第17話 (9/19) 緊急事態

 その少し前、高原のトレッキングルートでは、山岳地域で起きている異常は全く知らずにさくらとかえで、そしてくるみは頂上広場まで三十分というところまで歩いてきていた。


「もうすぐだね」


 かえでが言う。

 くるみはかえでの背中で気持ちよさそうにしている。


「足が疲れてたいへんだけど、意外と早くつきそう」

 

 さくらも笑顔だ。


「くるみ、天気が良くて良かったね、風もさわやかで気持ちいい」

「うん」


 くるみは元気に返事をする。

 二人は口も軽く、笑顔で最後の緩い上りを歩き詰めて見晴らしのいい途中の広場に到着した。


「休憩―」


 三人とも歩きを止めると息をしばし整えた後、景色を見まわした。


「わあ、いい景色」

「やっぱり見晴らしがいいねえ。今日は遠くまでよく見えるよ」


 時間は九時四十分。三人は持ってきたボトルの暖かいお茶をつぎ、軽い食べ物やお菓子を出して休憩を始めた。


「さくら、体調はどう? もちろん足は疲れていると思うけど」

「思ったより平気。痛み止めとか飲んできたし、今日は調子がいいみたい」


 さくらはお菓子をつまみながら、言った。


「良かった。せっかくの山歩きなのに、体調悪かったらつまんないもんね。くるみちゃん、お山楽しい?」

「楽しい。お母さんだっこ!」


 くるみはさくらに甘えた。

 かえでが言う。


「くるみちゃん。良かったね、ママと遊びに来れてね」


 その時かえでの携帯に着信音が鳴った。かえでは表示を見る。翔真だ。


「はい。翔真?」

「あ、かえでさん。今どの辺?」

「三分の二くらいかな。今途中で休憩しているところだよ」

「あのさ、ちょっと急用なんだけど」


 そわそわした翔真の話し方に。かえでは良からぬものを感じた。


「何? どうしたの?」

「今、こっちで山が大変なことになっているんだ」

「大変なことって?」


「簡単に言うと、もうすぐ噴火が起きるみたいなんだ」


「え、もうすぐ? 今日?」

「そう、しかも早ければ今から数時間以内」

「そんな、本当? 今朝までそんな兆し、無かったじゃない」


「1時間くらい前に異常がわかったんだ。関係機関に伝えたから、すぐに緊急の避難指示が出るよ」


「避難って、こっちも?」


「いやそこは離れているから避難指示は出ないかも。でも噴火の規模がわからないから、念のためそこからも逃げた方がいいと思う。火砕流が起きたら遠くまで到達することがある」


「火砕流?」

「噴出した火山ガスが高速で山を下るんだ。灰色のガスの流れだ」

「わー、たいへん。どうすればいい? どこに逃げれば?」


「かえでさん、落ち着いて。そこは遠いし、まだ時間があるから。えーと、まずは山を下って車まで戻って。一時間ちょっとで着くよね? 慌てなくていいよ。転んだりしてかえって危ないから。お父さん達は?」


「ロープウエーでもう頂上にいるよ」

「じゃあ、お父さん達にもロープウエーで下るように言ってくれる?」

「わかったわ。みんなで車に戻ればいいのね」


 翔真は続ける。


「そう。車に乗ったらなるべく北の方へ行って。街の方では無くね。こっちの山岳地帯から離れる方向でかつ高い場所の方がいい。僕もこれからバイクでそっちに向かうから、もしかしたら駐車場には僕の方が先に着けるかもしれない」


「それは良かった。ちょっと待って、さくら達に言うから」


 かえでは携帯を持ちながら、さくら達の方に振り返った。すると、さくらはなぜか少し離れたところに立っていて遠くを見つめていた。


 かえでが叫ぶ。


「さくら、ちょっと急な話! 翔真がいるところの山が今日噴火するって。念のため車で逃げてって」


 かえでの呼びかけに、さくらは遠くを凝視したまま頭を動かそうともしない。


「かえで、あれ、な、に?……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る