第13話 (9/10) 儚いチャンス
翔真は高校から大学に進んで、その間彼なりに、さくらのことを一時忘れて、別の同級生の女の子ともつきあってみたけれど、消化不良の感は否めなかった。一方のさくらも何年かの間に、それなりの恋愛経験を積んでいるようだった。
かえでは地元仲間が集まる機会をよくアレンジしてくれたので、翔真が大学生の時も、年に数回、さくらと会う機会はあった。
翔真が二十三歳になった年の春の集まり、というか飲み会は、彼にとってターニングポイントになる予感がした。
かえでに探りを入れて、さくらに親密に付き合っている彼氏がいなさそうなことがわかると、翔真は付き合い始めるにはいいタイミングだと考えた。(さくらは間もなく卓也とつきあい始めることになるのだが……)
翔真はこのチャンスを逃さんとすべく、その飲み会のどこかのタイミングでさくらに付き合わないかと話を持ち掛けることを目論んだ。
通常ならSNSや電話でアタックする方がやりやすいが、翔真はこの機会に直接会って説得した方がよりチャンスが広がると考えたのだ。
当日は旧知の友達およそ十人が集まった。翔真とさくらは少し離れた席になってしまったが、予定どおりに楽しい飲み会が始まった。
しばらくすると何人かがさくらの近くに来て楽しく話し始めた。さすがのルックスで人気者なのである。それを見て翔真も近くに座って話に加わった。久しぶりに近くで見るさくらは相変わらずの可愛さであった。
翔真は自分が大学の研究に関わる仕事をしていて入手した面白いエピソードを話したり、最近は運動を全くしなくなったので、体力がどんどん落ちていることなどを面白おかしく話したりして場を盛り上げた。しかし、さすがにこの場でさくらに告白するチャンスなどある訳は無かった。
楽しい時間は過ぎ、その場はお開きとなって、店の外に出るといつものように皆、楽しい話を続けながら、二次会はどこの店に行くかと話していた。
そのうち、さくらは何人かと一言二言交わした後、一人駅の方へ歩き始めた。どうも彼女は、これで切り上げて帰宅するようである。
てっきり、さくらも二次会に行くのだろうと思っていた翔真は、不意を突かれて焦って追いかけた。いくらかの距離を走って彼女に追いつくと、周りに目立たないようにさくらを呼び止めた。
「もう帰るの?」
さくらは、いつもは淡泊な行動をする翔真が突然、追ってきて話し始めたので少し驚いて翔真の方を振り返った。
「なに? 翔真か。びっくりした。今日はあまり体の調子が良くないから、もう帰ろうかなって思ったの」
「そうだったのか。少し話せる?」
「もちろんいいよ。どこかに入る?」
「長い話じゃないから立ち話でいいよ」
「そう。で、何?」
「あ、えーとね、あのー体調悪いって、もしかして仕事が忙しいの?」
翔真はいきなり本題に入るのをためらい、差しさわりの無い話から始めた。
「うん、そうだね。今の仕事は月末とか結構忙しいんだ」
翔真はさくらに少し同情して言った。
「そう、たいへんだね。週末とかはどうしてるの?」
さくらは、翔真が何の話をしたいのかいぶかしく思った。
(まさか奥手の翔真が私を誘う気なのか? 共通の趣味って有ったかな?)
「うーん特に何もしていないけど。掃除とか買い物かな? あ、時々料理もするよ」
「そっか。あのー例えば今度の日曜日、もし暇があったら食事とか行かない? 体調が良かったらだけど」
(おー、昔ちびの翔真くんが今や私を誘うなんて。これはびっくり)
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