることはないだろう。
翔真はかえでに電話をかけようとした。頂上に戻ってもらおう。リダイヤルすると、なんと電話が繋がらない。何度もトライしたがだめだ。
通信障害か。大災害ではいつもこれだ。
それからしばらく経って、さくら達は駐車場まで下りてきた。車に荷物を詰め込むと、かえでが言った。
「どうする? 行く?」
さくらが、反対する。
「待って、翔真がもうすぐ来るはずでしょ。合流した方がいいと思う」
その時、くるみが叫んだ。
「ねえ、あれ見てー」
くるみが指さした方向を見ると、まだ遠いがすごい勢いで迫ってくる灰色の火砕流であった。
「火砕流だ!こっちまで来る」
かえでが言った。もう顔は真っ青だ。
「どうする?」
「早く車で逃げようよ」
「そうだね。さくら、乗って」
さくらが車のドア開けた時、遠くからバイクの音が聞こえてきた。
「翔真かも!」
かえでとさくらは道路の様子を伺った。直ぐにバイクがやってきた。やっぱり翔真だ。翔真は車のそばにバイクを止めるや否や、ヘルメットを脱いで三人に叫んだ。
「ごめん。車はだめだ、ここより高いところに登らないといけない!」
三人は翔真の頭がおかしくなったのかと思った。
「何で?車で逃げないの?」
翔真は背後のまだ遠いが確実にここまで来るであろう火砕流を指さして再び叫んだ
「あの火砕流がすぐにやってくる。すごく速いから車では逃げ切れない」
「え、だってお父さんたちはだいぶ前にもう車で行っちゃったよ」
「それなら時間的に大丈夫だ。でもこのタイミングだともう遅い」
さくらとかえでは火砕流を見てたちまち理解した。本当だ。すごいスピード。翔真はロープウエーを見た。動いていない。従業員も逃げてしまったようだ。金属ロープに火花が散っている。自然現象だろう。
車かバイクで遊歩道を登れないか? 少し上に階段があるのを見て無理な事がわかった。
「車から出て。荷物はいらない。歩いてすぐ行こう」
かえではくるみを背負い、少し考えてから言った。
「翔真。さくらを支えて歩いてくれない?」
「わかった。そうしよう」
四人はさくら達が先ほど下ってきた遊歩道を再び上り始めた。
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