第11話 来訪者ルカ①

 その翌朝の朝食は、いつも通りのユーリがいた。

 軽いユーモアを交えた会話、穏やかな微笑み。

 昨夜のことが引っかかっていたディアーナが戸惑うほど、いつも通りだった。

 食事が終わると、ディアーナはさっそく書庫へ向かった。


 少しずつ慣れてきたこともあり、一日で進められる本の冊数が増えてきていた。

 書庫の奥までずらっと並ぶ背表紙を眺めれば、一生かけても終わりそうにないと思うこともあるが、負けるわけにはいかない。

 ディアーナは風の入る窓辺に座り、ただ無心に本を捲り続けた。


 ふいに人の気配がした。

 通りかかった使用人かなと思い顔を上げれば、書棚の前にあった椅子に優雅に腰掛ける見知らぬ青年の姿があった。


「ッ——!」


 まさか書庫内に人がいるとは思わず、ディアーナは声にならない叫び声をあげ、本を取り落とすことも構わず立ち上がった。

 その音に、青年は驚いたようにこちらを見る。

 腰まである銀色の髪をしゃらりと揺らし、瑠璃色の双眸をまっすぐディアーナに向ける。

襟や裾部分に銀糸の刺繍が施された紺色の衣装はゆったりとした作りで、立ち上がるとひらひらと揺れた。


「ああ、驚かせて……」


 青年は言い掛けて、目を見張る。

 それから、素早く立ち上がり、持っていた本を小脇に挟むと、ディアーナに小走りで駆け寄って来た。


「ディア! ディアじゃないか! まさか、もう見つかっていたなんて」


 青年は目尻に涙を溜め、長い指先で拭いとる。


「本当、肝心なことは何も言わないんだ、あの子は」


 ひとり喜びの涙を流す青年に、ディアーナは目を瞬くことしかできない。

 一体、この青年は誰なんだろう。

 なぜか、自分を知っているような口ぶりだが——


「お、おいっ! ルカ! 動き回るなと言っただろう⁉」


 と、そこへ、慌てふためくユーリが飛び込んできた。

 今まで見たこともないほど、息を荒げ、眉間に皺を寄せている。


(ユーリ……?)


 ユーリの変わりように目を奪われていると、ルカと呼ばれた青年は大仰に肩を竦ませて見せる。


「ユーリ、どうして先に教えてくれなっ——」


「いいから! ルカはこっちだ!」


 ユーリは無理矢理ルカの腕を取ると、書庫の外へと引きずっていく。

 そしてそのまま言い合いをしながら、書庫からどんどん離れて行った。


「私の名前、知ってた……? 初対面……よね?」


 どうして彼は自分の名を呼んだのだろう。

 しかも親し気に、まるで昔からの知り合いのように。


「まさか……ね」


 おそらくはユーリから聞いたのだろう。彼らはずいぶん親しい間柄のようだった。

 それにしては、違和感がぬぐい切れない部分もあるが。

 それよりも、気になったのはユーリの態度だ。何だか別人に見えたのは気のせいだろうか。


 頭の中にたくさん浮かぶ疑問符に、ただただ首を捻るしかなかった。

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