第3話 (8/28) 夢の終わりと病室からの風景 

「うん、わかった」


 しょうは慌てて子供の方に飛んでいき、二人を両脇に抱えると再び上昇して安全な場所まで連れて行くと彼らを降ろした。


 その間マスターが周りの塊を撃ち落としてくれているが、塊の数が多く、徐々に防戦が厳しくなってきている。

 マスターは翔真に叫んだ。


「ショウ君、訓練の成果を見せてくれ!」

「マスター、了解です! そこをどいてください。危ないですよ」


 マスターが脇に移動すると、翔真は目を瞑り両手を上げて大きく息を吸い込んだ。次にその手を前方に鋭く突き出した。すると手から強烈な光が放出され、がん細胞は一気に吹き飛んだ。 


「ショウ君よくやった。ここまで腕が上がるとは思わなかったぞ」


 それを見ていたさくらもほっとした。

 間もなく若い女性(元見習い)が叫んだ。


「みなさん、落ち着いている場合じゃありませんよ。見て! 今度は火砕かさい流です。早く子供達を空へ!」


 翔真がさくらに叫ぶ。


「さくら、僕と一緒に子供達全員を全力で浮かび上がらせよう」

「わかったわ!」


 さくらは何をどうすれば良いか分かっていなかったが、そう答えた。

 翔真は目を瞑り両手を横に力を入れて少しずつ上げ始めた。

 さくらも翔真と並んで、動きを真似した。

 すると地上にいた子供達全員が少しずつ空に浮かび始めた。


「もっと早く!」


 翔真が叫ぶ。

 火砕流がどんどん近づいてくる。

 どこへ行ったのか、マスターと若い女性は姿が見えなくなった。

 子供達の高さが上がるにつれ、なぜかさくらと翔真の体は逆に降下していった。


「な、体が沈む……」


 さくらは恐怖におののいた。


「頑張れ! さくら。もう少し子供達を高く浮かせないと」


 翔真はそう叫ぶと、さくらの手を握った。

 ようやく子供達がさくら達より上まで浮いた瞬間――

 恐ろしい火砕流が襲い掛かってきた。


 火砕流はさくらと翔真を飲み込んでいった……



 ◇ ◇ ◇



 そこでさくらは夢から覚めた。


 ほっとすると同時に、子供じみたばかげた夢だとも思った。

 昨日、見舞いに来ていた娘とタブレットで似たようなアニメを見ていたからだろう。


 でも懐かしい昔の友達が夢に出てきたことで、悪くない気分で病室の窓に目をやった。明るい朝の光が差し込む窓だった。


(翔真、元気にしているかな?)


 記録的な早さで満開になった桜は早々に散り始め、今では主役の座を新緑の木々や春の草花に譲った。


 それに呼応するかの様に、新しい服に身を包んだ新入生や新社会人が、各々の目的地に向かって朝の込み合う道を歩いていく。


 一、二週間前の初登校、初出勤時のぎこちない所作は消え、朝の移動にも服装にも慣れてきた様子で颯爽と歩いている。その姿は病室から見慣れた通りの雰囲気にフレッシュな印象を与えている。


(初々しいなあ。私も昔あんな感じだったかな?)


 学生の頃や、社会人になった時の自分を思い返してみては、道行く人々と姿を重ねるさくらだった。病室の窓から見る風景は、術後のさくらの心を癒してくれる。


「はーい、みなさん。朝ごはんですよ」


 いつも元気な看護師がスタッフと朝食を運んできた。


「おはようございます。いつもありがとうございます」とさくらが挨拶すると、「今日は、いい天気ですね。いっぱい食べてくださいね」と、優しい口調で言ってくれた。


 彼女は同室の患者さん達と談笑しながら朝食をゆっくりといただいた。


 朝食を終え、歯磨きをしたり、検査やら何やらを済ませると、病室にはお昼までゆっくりとした時間が流れる。


 さくらは通りを歩く若い人達の様子をしげしげと見たせいか、それとも子供の頃の夢を見たせいなのか、再び外をぼんやりと眺めながら、これまでの自分の人生をゆっくりと思い出し始めていた。

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