第5話 (8/30) さくらの過去 (2)
――どうして、あの人と結婚したんだっけ?
さくらは二十四歳で河合卓也と結婚した。卓也は合コンで知り合った営業職の会社員である。一年程度付き合ってから少々強引に結婚を迫られて籍を入れることにした。
卓也は付き合い始めから、住んでいる所が離れていたにも関わらず頻繁に会いに来てデートに誘ってくれた。しばしばプレゼントをくれたりもした。
まだ付き合い始めて1年も経っていない冬のデートの時に卓也は言った。
「なあ、さくら。そろそろ結婚しようよ。おまえの料理おいしいから毎日食べたいし、俺は今仕事がばっちりうまく行っているから安定した生活ができるよ」
さくらは結婚する気なんて、まだこれっぽっちも無かった。結婚するのは三十歳すぎてから……まだまだ先の話だと漠然と考えていた。だいたい卓也との付き合い自体がまだ短い。結婚に踏み切るには、彼に関して知らないことが多すぎる。
卓也は優しいので嫌いではないけれど、まだ付き合いの浅いボーイフレンドという感じであった。結婚なんてどう考えても早すぎる。
「え、もう結婚? まだ付き合ってそんなに経っていないし、私まだ二十四だよ。早過ぎるよ」
「そんなこと無いって。若いうちに一緒になった方がお互い助け合えて楽じゃないか?」
「住むところはどうするのよ? 卓也と私の職場遠いよね?」
さくらがとっさに思いついた疑問に、卓也は少し考えてから答えた。
「僕のところに来ればいいよ。部屋は広いし、さくらのアパートの家賃や生活費が浮くよね。さくらの通勤に時間がかかるのは悪いんだけど、もしたいへんだったら仕事を辞めたっていいよ。収入は僕の分で十分だからさ」
さくらは、さすがに長距離通勤はやりたくなかったが、例えば中間地点に新居を借り直すのはあまりいい選択とは思えないし、通勤に時間をかけている人は私の同僚にも大勢いる。何とかなるのかなとも思ったが、うまく言いくるめられているような気がしないでもなかった。
「考えさせて。家族とも相談する」
それから、さくらは二週間考え、姉や親、友達にも相談した。皆、親身になって意見を言ってくれた。
例えば姉のかえでは、試しに同居してみることを勧めてくれた。しかし一番多かった意見は、さくら自身が決めた方がいい、であった。それは彼女の苦手なことなのだが……
自分の中で明確な結論は出ず、さくらは時間が必要だと思った。そこで卓也に、できればもっと時間を、少なくともあと半年は判断を伸ばしたいと告げた。すると彼は少し強い口調で言った。
「待てない。これからどんどん仕事が忙しくなるから、今のうちに生活の基礎を作っておきたいんだ。結婚式自体は一年先でもいいから、とにかくまず籍を入れて一緒に暮らしたいんだけど――」
さくらはもう一週間時間をもらって悩んだ。
――結婚の判断を半年延ばしても状況は今と変わらないような気がする。私が通勤を我慢すれば仕事は続けられるのだし、先延ばししている内に卓也と別れることになったら、後悔するかもしれない。
もし結婚生活が上手くいかなかった場合は、まだ若いんだから最悪は関係を清算することも出来るだろう。これは二十四の私にとっては本当に最悪のシナリオだけど。
かえでが言うように結婚せずに同居してみるのはいい案だと思ったが、卓也に提案すると、にべもなく断られた。
この時のさくらは従順さが仇となって、卓也の隠された傲慢な性格を見抜けなかったのだった。卓也は本来女性には自分の意見を一方的に押し付ける性格で、さくらの気持ちを
少し不安だけど、優しい人だから結婚しちゃってもいいか。
「卓也、いいよ。結婚しよう。一緒に住めばデートも今より簡単にできるし、楽しく毎日を過ごせるわけよね?」
「そうだよ。いいことずくめだろう? いやあ待ったかいがあった」
さくらと卓也の結婚式はそれから慌ただしく準備され、プロポーズから早くも三か月後に行われた。名前にちなみ桜の咲く時期に設定したんだよと卓也は言ったが、早く結婚して同居したかっただけであることは明白であった。
結婚式は少人数で滞りなく行われた。さくらは自分がまだ若いということが気になって、結婚式の前後で少しマリッジブルーになった。
しかし新居となる彼のマンションで荷物の整理や家財道具の新調など新生活の準備に追われると、幸いにも深く悩む暇があまりなかった。河合さくらとしての生活が始まってしまった。
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