第8話 (9/2) くるみ 

 出産後はさらに厳しい生活が待っていた。これまでの仕事と家事全般に育児が加わり、さらに卓也は一人暮らしを強いられ不満を募らせたのか、これまで以上に非協力的となり、さくらの忙しさが倍増した。


 短い育休後に復帰した仕事は勤務を最小限にしてもらい、さくらは歯を食いしばって長距離通勤を続けた。


 しかし、娘のくるみが歩けるようになって目が離せなくなると、自由な時間は全くなくなった。保育園の抽選に外れると、やりがいがあった仕事を遂に辞めざるを得なくなり、泣く泣く退職した。


 妊娠した頃からの体調不良はその後も長く続き、より悪くなっていった。育児だけは不思議とこなすことができていたが、その他の家事は卓也に怒られないぎりぎりのレベルで対応するのがやっとで、さくらには病院に行く余裕が無かった。


 後で考えれば夫を無視して実家に帰るなどして時間を作れば良かったと思うのだが、当時は経済的に卓也に依存していた後ろめたさで、それを実行する勇気は無かった。


 くるみが少し大きくなったある日曜日、さくらはくるみを少し離れた公園に連れて行った。その公園は敷地がかなり広く、周回で中学生の駅伝大会が行われるほどである。


 奥の方に広い芝生のエリアがあり大きな風車がそびえている。芝生の広場は、小さな子を遊ばせるにはもってこいのエリアである。


「くるみ、広いねえ。いっぱい遊んでいいよ」


 くるみはさくらと一緒に遊んだ。

 シャボン玉をしたり、ボールを投げたり。


 くるみは芝生が盛り上がったところへの緩い傾斜をたどたどしい足取りで登っていき、コロンと転んでは笑った。


 風車は外壁に沿って螺旋状の広い階段が設けられており、途中まで登れるようになっていた。小さな子でもすぐ登れるくらいの高さであった。


 さくらはくるみと手を繋いでその階段を一段ずつゆっくりと登って行った。

 見晴らしの良い最終地点まで登ると、二人はしばし遠くの景色を眺めた。


「くるみ、遠くのお山がよく見えるね」

「うん」

「もう少し大きくなったら、あそこにも行こうか?」

「行く!」


 くるみは元気に返事をして、山を眺め手すりを掴んだまま何度か飛び跳ねた。

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