第12話 来訪者ルカ②
第八話 ルカ②
突然の訪問者であるルカの紹介を受けたのは、その日の昼食時だった。
食事の並んだ円卓を前に不服そうなユーリだったが、にこやかに微笑むルカに催促され、やむを得ずという体で紹介してくれた。
「彼は、ルカ。僕の古くからの友人で」
苦虫を潰した顔をしながら口を開くユーリを、ルカは目を丸くして見つめ、口を挟んだ。
「僕? 古くからの友人?」
それを無視してユーリは続ける。
「故郷から遊びに来てくれたんだ。でも、そう長くは滞在しない。彼は旅が好きだから、そうだよね、ルカ」
睨みつけるようにユーリが見やると、ルカは喜劇でも観ているような顔をした。
「僕が旅好きだって? まさか。それに、せっかく来たんだ。できるかぎり長く滞在する予定だよ? ユーリ」
肩を震わせて笑いを嚙み殺しながら、ルカは言い切る。
「あの……私は、ディアーナと申します。バルム村の教会で下働きをしています。今は、このお屋敷でって……あっ!」
〝友の人ルカ〟と言えば、思い当たる節がある。
——手紙、なんだけど。僕のうっかり者の友人……そう、ルカが、本の中に挟んだままにしてしまったんだ。
「あなたが、お手紙を栞代わりにしたルカさんですね!」
そう、ユーリの言っていた友人とは、正にこの人のことなのだ。
「あの、私、今あなたがどこかの本に挟みっぱなしにしてしまった栞を探しているんです! 何か、心当たりはありませんか⁉ 表紙の色とか、書棚の場所とか‼」
ずいっと鼻息荒く身を乗り出すディアーナに、ルカは面食らったようだったが、すぐに問うような目をユーリに向ける。
「僕が、栞代わりにした手紙?」
「そうです! 何か思い出せないでしょうか⁉」
ルカは嘆息して、ディアーナの方に憐れむ瞳を向けた。
「君はそんな理由で、ここに引き留められてるんだね?」
「え、あ、はい……?」
「あとで、ユーリに言って聞かせるから」
「ええと……それは、どういう……?」
ルカの言葉の意味が呑み込めず、ディアーナは首を捻るしかない。
「おい、ルカ。余計なことを言うな」
ユーリが勢いよく立ち上がったので、椅子が音を立てて後ろに倒れた。
狼狽ぶりが顕著なユーリは、今にもルカに食って掛かりそうだ。
だが、ルカは静かな目でユーリを制し、ディアーナに微笑みかける。
「さあ、紹介は済んだことだし、食事にしようか?」
それ以上、何も言えぬ雰囲気になり、ディアーナは諦めて背もたれに背を預けた。
ユーリは座ろうと椅子を直しかけるが、そこへ近寄って来た使用人がすかさず椅子を立て直す。
「それは……」
ルカは言い掛けた言葉を呑み込み、じっと使用人の一挙手一投足を観察していたが、使用人が食堂を後にすると、キッとユーリを睨みつける。それはひどく厳しい色をしていた。
「ユーリ、お前はこんなことばかりしているのか」
戻った椅子に腰を下ろし、匙を持ち上げかけていたユーリは片眉を上げ、ルカを見やる。その瞳には、わずかに怯えたような色が見える。
「その話は聞きたくない」
「お前の目指す〝大人の男〟とは、非道なことを平然と成す者のことなのか?」
「ここは食事の場だ。説教なら後でいくらでも聞く。だから今は黙ってくれ」
淡々と返す言葉に、わずかだが懇願めいた響きがあり、なおも言い募ろうとしたルカはあえて言葉を引っ込め、代わりに嘆息を落とした。
「そうだね、今は食事の場だ。すまなかったね、ディア」
ルカは切り替えたように泰然と微笑んで、ディアーナに食事を勧めた。
何が何だかわからないまま交わされる会話に、戸惑いばかりが大きくなるが、何を言えば良いのか、何を聞けば良いかがわからず、ディアーナは小さくなって食事をはじめた。
気まずい空気のせいで、パンの味も、焼いたベーコンの味も何一つわからなかった。
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