第16話 (9/17) 運命の日

 そして十一月五日になった。さくら達がトレッキングをする日だ。快晴で比較的暖かく、トレッキングには最適な天気だった。


 さくら達家族は寒さ対策をしっかり行い、かえでと父の二台の車で出発した。かえでの車にはさくらとくるみ、父の車には母が乗っている。


 高原に続くのどかな緩い上り道を楽しい話をしながらドライブしていくと、やがて高原の中腹の駐車場に着いた。朝の九時頃であった。


 もう秋山のシーズンは終わりに近づいているので、山歩きを楽しむ人はさほど多くはないが、それでも駐車場には数台の車が停まっており、いくつかのグループがトレッキングの準備をしては、高原の頂上に向かう遊歩道に入っていった。


 さくら達も車の外に出ると予想以上の寒さを感じ少し震えたが、雲一つない青空と眩しい太陽に照らされ、歩き始めたらすぐに体が暖まることを確信した。


 父と母はロープウエー乗り場の方に向かった。かえではくるみをおぶって、さくらと遊歩道をゆっくり歩き始めた。


 一時間半もあれば頂上に着く予定だ。父と母は食べ物を持って先に行って待っててくれる。みんなで頂上で一緒に食べることになっていた。



 ◇ ◇ ◇



 同じ頃、翔真はある地点のGPSデータを調べていた。毎日数回行う日課であったが、今朝は昨日までとずいぶん違う数値になっていた。


「あれ、なんか変だな。機材のどこかがトラブルかな?」


 パソコンの設定を確認したりケーブルのコネクタを調べたりしたが特に異常は見られない。


「なんでこんな数字になるんだろう」


 データを処理してグラフを表示させると、昨日まで丸二日ほどマイナスにへばりついていた山腹のある地点の高さがなぜかかなりのプラスになっていた。


 傾向があきらかにおかしいのでデータを細かく見てみることにした。


 もし今の値が正しいなら普通は連続的な変化を示しているはずだ。今回のはたぶん突然跳ね上がった異常値だろう。

 

 数分かけてデータを再収集してグラフへの表示を行う作業を進めている間、それを見つめる翔真の瞳孔は徐々に大きくなり、心臓の鼓動が激しくなってきた。


 ノイズのように急に変化するデータになると思っていたが、グラフの線は予想に反し少しずつ上昇する傾向を示していた。


 山腹が急に膨らみ始めている!


 さらにその線は加速度を増すように上がり続け、最後には最新のデータの点にぴったりとつながった。よくよくグラフを見ると昨日のデータから測定値はわずかに上昇傾向を示していた。わずかな変化を見逃していた!


 翔真は急いで上司にこのデータを伝えるとともに、他の観測地点も至急調べるように仲間に依頼した。そして改めてグラフの変化を念入りに分析してみた。


 その後共有した二つの情報は調査チーム全員の腰を抜かすに十分なものだった。仲間の一人が報告した。


「他の山腹の数値も昨日と比べ急に高くなっています。局所的なものではありません」


 もう一つは翔真が九時前後の上昇値を見ていたことから導かれた。グラフの上昇ペースが現在も直線的に変化しており特性の傾斜が変わらないことを示していた。


 これは山が今この瞬間も急な膨張を続けており収まる気配が無いことを示していた。しかもこのペースだとあと数十分で数日前の最大値を超えるのは確実で、さらに少なくともその三倍以上に測定点が膨れ上がる勢いだ。


 翔真はグラフの黒い線とその延長上に赤ペンで書き足した予測の線と値を皆に見せた。


 紙の上端に達する赤い線を見た上司であるエキスパートは唸った。


「そんなに膨張する前に、どこかで噴火する可能性が高い。しかも数時間以内……」


 一瞬の静寂のあと、基地内は大騒ぎになった。あちこちに電話連絡がかけられ、データが送られ、避難の準備が平行して進められた。


 望遠カメラで山を監視していた担当者が飛んできた。


「山腹に――、あちこちの山腹にひび割れができています!」


 別の担当者も叫ぶ。


「主峰で急激なマグマ上昇の兆候あり。山腹の膨張も激しいです!」


 ついに責任者が皆に叫んだ


「噴火が起きる! 時間が無い。とにかく最低五十キロはすぐに離れよう。同じく半径五十キロの範囲にいる全ての人達にも直ぐに逃げるように伝えてもらうんだ。規模は分からないが、どこかの場所からいつ噴火してもおかしくない。最悪同時多発的に噴火するかもしれない。噴火開始時間は仮に十二時を想定して行動してくれ」


 十二時と言うと、あと二時間あまりしかない。広範囲の住人が逃げるのは無理な時間だ。もし主峰から大規模な噴火があれば大きな被害が出るのは必至だし、さらに噴火がどこまで広がるのか。


 調査基地の全員に各自が自由にルートを選択して山を下り、遠方に避難する指示が出された。


 翔真は、かえでに聞いていたトレッキングのスタート地点となる駐車場に、バイクで直行することにした。そして今の状況を伝えるため携帯で連絡をかけようとした。


 九時五十分。彼女たちの予定では半分以上は登った筈だ。

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