第14話 (9/12) 翔真 23歳~28歳
――
「ランチ? 珍しいね。どこかいいレストランでも見つけたの?」
「いや、全く。これから探す」
翔真の言葉にさくらはやや拍子抜けしたが、これは面白いかもしれないとも思った。昔からの顔見知りなので気が楽だし、今は背が高くなって、それなりに恰好良くなったし。
彼と一緒に休日を過ごすのも、たまには悪くないかなとさくらは思った。
でもふと思い出した…… そういえば、この間合コンで知り合った男の人(卓也)が毎週のようにデートに誘ってきている。あまり気乗りはしないが、強引なところは嫌という程ではない。翔真には申し訳ないが――
「えっと、今のところ空いているけど、もしかしたら予定が入るかもしれない。後で連絡して調整するのでいい? 翔真の連絡先教えてくれない?」
翔真は連絡先を交換した後、さくらに言った。
「それじゃあ、予定がはっきりしたら早めに連絡くれる?」
「うん。わかった。いい店探しておいてよね。期待しているよ」
翔真は話の流れから告白するには至らなかった。だが、次のランチで言えば良いかなとも思った。
しかし…… それから数日後、残念ながら案の定、卓也からさくらに同じ日にデートの誘いがあった。
翔真とのランチはそれなりに楽しみではあったが、さくらにとっては本命の彼氏候補となりそうな卓也の方に軍配が上がってしまった。
さくらは翔真に伝えた。
「翔真。ごめん。やっぱり予定が入っちゃった。今度埋め合わせするから、また今度にしよう」
「そう、仕方がないね。またみんなで飲もうね」
翔真は結局、大事なことを言うチャンスを逃し、暗にさくらが自分を恋愛対象としては見ていないことも痛感した。
(さくらはもてるから、なかなか付き合う余地はなさそうだ)
翔真はまた誘うことも考えたが、いろいろな雑用に忙殺されて結局さくらにコンタクトする気持ちは徐々に萎んでしまった。
――そして半年も過ぎたある日、さくらが卓也と婚約したことを聞かされるのだった。
月日が流れた。
◇ ◇ ◇
翔真の主な仕事は土木関係の公的調査であった。定期的な仕事ではなく請負でいろいろな場所での調査のサポートをすることであった。
いつかは定職になるものと思っていたが、色々な経験をするうちに無情に時間は過ぎていった。二十台後半になると、いつしかマルチな調査業務をこなせる器用貧乏となっていった。定職には就けなかったのだ。
プライベートでは数年前に一度だけ結婚を前提に女性と本格的につきあったことがあるが、どうしてもさくらと無意識に比べてしまい本気になれず、そのうちに別れてしまった。
その後もだらだらと生活をしていると今度は胆石ができて、ある日突然の腹部の激痛で病院に運び込まれ、胆のうを摘出する手術を受けるはめになってしまった。
「俺はこのまま誰とも結婚しないのかな……。まあ気楽でいいけど」
何か後ろめたい気持ちはあるが、このご時世結婚できない男はごまんといる。自分を誤魔化すように仕事と趣味に没頭し、翔真の月日は流れるのだった。
そして翔真は二十八歳になった。正月など、かえで達と顔を合わせることもあった。その度に、さくらの様子をさりげなく聞いていたりした。
さくらは結婚後すぐに女の子を一人産んだが、家庭はあまり上手くいっていないようで、健康の問題も抱えているらしかった。それが思ったより深刻な状況の様なので詳細を深く聞くことは逆に
最近、翔真は地質関係の調査に加わっていた。なにが起きているのかは分からないが、今まで経験したことが無いような山岳地帯の地形変化が夏頃から観測されており、著名な火山学者、地震学者が度々現地を訪れるようになっていた。翔真は彼らを受け入れ、サポートするメンバーの一人だった。
翔真はこの自然現象の詳細を知る術はなかったが、かつてこの地域で大規模な火山活動があったことは知っており、学者達の来訪はもしかしたらその可能性を気にしているのかもしれないと思っていた。
翔真は十月の末から再び現場に入る予定になっていた。荷造りを始めようと思ったある夜――
かえでから電話が入った。
「翔真、久しぶり。元気? 少し話があるんだけど今いい?」
「ああ久ぶり。いいよ。何?」
かえではさくら親子と今度近くの高原に行くことを説明し、地震のニュースが気になっていることを伝えた。そして翔真に何か知らないか、何かアドバイスがないかを求めた。
「あ、そのことね。僕は詳しくないけど、山岳地帯の地形が膨らむように変形してきていて、その範囲がやけに広いらしいよ。でもそっちの高原とはかなり離れているから何も問題は無いと思うよ。まあ、大昔に巨大噴火があって広範囲に被害をもたらしたらしいけど、さすがにその確率は低いと思う」
「そう、安心したわ。ところで、翔真は今その場所付近に行っているの?」
「いや今は自宅だけど、来週からまた現場に入るよ」
「へー、気を付けてね。相変わらず体力は無いんでしょ。足手まといにならないように。それこそ現場を動き回って、少しは足腰を鍛えたら?」
「はいはい余計なお世話です。さくらの方は大丈夫なの? そんなトレッキングなんかしていい状態なの?」
かえではさくらの病状と今回の計画が決まったいきさつを包み欠かさず伝えた。すると翔真は驚いて言った。
「……そうなんだ。そこまでさくらの容体が悪かったとは……。わかった。その日は僕もなるべく連絡がつくようにするよ。行く時間やルートが決まったら詳しく教えてくれる?」
「わかった。また連絡する。現地入り、くれぐれも気を付けてね」
「うん。そちらも。じゃあまた。さくらによろしく」
運命の針が少しずつ進んでいた。
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